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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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百合姫の来訪

 百合姫の来訪




 淡い鳥ノ子色(とりのこいろ)で塗られた漆喰に砂色(すないろ)で描かれた蔓には色調を抑えた桜色の花が描かれていた。壁紙などないこの世界で手作業で描かれたことを考えると、たとえ部屋の一面と言え随分と贅を尽くした設えだった。ややセピア調のこの部屋は応接室。中央には大きめの大理石張りのローテーブルが置かれ向かい合うように古材を利用した風格高いソファーが二脚ほど置かれている。

 二脚といっても片側だけでも詰めれば4人は座れるほどの幅がある為、機能的には必要充分なのではないかと考えられた。


 飾り棚には水晶の百合の彫刻やどこかの森の湖畔の絵画などが飾られているが、これは先日の式典の折に祝いの品として出席した貴族達から贈られた品々の一部だった。


「この度は叙爵おめでとうございます」


 落ち着いた雰囲気を漂わせ、白い大きなフリルのブラウスにややタイトな臙脂色のロングスカートの装いが似合う彼女は全山百合を束ねる総支配人リリアナさんだ。


「リリアナさんもお元気そうでなによりです。あとあまり改まって話されても困ってしまいますから」


 苦笑交じりに答える私に、彼女は黄色味の強い明るい金髪が静かに揺れて、改めて「お久しぶりです、エリス様」と眩しいほどの笑顔で応えるのだった。


「エリス様、ご用意させて頂いた人員に問題はありませんか?」


「ええ、皆よく頑張ってくれてますよ」


「そうですか。もし至らない者がいましたら、すぐに代わりの者を紹介させて頂きますので。いえ、実はエリス様にお仕えしたいという者が大勢出まして、選別に苦労したほどなのです。こちらと致しましても十分能力は考慮の上選考しましたが、浮ついた気持ちのまま何か失礼を働く者がでないかと心配していたのです」


 やや身を乗り出していた体勢をやや横にずらすと長い脚を組み替える。スカラップカットの裾から見える細い足首になんとなく見惚れながら、誤魔化すように紅茶を啜り、「大丈夫ですよ」と答えるのが精一杯だった。


 なんで私はこんなに緊張しているのかしら?


 思えば以前リリアナさんと会ったときも、終始緊張が絶えなかった記憶があるし、今もこちらに向けられている瞳を見ていると、何かこう無意識に吸い込まれてしまいそうな気がして落ち着かないのだ。


「そういえばこの聖地ラスティに山百合を新設すると聞いたのですが」


「ええ。今回はエリス様への御挨拶が主目的ですが、明日にでも建設中の現地を見ておこうかと」


「まだ街と言うにはあまりにも寂しいところで採算は合うんですか?」


 ついでなので気になっていたことを聞いてみる。


「新しく世界樹が育つこの地は確実に大きな街へと成長しますよ。それに周囲の山々も素敵ではないですか」


 そこまで言われると領主としても悪い気はしない。実際私もこの周辺の景色は気に入っているし、緑あふれる夏だけではなく、色づく秋や白く雪化粧をする冬もなかなか壮観だと思っている。


「長く留まる事は難しいですが、ご期待に沿えるように私も頑張らないとですね」


 その答えに満足したのかリリアナさんは大きく頷いて、「楽しみにしています」と笑顔で答えてくれた。


「逗留の間三階の客室をお使いください。シーナ、リリアナさんをお部屋に案内してもらえるかしら?」


「畏まりましたエリス様。ではリリアナお嬢様はこちらへ」


 応接室のドアの前で控えていたメイドのシーナさんは預かっていたストールと外套を手にするとリリアナさんを伴って退室していく。


「ふう、疲れた……どうもあの人と話すと緊張するわ。リーリカ、熱いお茶いれてくれる?」


 零した弱音を咎めることなくリーリカは二人分のお茶を用意すると、私の横に座ると静かに私に寄りかかる。


 ゆっくりと伝わるリーリカの体温は心地よく、カップが空になる頃にはすっかりといつもの自分に戻れた気がするのだった。


 ◇ ◇ ◇


 嫌がるマリスを半ば強引に自室の露天風呂へと連れ出して、なし崩し的についてくることになったマイアとリーリカ4人肩を並べて温泉を堪能する。

 どういう訳か少しばかり見た目が若く――いや幼くなってしまったマリスが気になって再びエッセンスを注入してみようかと尋ねたのだが、やんわりとそれについては断られた。


「本当にそのままでいいの?」


「別に……構わないかしら。数年もすれば元通りになるのだし、このままでも特別不便という事もないのだから」


 言われてみればそうかもしれないと納得して、私は聞こうと思っていた本題を切り出してみる。


「ところで、マリスが前に話していた賢者が隠れ住んでいた塔ってどこにあるの?」


『賢者』というワードにあからさまに嫌な顔をしたマリスも、溜息一つつくと気を取り直して話し出す。


「西の大陸……サイラスの山の中なのよ。そうね、国で言えばゾーン、いえアラクかしらね。でもあまりあいつには関わるのはやめておいた方が身のためだと思うのだけど」


「あ、うん。でもアラクかぁ~。賢者が逃げ込んだ本はゾーンにあったけど、やっぱり近いわよね」


 なんというかきな臭い。ゾーン王家に厳重に管理されていた知の書とアラクにあったという賢者の隠れ家。二つの国は隣り合っているし、竜の棲む山も近い。サラだったら或いはもう少し詳しい事を知っていそうだけど、生憎と今は自分の城館でルーシアとのんびり過ごしている筈なので聞こうにも時間がかかる。


 こんな時メールでもあれば楽なのだろうけれど、無いものをねだったところでどうにもならないのだから仕方ない。


「あ~、なんか行き詰ったぁ~」


 湯舟の縁に頭を乗せて大きく手足を投げ出して湯に浮かぶと、じんわりと頭に巻いたタオルが湿り気を帯びる。


「ほら、はしたないわよ? 妹ちゃん」


「別に~、他に誰が見ている訳でもないし。こうしてぷかぷかと浮かんでいると頭を空っぽに出来る気がするじゃない?」


「そういえば朝は魔物からコアを集めてましたね」


「うん。世界樹の苗木の肥料になるんじゃないかって思ったから」


「エリス様も戦われたんですか?」


「そういえばマイアはまだ見たことがありませんか」


「そうよね、最近は整備された街道ばかりの旅だったし、特に北の大陸に戻ってからは魔物らしい魔物も出てこなかったわよね」


「エリス様はお気が付きになりませんでしたか? 街道に設置された魔物避けが増えている事に」


 言われてみればそんな気がするが、旅の途中に余計なリスクがないのは歓迎、という私の考えは変わらない。戦闘なんかなければ無いに越した事はないのだから。


「平穏だなとは思ったけど、そうだったのね。まあ、戦う必要がでるなら戦うしか無いわけだけど……マイアも無理に前に出る事は無いと思うわよ?」


「そう……なのでしょうか?」


 マリスは勿論のことリーリカも十分な戦闘力を持っている。私達が旅の途中で魔物に襲われたとしても、よほどの事が無い限りは剣を取る必要もないだろう。私は遠距離、マリスは中距離、リーリカは近距離と丁度バランスよく戦闘距離が違う上、大体は魔法の先制攻撃で終わる筈なのだから。


 複雑な表情を浮かべるマイアの頭をくしゃくしゃとマリスは撫でて、私と同じように湯に身体を投げ出した。髪が痛むと注意したにも関わらず下したままの白い髪が途端に湯舟に拡がって、すぐ横にいる私の体にも沢山纏わりついてくる。色々と思う所はあるけれど、今はただこうして夜空に拡がる冬の星を皆で眺めるのも悪くない気がした。


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