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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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サプライズ

 サプライズ



 モノトーンに染められた景色の中で、一際異彩を放つ領主城館の正門並木は降り積もる雪に負けじと太陽に照らされる青々をした葉を付けているからだろう。そもそも植えられてまだ間もなく、その丈も人の背丈にも満たなかったはずの若木が植樹から僅かひと月足らずの間に樹高10メートルを超える立派な樹に育っているなんて事情を知る者でなければにわかに信じる事も難しいと思う。

 実際には植樹された翌日にこの大きさまで育ってしまったのは――他の誰でもない私のせいだ。


 エルフの護りともいわれる『祝福(ブレッシング)』は草木の生命力を著しく活性化させるものであり、対象の代謝を著しく――爆発的に高める能力で、エルフであれば多くの者が使えるらしい。

 偶発的な成り行き上この力を手に入れて以降、私は幾度となくこの奇怪な力に頼っており、既に特別視すらしていない程の事だったが、些かその効果は一般的に知られるソレとは一線を画すものだったらしい。


『祝福』自体は鳥が空を飛ぶのと同じく植物に異常な愛着をみせるエルフがしばしば行使するものであるらしいが、それは発育の良くない――根付いた土との還流が正しく機能しきれていない個体のエネルギーの流を整えて発育を正常な範囲へ戻すといった程度のものらしく、決して爆発的成長を促すようなものではない。とはいえさしたる事前情報もないままに、『植物の育成が早くなる』という一次的な情報のみで、半ば行き当たりばったりで初めて使用した祝福のイメージは、既に "私においての祝福" のイメージとして固まってしまっているので今更慎ましいものへと変質させる心算も全くなかった。


「来年の冬には落葉するのかしら?」


 なんとなしに庭師に尋ねた私の言葉に彼らは首を捻るばかり。なにせ植えたばかりの樹木を翌日には立派な成木と言っても差し障りのない大きさまで育てた上に、これが今後の育成にどのように影響を与えるかなどわかる筈もなかったからだ。


「エリス様、少しは自重というものをですね……」


 半分ジト目で私を窘めるリーリカも、みるみる育つ樹木に興奮気味に "素晴らしいです!" と連呼していたというのに返答に困る庭師達を前に当事者からは外れている認識らしく、私はやや引き攣った笑いを張り付けたままこの微妙な空気をどう乗り切ろうかと考える羽目になってしまった。


 そろそろこの場の間が辛いと思っていたところで、私は丁度良いものが城門を抜けてやってくるのを見つけると心の中で大きくため息をつくのだった。


「定期便だわ。屋敷に戻るわよリーリカ」


「かしこまりました」


 軽く庭師達に手を挙げて、くるりと踵を返して屋敷へと歩みを返すとやがて定期便の雪上馬車が追い越していく。積まれている荷の大半がドレスやら下着だのが詰まった木箱なのが気が重いところだけど、それでも今はうっかり踏んでしまった地雷が回避できたのが大きいのか、いつもほど憂鬱と言う訳でもなく比較的軽い足取りで屋敷へと急ぐのだった。


 ◇ ◇ ◇



 机の上に(うずたか)く積まれた書類が七割程その量を減らしたとき、この部屋の主はついに悲鳴を上げた。すかさず背後に回り主を気遣う黒髪のメイドに羨望の眼差しを向けるものは多い――というか、向けない者はこの屋敷に仕える者にはいないのではないだろうか?

 白銀の長い髪をかき分けて背後からそのまま顔を寄せるように何かを囁きながら肩を揉む黒髪のメイドは半ば抱き着いているようにも見えるし、事実本人もそのつもりであることは間違いなく、悔しいながらも主はそれを嬉しそうに受け入れているのだから見ている方としてみればその距離感の違いに涙を呑むばかりなのだ。


 それでも私などはまだ恵まれている。立場を変えてみれば私の立ち位置とて屋敷のメイドたちからすればよほどエリス様の傍に居られるのだから。半ば花嫁修業のつもりで箔付けに王宮の給仕に就いた私はありきたりな日々を無駄に過ごしていた。いい加減に諦めて結婚相手を探すべきかと僅かばかりではあるが考えていたところに彼女たちは現れた。

 美しき森の妖精は優しくおおらかで、しかし時として凛とした森の女王の気品と風格を垣間見させる。エルフとは感情に乏しいと聞いていたが私が初めて間近で見た彼女は決してそのような事はなく、ごくありふれた年頃の少女そのものにしか見えなかったが、それが却って彼女の二面性を浮きだたせるというか、良い意味でより魅力的に引きだたせるのだ。

 "ギャップ萌え" なる謎の属性を指摘されたものの、それがいかなるものであるかは重要ではなく、私にとってどのような評価でも個別に見てもらえる、気にかけて貰えるといっただけで言い表しがたい多幸感に包まれることが出来る。


 ――それを知ってしまった瞬間から、私は全てがどうでも良くなってしまった。


 いずれ廃嫡されるであろう実家や、当面の貴族位を保証している准爵位でもある公子の称号も最早未練はない。どうせ私が貴族意外と結婚すれば無くなっていたものだし、下級貴族や商人に娶られたとしても鬱屈とした未来しかないように思えたのだ。停滞という名の怠惰な病とは無縁の彼女の傍に寄り添いたい――そのような考えに私が至るのは極簡単な事だった。


 じゃれ合う妖精の姿に後ろ髪を引かれながらも淹れた紅茶が琥珀色に輝くのを見計らって、ティーカップへと注げばたちまち芳醇な香りは部屋に拡がった。


「さあ、エリス様紅茶は如何ですか?」


 無論用意されたこの三人分の紅茶が無駄になる事はない。極上な微笑みを湛えた彼女たちを出迎える私の顔もきっと今頃は――


『リーリカ様もアリシア様もずるいですぅ』ふと脳裏に浮かぶのはむくれ顔のメイドで確かシーナと言っただろうか。私と同じくエリス様に仕えるべく山百合から移籍した彼女はなかなか主と接点を持てない事に不満を漏らしていたのだが、それは彼女に限った話ではないだろう。"今日はお声を掛けていただいた" など、嬉しそうに報告し合うように、エリス様の声掛けを心待ちにしている者達ばかりなのだから。


 もう少し接点を得る機会を増やしても良いかもしれない。いずれ再び旅に出る事を思えばふとそんな気持ちにもなってくる。だったらどうすればよいか? 簡単だ、執務室係を日替わりで設ければ良いのだ。まずは勤怠状況の良い者からローテーションして……そうすればより普段の仕事にも精が出るのではないだろうか?


「エリス様ご提案があるのですが宜しいでしょうか?」


 早速私からのささやかなプレゼントを仕込むために声を掛ける。勿論その提案が潰されることはなく、敬愛すべき我らが主は快くその提案を受け入れてくれたのは言うまでもない。


 ――彼女たちから私の正気を疑われるといった不本意な事を除いては。

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