メイド達の昼休み
メイド達の昼休み
それは午後の最初の休憩時間の事だった。私はいつも通りに賄いを受け取ると、二階のラウンジへと向かう。ここ聖地ラスティの領主城館の使用人たちは交代で休憩をとることになっているのだが、今日は丁度エリス様達の昼食の片付けが終わった頃休憩に入れる順番となっていた。
館で働く者しか通れない秘密の通用通路の階段を上がるとラウンジ裏に上がることができるのだが、階段を上がり終えた時に既に先客がいるのに気が付いた。
「今日はシーナさんと一緒ですか」
「あらファウナじゃないの」
そんな何気ない挨拶を交わしながらシーナさんの向かいに座る。
先に食べ始めていたシーナさんは半分ほどになったスープを名残惜しそうにちびちびと飲みながら、固焼きのパンを食べているようで、色々なおかずが盛られた皿はまだあまり手を付けていない様だった。
私はおもむろに固焼きのパンの真ん中にナイフで切れ込みを入れて、そこにポテトサラダを詰め込むとその様子を驚いたような顔でシーナさんが見つめているのに気が付いた。
「あれ、どうしたんですか? そんな顔して」
「いや、変わった食べ方をするのね」
「だって、このパンって味はいいけど固くないですか? だからこうやって湿り気のあるものを挟んで食べると食べやすくなるんですよ」
「……その手があったか」
微妙に悔しそうに呟いているがここは下手に触らないほうが良いような気がして敢えてそこには突っ込まないで、黙ってパンにかじりついた。
シリウス周辺で近年作られるようになったこの芋――グローリーポテトは一度茹で上げた後に切るなり潰すなりするとどんな味に馴染みやすく、今回の様にサラダにしても抜群に相性が良い。
勿論煮込んだり揚げたりしてもいいとあって爆発的に普及している食材で、そのうえ値段も非常に安価という申し分のなさで貧富の差を問わず人気を博していた。
本来であれば高級品になりかねなかったこの芋は、シリウスの領主の手により管理され、重さ辺りの卸価格を一定に保つという珍しい方法で市場に出され、投入以降飢え死にする者を大幅に減らすという事に貢献していた。
噂によれば危険な地域からこの芋を持ち帰り、栽培方法を確立した者がその功績を大いに評価され、平民から男爵に叙爵されたという経緯もあり男爵ポテトとも呼ばれているとかいないとか……。
そして最近この芋についてあったエピソードと言えば、エリス様の申しつけでこの芋を薄くスライスしたものを油でカラッと揚げ、軽く塩をまぶしたものを用意することになったのだが、これが使用人の間でも大人気となり急遽この芋の仕入れ数を大幅に増やす嘆願がされたらしい。
これが原因で後にとある騒動を巻き起こすことになるのだが、それはまた別の話――いずれ機会があるときに。
細かく刻んだ根菜のスープで端の硬い部分を流し込み、ふとシーナの方をみれば彼女は残ったパンの上へサラダを乗せて食べる作戦に変えたようだった。
真剣な眼差しでパンと格闘している彼女は少し意外で、比較的若手ではあるものの、山百合時代から出世の早かった彼女にも苦手な事があるのだと思うとなんだか急に親近感も湧いてくるというものだ。
「なんかそういうシーナさんも可愛いですね」
「そう? ありがとう。ファウナもいつも可愛いわね」
なんとなく出てしまった言葉に、頭の中で「しまった」と反省するが、にっこりとお世辞で返されてしまう辺り、彼女の如才のなさが窺えるというものだろう。
後から食べ始めたものの、苦戦するシーナより先に強敵を片付けた私はカウンターでお茶を用意してテーブルへと運んできた。
「助かるわ、ありがとう」
「いえ、もうスープも無くなってしまったようですし、ついでですから」
そこから僅かばかりの間新たに手にした武器を手に最後の戦いを挑む彼女を眺め、その勝利を見届けた。
「ところでファウナはマリス様のお世話ってしたことあるかしら? 」
「マリス様ってエリス様の食客のお嬢様ですよね? もう一人、えっと――」
「マイア様よ。名前くらいきちんと覚えなさい? 」
「そうそう、マイア様――は、お姉様なんですかね? とにかくお部屋のお掃除くらいならお邪魔したことがありますよ」
言いながらにいつも黒ずくめのドレスを纏った白髪のやや幼い少女と、成人間もないであろう亜麻色の髪の女性を思い浮かべる。生憎と詳しい説明はされていないものの、この城館が開かれた日よりエリス様と共に滞在している彼女達については謎が多い。
そして謎が多ければ多いほど、娯楽に飢えた使用人達の様々な噂の恰好の餌食となるのだ。
「わたしね、見たのよ」
「何をですか? 」
周囲をそれとなく見回して、他の者の注目を浴びていないことを確認すると、シーナは私にだけ解るように近寄るように合図する。テーブルを挟んで身を乗り出すようにするとシーナの整った顔が近くなり、甘い匂いが強くなったのを感じた。
「いい? ここだけの話だからね? 」
その言葉にコクリと頷くと信じられないことをシーナは語り出したのだった。
◇ ◇ ◇
シーナの話はマリス様とマイア様のお部屋番の夜の事だった。
俄かには信じられないその内容は、なんとマイア様の首筋にマリス様が噛みついて、それはつまりマリス様が吸血鬼だというとんでもない話だったのだ。
当然の反応として否定的な様子を見せるとシーナは必死に、説得するようにまくし立ててくる。
「でも私は確かに見たのよ、マリス様の口元に伸びた血に塗れた牙を」
「シーナさんたらきっと寝ぼけて見間違えていたんですよ。そもそもいくら月夜だといったって暗がりの中で血かどうかなんて解らないんじゃ」
「この子の言う通りかしら」
「ですよねっ!? そんな事有る訳……って、え? 」
「ひっ!?」
夢中になる私たちの会話に突如割り込んだのは深紅の瞳の儚げな少女。綺麗に伸ばされた白い髪がさらさらと揺れる度、現実も色を失ってその赤い瞳に飲み込まれそうな錯覚すらする。
彼女は私の背後に立ち、私の頭の上から覗き込むようにしていた。
――その足が爪先立ちで僅かに震えていたのは見なかったことにしておくとして。
私達は盛大に驚きながら、シーナさんに至っては思わず悲鳴すら漏らした程で、或いは違う何かが漏れていたとしても、何ら不思議ではない。勿論その時は彼女の尊厳を守るべく、それとなくフォローするつもりではあるが、流石にしっかり者のシーナさんに限ってそんな事はないだろうと思いなおす。
等と現実逃避をしたくなるのは噂をしていた当事者たちの前に、その本人がご登場とあれば、気持ちは伝わるだろうか?
しかしマリス様が口にしたのは私にとっては予想を超えたものだった。
「だから吸血鬼だと言ってるのよ。別に隠している訳でもないのだけれど、知らなかったかしら? 」
「「ええええぇぇ!?」」
えっと、今は昼間でマリス様が吸血鬼で、マイアさんはお姉さん? いや、そんな説明はなかったけれど、混乱の極みにある私にはマリス様がご自分で吸血鬼だと言ったように聞こえてしまった。
「だからその通りだと言っているのよ」
まるで心を読んだかのようなタイミングで話すマリス様はなんだか呆れ顔といった感じで、私の背後から横にずれると空いている横の席に腰を下ろす。
なんでここのラウンジのテーブルは二人掛けでないのだろう、なんて不満をぶつけたところで事態は動かない。いや、正確にはここから始まる『何か』を私たちは無事に乗り切ることが出来るのだろうかという不安が大きくなっていく。
「で、私がどうかしたのかしら?」
彼女のその言葉は、まるで刑の執行を告げるように感じたのは私だけではない筈と思いたかった。




