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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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追憶の中で

追憶の中で


――その日は唐突に訪れた。


まるで時の流れが停止したかの様な得体の知れない衝撃に、全ての色は失われモノトーンの灰色で世界が塗りつぶされたかのような錯覚すら覚えた。

それはほんの刹那の時。ひと呼吸もおかないほどの時間の後にはいつも通りの世界に戻っていたはずなのに、得体の知れない悪寒により全身に現れた鳥肌の感覚だけが気持ち悪く残っていた。


例えるならガラスに映し出される日常が一瞬の内に粉々に砕け散り、次の瞬間には微塵も痕跡も残さないまま元通りになっていたような気持ち悪さ。


「エリス様!?」


ただ一人私の異変に早々に気が付いたリーリカだけが慌てて駆け寄り私を椅子へと誘って不安を湛えた黒い瞳を揺らしていた。

そんな彼女もうっすらと額に汗を滲ませている辺り、先ほどの『何か』が確かに起きたことを物語っている。


――ドクン


視界がぶれる。

胸元に流れた銀髪が一瞬黒く染まったような奇妙な眩暈に思わず声が漏れる。


『あ……』


薄いフィルム越しに出したような、或いは匿名性確保のために故意に変質された音声のようにやけに高周波の混じった声だった。


「エリス……様?」


心なしか背に置かれた手に力が入ったのを感じながら、私は「大丈夫」とだけリーリカに返事を返し、続けて少し休むねと言って立ち上がろうとする前に、私は意識を手放した。


「エリス様!!」


悲鳴にも似たリーリカの叫び声だけがいつまでも私の耳に響いていた。



「――ぐす……ぐす」


気が付けば私は膝を抱えて座り込んでいた。柔らかに伸びた芝生の感触だけがやけに生々しくスカート越しに伝わってくる。空はこんなにも澄み切って、それこそ突き抜けるような晴天だというのに、一際大きい木の根の前で灼けるような胸の前に手を組みただながれる悲観の涙は私にしてみれば豪雨にも似た不安を更に増長させ、終わりのないスパイラルの中に捉われてしまったかのように次から次へと零れ落ち、スカートの上にシミを広げていた。


これは――夢?


それは幼い頃の苦い思い出。わざわざ夢に見るならもっと再現したい楽しい記憶がいくらでもあるだろうに、思い出したくもない一幕を追体験しながらも、幼い私は一向に泣き止む気配はなく、私は涙に詰まる胸の苦しさだけを共有しながらただその時を待つよりほかなかった。


ピクニックの道中、両親とはぐれた私は森の中の隠された広場でただ一人途方に暮れて泣いていたのだ。

どれくらいの時が流れただろうか。俯き狭くなった視界に影が差し、誰かの足が見えたとき喜びと悲しみの大きな波が私を再び襲うのだ。

こんな場所にいる私を見つけてくれた喜びと、それが両親ではなかったことによる絶望で。


「――ぐす……ぐす」


「お嬢ちゃんお名前は?」


「――ぐす……ぐす…………」


「ほら、お名前。言えるよね?」


落ち着いた声でゆっくりと問いかけるのは緑のショートブーツを履いたお姉さんだった。

彼女は膝を少し折り中腰に屈みこんで、いまだぐずる私に声を掛けている。


ほら、早く答えて。と私がいくら考えても幼い自分の口は動く気配をみせず、ただ嗚咽のみが出るばかりだった。


「――ぐす…………み。まひらぎ、ぇみ」


「そう、えみちゃんていうのね。偉いね、ちゃんと言えたじゃない。私の名前はね――」


こんな言葉が交わされるまで彼女は辛抱強く待ち続けた。触るでもなし、あやすでもなし、ただ静かに幼い私の言葉を待ち続けていた。


キラリ。


逆光に透けた陽光が銀色に輝いた。

外国人なのだろうと幼いながらに感じ取った私は再び不安の波に流されそうになる。

今になって思えば言葉を交わしているのだから、言葉が通じないなんて考える必要はまったくなかったのだがそこはまだ四歳児の当時の私に冷静な推察を求めるだけ難しい注文だろう。


余計なことを考えているうちに聞き逃してしまった彼女の名前も、唐突に歌いだした彼女の言葉も耳慣れない物だったが、いつの間にか私はその歌声に聞き入って、気が付けば涙も不思議と止まっていたのだ。


彼女は風に揺れるナチュラルカラーのロングスカートを軽く押さえたまま優しい声で歌を紡ぐ。

ふわりと漂う花の香りに混じって柑橘の香りを感じたとき、わたしのお腹は思い出したようにぐうと鳴った。


――これはない。いや、あったんだけど。みるみる紅く染まる顔を見られないよう、うずくまるように顔を伏せ、覗き見る先には彼女の白いブラウスと、豊かな優しい膨らみが覗き見えるのみで、そのすぐ先にある筈の彼女の顔はすっかり影の中に埋もれて確認することは事は出来なかったが、やけに白く柔らかい手がそっと何かを私の手に握りこませ


「大丈夫。それを食べ終わる頃にはすぐにパパたちも来るからね」


彼女がそう告げた次の瞬間、吹き抜けた強い風に思わず目をぎゅっと閉じると、次に目を開けたときに彼女の姿は見えなかった。不安の波がゆっくりとその丈を増す中で、恐る恐る手を開くと妙に毛羽だった紙に包まれていたのは数枚のクッキーだった。


「いい? 知らない人から貰ったものを食べてはダメよ?」


頭の中に流れるのは母の声。

幾度となく繰り返されたその教えは度々私を混乱させた。


「おひとついかがですか? 新発売の――」


わざとらしいほどの笑みを顔に張り付けた恰幅の良い女性が香ばしく焼けたウインナーを小皿とともに差し出してくる。それを受け取っていいものか、思案に暮れているとママは小皿からひとかけらのウインナーを楊枝で刺すとひょいっと口に運んでしまう。


「ほら、お嬢ちゃんもどうぞ」


そう言いながら新たな小皿を差し出してくる売り子の女性。


「ほら、慧美。ありがとう、は?」


「あ、ありがとぅ」


困惑しながらも手に取って、促されるままにお礼を言って、恐る恐る口へと運ぶと子気味の良い食感と共に芳醇な肉汁が口のなかいっぱいに広がった。


「ぉいしぃ」


もぐもぐと咀嚼しながらそう言うと、ママは調理台の横に並べられたウインナーを一袋手に取って、無造作に買い物籠へと投げ込んだ。


「この子も気に入ったようだし一つ頂いていくわ」


にこやかに手を振る売り子から離れると、私は恐る恐るママに聞く。


「ねえ、さっきのおばさん知ってる人?」


無論母が知っている訳はない。首を振って答える母に、私は小さく「知らない人から貰ったもの、食べちゃだめなのに」と呟くのだ。


世の中は子供にとって理不尽と矛盾で溢れているのだ。だからこそ本当の異質とそうでないものの区別がつかないともいえる。現に今目の前で風の様に消え去ったお姉さんの事だって、当時の私は特段おかしいとは感じていなかったのだから。

まして遠くに見える見覚えのある二つの影が急速に近づいていると気が付けば、そんな事は既に心の片隅にも残っておらず、こうして夢の中で追体験でもしなければ一生忘れたままだっただろう。


再会に繋がる場面の予兆に安堵しつつ、私は説明しがたい違和感の正体にまだ気が付けずにいたのだった。


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