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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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通行手形

 通行手形




 公務の後は癒しの時間。リーリカと二人手を繋ぎ、季節の花咲く中庭を歩いて回り、咲きそうな蕾や新芽を見つけては、後日の楽しみが増えたと喜び合うのだ。

 充分に散策を楽しむと、馬房のエリとリリのブラッシングの時間となるのが恒例で、そんな時位は着替えたほうが良いのだろうけれど、幸いにも大人しい二頭の馬は色々と弁えてくれているようで、着ている服を汚されてしまったこともない。


 ブラッシングが十分終わる頃にはブラシが脂で形が固定されてしまう程になるけれど、技術の無駄遣いで編み出した、いわば洗濯魔法で綺麗に落ちる。

 厳密にはバケツ一杯分程の水球を作り出す魔法に温度イメージを加え、更に日常の入浴時にも使用している泡魔法を投げ込んで、魔力を上手くコントロールすることで水流を作り出すことができるのだ。後に水流操作付近までを一連の作用として組み込んだランドリー・ウォームとして再編することになるのだけれど、この頃はまだ逐一複数の魔法を組み合わせて実行していた筈だ。


 エリとリリの世話の後は城内の見回りを兼ねて出会った使用人達と言葉を交わす。圧倒的に女性の多いこの城館、その中でも大半を占めるのは大勢のメイドたちなので、大概は噂好きの彼女らのいい加減なニュースを聞くだけでその日の食事の話題は事欠かない。無論その中には私とリーリカに関する(ゴシップ)も多聞に含まれるのだが、いちいち説明するのもおかしい話なのでその辺りに突っ込むような野暮な事はしないでおくのが慣例となっている。


 主従の関係性を強く主張するリーリカだけど、贔屓目に見ても彼女の献身はその域を軽く凌駕して、時にこちらが心配になってしまう程、攻撃的になる事がしばしばあった。無論その対象の多くは若く野望に滾る男性で、貴族であったり裕福な商人であったりとまちまちではあるが、下心を持って近づく者にリーリカは容赦しなかった。


『何が起ころうと、たとえ世界のすべてを敵に回したとしても、私はエリス様の傍らに』


 いつの日にかそう告げたリーリカの真剣な声は鮮明に焼き付いている。この世界(ノワールノート)でただ一人孤独に耐える私に心の底から寄り添ってくれるのは彼女だけ。今となっては私は本当に真柊恵美という少女だったのだろうかと思う時があるくらい、エルフの女王(ハイエルフ)エリス・ラスティ・ブルーノートの身体と精神に馴染んでしまっていることが、自分で自分を否定しているような気がしてならなかった。


 それはとても恐ろしく悲しい半面――彼女に出会うために必要な運命だったと受け容れて、"何者でもない" 私を "自分《エリス》"で居させてくれるために必要な観察者で想い人――リーリカとの(えにし)を結ぶために必要だったと思うと。心の枷が幾分軽くなる気がするのだった。



 冬の夜の訪れは早い。黄昏に染まるまだ街といえない村を眺めながら、風の声を聴いていた。囁き合うように飛び回る風の精霊たちはシルカだろうか? 姿をみせはしないものの、笑い声にも似た――やはり笑い声なのだろう。ウフフ、ウフフと笑いながら飛び回る彼女達が日没が近い事を教えてくれる。


「こんな所にいたかしら」


「篝火が焚かれ始めたわ。ほらあそこ」


 玄関上のテラスにやってきたマリスに指をさしてそう言うと、渋々といった感じではあるが指差したほうへマリスも向いた。


「まったく忙しないことないかしら。なにも夜にまで作業をしなくても良いでしょうに」


「でもこの村に出来る初めての宿よ?」


「あんな高級旅籠が出来ても一体何人が止まれるというのかしら」


 一理ある。山百合のシングルルームって泊った事はないけれど、それなりに値段はする筈なのだ。恐らくだけど、一泊で一銀貨はくだらないんじゃないだろうか?

 もっとも一泊8銀貨の特別室に住み込んでいたような私がその額についてとやかく言っても説得力はないのかもしれない。


「そうだけど、でも観光に来るほど裕福なひとになら、喜ばれる……よね?」


「山百合が成功しようがしまいが妹ちゃんには関係のない話ではなくて?」


「そう、だけど……やっぱり方々でお世話になってるしさ」


「お人好しなことなのよ」


 呆れられたと思ったけれどマリスの口元は確かに笑っていた。それがなんだか嬉しくて思わず「うん!」と笑顔で答えると、「本当に変な子なんだから」と今度こそ呆れられたようだ。


「そうそう、フランツが探していたわよ? ちゃんと伝えたからね」


 くるりと踵を返すマリスの言葉に、私は返す言葉も飲み込んでしまい、慌てて執務室へと駆けていくのだった。


 もう、そういう事は先にいってよね!?



 ◇ ◇ ◇



「成程台帳で管理するのですな。では早速準備にとりかかりましょう」


「よろしくフランツさん」


「エリス様わたくしの事は呼び捨てて下さいと前にも申しましたよ」


「やっぱりダメかしら? 」


「何事にも都合というものが御座います」


「……わかったわ。ではよろしくねフランツ」


「畏まりました」


 くるりと踵を返し部屋を出ていく家令の背中が想像以上に大きく見えて、頼もしい。シリウスの山百合の支配人であった時よりも、更にグレードの高いスーツに身を包み、襟から胸元に伸びるチェーンの先にはこの世界では珍しい懐中時計が忍ばされている筈で、首元に絞められているネッカチーフも良く似合っていて洒脱と言う感じだ。

 その後ろ姿にどこか懐かしさを感じるのは在りし日の父親の姿に年を重ねていけばあんな感じになったのではないだろうかという直感だろうか。


 男性が嫌いと言う訳ではないけれど、苦手な私もそれが年配者になるとそういった意識もガラリと変わる。あまり気張ることなく話すこともできるし、なによりがっついて妙なアピールが鬱陶しくない大人な男性は身構える事なく対応できる上、返答に困った時も適切な誘導をそれとなく行ってくれるからだろう。


 もっとも歳を重ねればそうなるかと言えば微妙なところで、例えばシリウス伯爵の息子であるユリウスなどは、年齢だけならフランツさんよりずっと上の筈だけど、あのチャラさが許せない。

 あの時はまだ自分以外のエルフといえばシリウスで出会ったヨーシュさん位だったけれど、その後ファージの里を訪れて、少なからず幾人ものエルフを目にした今では同種族故か、猶更あの軽さが耐えられないのだった。


 たとえそれが私の勝手な先入観であっても、ね。



 世界樹へ至る道へゲートを兼ねた礼拝堂を造ることになったついでに、私はいずれは街と呼べるようになるだろうこの村の住人達に通行手形(パス)を発行することにしたのだ。一人につき一つ――手形といっても耐久性の怪しいこの世界の紙では心もとないので、住人専用の手形はメダルとすることにした。最終的にペンダントとしたので普段から身に着けて貰えれば手間が無いだろうし、無くしてしまう事もあまりないだろう。耐蝕性を考えれば金――と言いたいところだけど流石に住民一人一人に配布するのでそういう訳にもいかない。メダルの素材についてはギミークさんに相談したら、固い朧が良いだろうということで鋳造したものを私が装備化の魔法で耐蝕性を与える事になった。


 話を聞く限りこの朧という金属は銀に混ぜ物をした合金らしいのだけど、それなりの比率の銀が含まれており、そこまで安価というわけでもない。もっとも今いる住人の分は数とすればそこまで大量に必要な訳ではないので初期投資として割り切ることにして、以後は転入や出産の際に増える税で十分賄える事と、死亡時にはそれと引き換えに見舞金を出す制度を作るのである程度の循環は見込める筈だ。住人がこれを紛失した際には再発行に実費を貰い受ける事にはなるのだが、流石にこればかりはどうしようも無い事だった。


 ま、後で問題が出た場合はその時はその時よね。



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