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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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早朝の怪異

 早朝の怪異



「もう少し仲良く(、、、)なれると思っていたのに、残念だわ。あなたもそう思うでしょ? 」


 言葉を投げかけた先には乱れた髪を張り付かせ、荒々しい呼吸でぐったりと横たわる一人の少女の姿がある。お気に入りの一人であった彼女まで自分の手を離れてしまったのは悔しい事ではあったが、思惑通りには進んでいない彼女の様子に僅かだが留飲を下げた。


 各地の山百合で従事していた多くの従業員の中でも彼女――シーナはこちら側(、、、)に傾倒していただけに少しだけ惜しい事をしただろうかと考えがよぎるが今更どうしようもない事だろう。

 人生は一期一会。手元を離れた今でもこうして会えている事を思えば彼女との縁もまだ切れた訳ではないようなのだから。


 本来の予定を大幅に変更し、逗留期間を伸ばしたのもシーナと会えたからという事が多少なりとも働いたのか、或いは気まぐれなその場の気分だったかは自分でも分からないものの、概ね今回大陸を超えて迄この地に来た収穫は充分すぎるほどで、首尾よく山百合のコンセプトに見合う好立地な場所に営業権を得ることが出来た上、圧倒的に女性――それも粒ぞろいの見目麗しい使用人の多いこの領主城館に滞在できるのだから、私としては文句のつけようがないのだった。



「あの、シーツをお取替えします」


 漸く息を整えたシーナは起き上がると手早く床に散乱していた制服(メイド服)を着て一礼したのちにシーツを丸めるように剥ぎ取ると抱えて部屋を出て行くのを私は左手の中にあるぬるりとした小さな布塊を弄びながら見送って、脳裏にこびりつく甘い嬌声を思い出しながら時間をすごすのだった。


「今度はどうやって雌猫ちゃんと遊ぼうかしら」


 誰にも聞かれることのないその言葉は誰に向けられたものなのか。

 それを知るものはこの地には誰もいなかった。



 ◇ ◇ ◇



「来ますよ」


 こくりと頷いた妹が真っ二つに切り裂かれる。

 そのまま周囲に霧散するように消え溶けたそれは彼女の残した残像だった。


「少しくらい隙が出来れば可愛げもあるというのですが、些かそのようには行かないようですね」


 妹を攻撃した敵は感触の違いから警戒を緩めなかったようである。もっとも相手がそこまで冷静に戦っているとは限らないので、あくまで野生の塊ともいうべき危険察知能力が働いたのかどうか。

 とにかく私は妹めがけて振り下ろされた腕を切り飛ばす気概で切りつけたというのに、敵はあり得ないような体勢のまま前方宙回転で飛びあがり、四肢を使って着地した。不満の言葉をぶつけてみたが、ソレからは何も反応はなく、ただ先程から変わらず獣のようにグルルルと低い呻き声をあげながら、殺意に塗れた赤い視線をこちらへ送るのみなのだ。


「どうやら人間をお辞めになってしまっているご様子。姉様ご注意を」


 ソレを挟んで反対側に姿を現した妹は、相変わらず判り切ったことを口にするのが昔からの癖だったが、今はその言葉を噛みしめるように、自分の気持ちを引き締めた。


 既に元の色すらも判別できない程に汚れた着衣からは黒く変色した手足が伸びている。かつては美しかっただろう長めの髪も、顔に掛かり、その隙間から頬まで裂けた口と怪しげな光を放つ眼光だけが覗いている。


「グァァ!」


 声よりも早く揺らめく視界に咄嗟に飛びのくと切られた前髪がハラハラと宙を舞う。心の中で舌打ちするもその隙を衝いて妹は敵の背後から投擲し、無防備な敵の足へ当てる事に成功したようだ。まるで痛みを感じている様子は見せないものの次の瞬間それは大きく体勢を崩すことになる。


「腱を断ったというのにさして効いたような感じはしませんね」


 妹は半ば呆れたような口調でそう言うが、片膝をつかせただけで大分動きは鈍っているのだから先程からのあり得ないような踏み込みによる爪での斬撃の速度は大分落ちる筈だった。


「このまま少しづつ動きを削りますよ」


「わかっております姉様」


 ――とはいえ、コレは一体何だというのだろうか?


 一見すれば屍人ではあるが、そもそも屍人とは機敏な動きはほとんどできない。アーレス様とブレスト様の予測では、吸血鬼ではないかということだったが、目の前のソレはあまりにも動作が獣じみていた。なにより妹が投げつけているナイフは霊銀製。吸血鬼であれば効果覿面である筈なのにどうにもそのような兆候は見られなかった。

 それでも油断することなく、双子ならではの連携で確実に一撃を重ねながらも、私は得体の知れない気持ち悪さを拭いきれない事に苛立ちが燻ってゆく。


 そしてそれは唐突に訪れた。



「やられましたね姉様」


「全くだわ。アーレス様になんと報告したものか」


 私達の目の前には見るも無残な姿となった女性が地面の上でその骸を晒していた。突如金切り声のような奇声を発したそれは、遂に地面に伏したのだがその身体から黒煙というよりは紫色がかった得体の知れない『何か』が這い出して、西の空へと凄い勢いで飛んでいったのだ。


「憑依でしょうか? 」


「レイスとも違うようだけど、悪霊の類に見えなくもなかった。でもアレは……」


 私の視線の先にあるのはアレが最初に襲っていた相手。既に事切れ下級吸血鬼に変わり果ててしまった為に仕方なく霊銀の短剣で始末した、人であった灰の山。


「姉様。やはりこれは……別件という事でしょうか? 」


「マチルナ、それを判断するのはアーレス様達に任せておきましょう」


 話に聞いていた状況とは明らかに違う事態。それとも私たちがあの敵を攻撃しなければ違う状況になっていたのだろうか。いずれにしても吸血鬼を生んだ謎の化け物は煙となって消えてしまったのだ。ここでいくら推論を並べたところで仕方がないのだから一刻も早くこの状況を主たちに知らせるのが先決のようだった。


「マチルナは急ぎ城館へ戻りアーレス様達に報告を。私は現場を保存します」


 少しだけ考えて妹に連絡を任せる。その間に私は道路脇へ放り投げておいたバッグの中からロープを取り出すと、周囲の路地を封鎖を開始した。

 少しでもこの早朝の惨状を人目から遠ざける為に黙々と作業を進め街の者が出歩く時分になる前にはなんとか封鎖を終える事が出来たのだった。



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