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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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聖地興産

聖地興産



心なしか街を行き交う人が増えた気がする。城壁の上に立ちぐるりと周囲を見回すと随分と真新しい建物が増えていた。街のゲートから続くメインストリートは広場を挟んでY字に分かれており、広場の西側へと続く道はこの領主城館げ続く道となる。一方反対側はもうじき完成する山百合をはじめ、多くの宿や土産物屋が建設されていた。世界樹への参道を兼ねるその地区は、元々この地に住んでいた住人達へ厳選なる抽選で商業権を分配したのち、余剰分は領主がその商業権を有している。

当然それらは適当な大きさに分割されて、期間を定めて貸し出されることになる。


借地のように聞こえるかもしれないが、実際は少しばかり事情が異なり、その内訳は商業権利保証金と、預託金の二つに分かれているのが特徴で、前者は商業権つきの借地料のようなものであり、後者は原状回復費を先払いで預託するものだった。


かつての知識の中で、もっとも近いものを挙げるなら、定期借地権というものが当てはまりそうではあるが、原状回復費は上物となる建物や設備に応じてその額が変動する。勿論後から追加、減失があればその分は加味されるのだが、広さに応じた税金が使用者に別途掛かるのも大きな違いだろう。


この辺りの金額等の細かい調整は家令となったフランツさんが取り決めてくれたので、私の意向が入ったとすれば、元々の住民を第一に、その次に移住者、そして最後に資本だけの参入によるいわば法人といった順に税率の優遇率が違う所だろう。


他にも細々と取り決めたルールはあるものの、その運用の実態はフランツさんが取り仕切ることになるので彼が把握していればいい事だった。


領主がそれでいいのかって?

そんなのいいに決まってるじゃない。


差し当って懸念していた治安の急速悪化という事態も起きず、多くの職人が入り込んでいるために、ちょっとした喧嘩等、多少の諍いはあるものの、十分対応可能な範囲であり、予測の範疇だった。

元々の住人達もいつの間にか住み慣れた地で肩身の狭い思いをすることも無い様なので一安心といったところだろうか。


この先生活を大きく変えた彼らには、彼らなりの試練が待っているのだが、そこはもう個人責任で乗り切ってもらうしかないのだから、私にこれ以上出来る事はあまりないのだ。春が来るまでにはいましばらくの時は必要ではあるが、せめてそれまでに出来る事はしておこうと私は心の内で気合を入れた。



「それでは残っている仕事を片付けましょう。そろそろ次の定期便も来る頃でしょうし」


意識を現実に引き戻す無慈悲な言葉で我に返る。

単調な内容確認の承認作業に嫌気がさして、気分転換にこうして外の空気を吸いに出てきていたのだ。

リーリカの一言でその現実逃避に終了を告げられたのだが、そのタイミングは絶妙だった。


「私なにか口にしていたかしら? 」


「いえ……特には。どうしてですか?」


「声を掛けられたタイミングがあまりにも絶妙だったから」


「エリス様のお考えを読むことなど、私には造作もない事です」


受け取り方によっては微妙な意味にも聞こえる返事にどう反応したものかと、迷う私の手をそっと取り歩き出すリーリカ。これってメイドに連行される残念主人の図に見えてたりするんじゃないかな、なんて想像しながらも、それはそれで嫌な気分ではなく寧ろ安心を感じさせるものだった。


「ねえリーリカ? 」


「はい? 」


私の手を引く形で先行していたリーリカが立ち止まり、黒い瞳が優しくこちらを見据えている。ただそれだけの事なのに心が活力で満たされていく。


「ううん、なんでもない」


そう言って今度は私がリーリカの手を引いて、執務室へと戻るのだった。



◇ ◇ ◇



あ、やっぱり作るんだ? それが私の第一印象だった。


「――と、なりますのでここは是非この街にも支部をと思いまして、領主様にはぜひともご賛同を戴きたいところなのですが」


揉み手に擦り手でべらべらと喋る客人に内心いくらか引きながら、なんとか耐えて話が終るのを待っている。早く終わってくれないかな、そろそろ終わるかなと言う所で、反対意見を言っている訳でもないのに次から次へと"メリットだけを"口にする冒険者ギルドの拡張担当官。


歳の頃は恐らく三十代半ば程。老け込むというにはまだ少々早い年齢だと思うのだが、妙に痩せこけた頬がその顔を貧相にしているように感じてしまう。

別に見た目で決めるようなつもりもないけれど、往々にしてメリットしか言わない輩というのは信用ならない人物であることが多いのだ。或いは小娘と思って舐められている? なんて勘繰りまでしてしまいそうになるが、残念ながらその身元は確かなものらしい。


いっそ断ってしまおうかとも思ったのは何度目だろうか? 苛立つ気持ちをどうにか抑え、早く話に一区切りつけて欲しい所なのだがどうにも目の前の人物には空気を読むという事を知らない様で、更に付け加えるならば無駄に(へりくだ)って話すものだから、非常に居心地が悪いのだった。


「お客様、申し訳ありませんが面会時間を過ぎておりますので本日はここまでとさせていただきたく」


リーリカナイス! ということですかさず私もこの助け舟に飛び乗った。


「頂いた提案書類に目を通し、検討させていただきますので数日お時間を戴きたいと思います。重ねて御足労いただくことになりますがこちらとしても都市開発の只中と言う事もあり、立地条件等調整が必要な問題もあるようですから」


流石にここまで言われては、この男も引き下がるしか無かった様で、不完全燃焼といった様子で退室していく。すかさず扉を開けたお部屋番の子にはあとでお菓子を奮発してあげようと思った程だ。



「やっと静かになったわね。リーリカとっておきの持って来て……メルはお茶の準備をしてもらえるかしら? 三人分ね。みんなで飲みましょ」


危うく本日のお部屋番の名前を忘れかけたという些細なピンチはあったものの、なんとか思い出して休憩の準備をしてもらう。リーリカは既に瓶に入れられた夏蜜柑の糖蜜煮を取り出している様で、疲れたときの定番となっているソレを迷うことなく用意してくれていた。

砂糖で煮込んだ夏ミカンの皮を更に砂糖でしめた所謂砂糖漬けだ。

これを紅茶に入れてふやかしながら香りを楽しむのが私のとっておきのリフレッシュで、真柊慧美であった頃も好んで嗜んでいたもので、こちらの世界で見かけたときには思わず大量に買い占めたほどだった。

――それが一瓶5銅貨もする一般的に考えれば超高級な嗜好品であることなどすっかり忘れ、あとでサラやリーリカに白い目で見られたのは懐かしい記憶だった。


今頃はあの港町で真面目に領主生活に励んでいるだろうか?

そんな事を考えながら、私の休息時間は過ぎて行った。



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