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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
49/78

お部屋番

 お部屋番



 建設中の建物にの脇に作られた簡素な櫓の上に立ち百戦錬磨を思わせる現場監督(ドワーフ)に臆することなく指示を出す女性。少し離れた所から見ていても、その堂に入った様子に憧れに似た感情を擁いてしまう。

 女性の社会進出、職種における雇用機会の均等法などがやや過剰に叫ばれていた社会(じだい)の中で育った私は少々特異な環境で働く女性達に色々と感じる事が多々あった。

 既に失われてしまった筈の世界を振り返ってもどうという訳ではないのだが、それでもなにかにつけて重ねたり、比較してしまうといった事があっても仕方ないんじゃないかと思う。


 さしずめリリアナさんに関しては施工現場の中間チェックをする女設計士といった感じだろうか。熱心に現場監督と図面を広げてなにやら相談している様子が妙に眩しい。その感情の出どころも判らないまま私は茫然と離れた所から見ているだけで、時間だけが無駄に過ぎていく。


「お待たせいたしましたわ、エリス様」


「もういいんですか?」


 不意に掛けられた声に現実に引き戻されて、なんとか返事をしたものの、早鐘を打つ胸がその動揺を表している。


「えぇ、このままでは少々困ったことになりますから、当初の予定より一階削るように指示をしました」


 彼女の話の芯が見えないまま返答に困っていると、後ろからそっとリーリカが背中をつつき、顔を窺うとちらりととある方向へ視線を投げた。リーリカの視線に釣られるようにそちらを向けば――世界樹の旗たなびく我が城館の姿。


「流石に領主城館より高くするのは不敬ですから」


 城館を見た私の行動を受けるようにそう続けるリリアナさん。「不敬……なんだ」という言葉はぐっと飲み込んで、代わりになんとか言葉を探るもののそう気の利いた言葉は上手く見つかる筈もなく、自分のボキャブラリーの欠乏を呪う事となった。


「別に明確な規則がある訳ではないのですけれどね、それでも不文律、暗黙の了解といった類のものを蔑ろにしては、商売は上手く行きませんから」


 不答に対してフォローまですかさず入れてくれるリリアナさんに私の心はKO寸前なのだけどなんとか言葉を紡ぐ


「沢山の人に来ていただけるように私も頑張らないといけませんね」


「ええ、期待していますわ領主様」


 にこやかに笑うリリアナさんに報いる事が出来るよう、私は私の出来る事を精一杯しようと心に誓うのだった。



 ◇ ◇ ◇


「おかえりなさいませご主人様」


 執務室を開けるなり可愛いメイド姿の少女が出迎えてくれる。いや、ここはどちらかというとご主人様ではなくお嬢様なのではないかと思うのだが、果たしてそれを指摘するべきかどうするか――「あ、あの……」悩んでいたら、彼女は不安そうな顔でもじもじとしていた。


「いえ。ただいまもどりました。よろしくねファウナ」


 私がそう声を掛けると不安一色で染まっていた顔が俄に明るくなり、満面の笑顔に変貌する。


「はい! 本日のお部屋番、ファウナ精一杯頑張らせていただきます!!」


 お部屋番というのは執務室での給仕や取次を行う役らしく、先日まではアリシアさんが務めていたものだが、彼女の提案で屋敷のメイド達の練度上昇のために持ち回りにすることになったらしい。身も蓋もない事を言ってしまえば私には常にリーリカが付き従っているので、困ることはないのだがそこは触れてはならない地雷らしく、最近では書類の整理などもリーリカには手伝ってもらうようにしている。


 そして手があいた彼女(アリシア)はといえば、時間ごとに班を変えそれぞれの班で監督をするらしい。

 流石におしかけメイド第二号である彼女にはサボるという考えはないらしく、人材教育というある種一番厄介な仕事を率先して引き受けてくれているのには素直に感謝していた。


 まあ比較的軽作業になるお部屋番は休みの少ない彼女たちの息抜きと、私と使用人の交流を兼ねているそうなので提案をそのまま受け容れた形なのだが、一つ苦労があるとすれば彼女たち全員の名前を覚える必要があった事くらいだろうか。


 まあ夜半過ぎまで必死に身上書に添えられている似顔絵を覚えた甲斐はあったようで、名前を呼ばれた彼女たちは皆嬉しそうに瞳を輝かせていた。


 決裁書の処理や領地内の報告書、その他副業と化している装備化を一通りこなして夕暮れになるとお部屋番の仕事はいったん休憩となり、その間に私も彼女たちも夕食を済ませる事になる。

 そして夕食後一足先に自室に戻ってリーリカと二人寛いでいると部屋の扉がノックされ、一抱えの手荷物を携えたファウナが入ってきた。


「こ、今夜はよろしくお願いします!」


 いかにも緊張していますと言わんばかりのぎこちない動きで主寝室と部屋続きになっている給仕室へと入って行った。

 お部屋番とは日中は執務室で、夜は私の寝室横の給仕室の担当となる役なのだ。

 これまでは殆どアリシアさんが詰めていた給仕室からは彼女の私物は既に彼女自身の自室へと移動されており、申し訳程度に備え付けられているクローゼットへ持ってきた一抱えの荷物を収納するだけなのですぐに寝室へと戻り、部屋の隅で人形のように佇んでいる。


「これ、一巡するまで大変ね」


 私の言葉の意味をきちんと理解したリーリカが見かねて口を開く。


「給仕がそんなに緊張していては部屋の主人の気がかえって休まりませんよ? もう少し楽になさい。そうね、飲み物を三人分。エリス様と私には蜂蜜に檸檬を絞りお湯で割ったものを。貴女の分は好きになさい」


 斯くして三人分の飲み物を乗せたトレーを手にやってきたファウナに椅子を勧めて、自分はソファーに座るとなんとも言えない香りを漂わせるカップを一つ手に取って匂いを嗅いだ。飲む前から口の中に拡がる唾液を感じながら、火傷しないように僅かに啜ると程よい酸味の効いた優しい味が口いっぱいに広がった。


「あの、宜しいのですか?」


「こういうのはね、みんなで飲むから美味しいのよ。仕事の合間のお茶だってそうでしょ?」


 私は普段から極力お茶の時間にはその場にいる者全員でいただくことにしている。山百合を定宿としていた時もそうだったし、この領主城館に入ってからも変わらない。流石にここでは人数が多いので、館の者全員と言う事は無理だけど、その場に居合わせている人がいるならば、その人はお茶会に強制参加という事で、これは私室であっても執務室であっても変わらない。

 使用人に関しても休憩時間は極力一人だけにならないように、複数人つつのローテーションで休憩に入ってもらうようにしており、その間二階のラウンジの解放を約束しているので大体めぼしい時間にラウンジに行けば、休憩中の彼女達に話を聞くことも出来るのだった。


 とはいえ急に始まったお部屋番なる制度に皆驚いている様で、ここ数日はファウナのように緊張を纏った人形が部屋の隅に出来るのが恒例となってしまっていた。


 私に続いてリーリカもカップに手を付けるとようやく意を決したようにファウナもカップに手を伸ばす。どうやら中身は私たちと同じレモネードにしたようで恐る恐る口にするところを見ると飲んだことが無かったのだろうか。


「……おいしい」


 はっと目を見開いて一口、二口と飲む彼女を見て私とリーリカは口元を緩めたのだった。


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