表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
43/78

憂いの領主

 憂いの領主



 風が吹き荒れていた。いや、そんな生易しいものではなかったかもしれない。たった今右から吹き付けていたかと思えば次は左から、またその次の瞬間には正面からと目まぐるしく方向を変えて吹く風は、吹雪となり更には降り積もった雪をも巻き上げて怒り狂ったように吹き荒れる。険しい峰で引き裂かれたそれは悲鳴にも似た咆哮を伴って山々の間に響き渡っていた。


 西の大陸と呼ばれる大地がある。その大地の西側は比較的平坦な地形が多く、広大な砂漠がかなりの部分を占めていて今も尚徐々にその範囲を拡げている。対して大陸中央部は山地が多く、比較的標高の高いいくつかの山脈が複雑に入り組んでおり、その隙間を縫うように六つの国が興されていた。サイラス六公国をまとめて呼ぶ場合はサイラス地方と呼称されることが多いことからも、公国という少しばかり変わった形式を採っていることからも分かるように、元々は一つの地方であったこの地に起きた、かつての戦乱に際して砦を築き抵抗した名残がなりたちの背景にあるのだが、帝国の崩壊と、北の大陸との和平によって国同士の諍いが無くなった今では公国とは名ばかりで、他の王国とほとんど異なる点はなくなっていた。



 武骨な石作りの廊下を駆け抜けて、一際豪華なドアを勢いよく開けると目的の人物を窓際に見つけた。


「陛下大変です!!」


「何事だ騒々しい」


 窓際に立つ人物は白髪交じりの長めの髪を揺らしながら、ゆっくりとこちらを振り返り、低い声で問いただす。


「ですから、大変なのです。隣国ゾーンとの国境に近い街道付近の村が壊滅致しました。」


「壊滅? 一体どうしたというのだ」


「はい、雪熊(スノーベア)に襲われた模様なのですが、詳しくは追って調査隊からの報告があるかと」


雪熊(スノーベア)か……確かにそれは少しばかり妙な話」


 王が眉間に皺を寄せ、訝し気に腕を組んでいるのも頷ける。本来であればとっくに冬眠中であるはずの雪熊に、年明けから間もないこの時期に、それも人里が襲われるなんてことは滅多にない事だからだ。


「悪い報せはまだあります。ゾーンへの街道が国境付近で雪崩により通行が出来なくなっております。現在復旧に全力を尽くしてはいますが壊滅した村の事もあり、周囲を警戒しながらの作業を強いられて時間がかかる見通しです」


 その言葉に王の眉間の皺は更に深くなる。それもそうだろうこの国、アクラ公国は東のブランドル公国、北東のアクラ公国との交易で成り立っているのだから。西から南は比較的開けた平野が広がるものの、その大地はそこまで豊かではない。それは山から流れ出る川が少ないために、土がやせ細っているいるからだろう。

 古くは西に城がる帝国やその他の小国群との貿易で栄えたこの一帯も、およそ1400年前に帝国が急速に領土を拡大するために周辺の小国群と戦争に陥り、突如帝国が滅んだのちはゾーンやアクラの西方は呪われた地として忌み嫌われた。


 それというのもなぜか作物がほとんど育たなくなってしまい、元々乾燥しやすい気候も影響して労力に見合わなくなってしまったからだった。それ以降この国の主な産業と言えば、戦線の最前線の要であった名残から多く伝えられた冶金術を周囲の山から取れる鉱石を採掘することにより様々な金属や、金属製品を作り出し周辺の国へと流すことで成り立っている。

 そうなれば自然の流れで鍛冶技術や彫金技術というものが発達したことは言うまでもなく、ここ300年ほどは装飾品が最も有名な特産品となっていた。


「壊滅した村の生存者がいないか急ぎ調べるのだ。村のことは気になるがその後は街道の復旧を第一に事にあたるように指示をだせ。詳細はお前に任せるが、問題ないな?」


「御意。では直ちに準備を整え指揮に向かいます」


 くるりと踵を返し、部屋から出た私は数歩進むと、すぐに官吏の詰る部屋へと駆けだすのだった。



 ◇ ◇ ◇


 巻き上げられていた雪がキラキラと輝きながら、ゆっくりと地面へと吸い込まれていく。


「このくらいでいいかしら」


 手にしていた小さな赤い魔石(コア)を革袋に入れながら、中身を覗く金色の瞳は大きく開かれていた。ぬかるんだ石畳の街道から少し離れたこの辺りは未耕作の草原だったはずだが、今では一面白い雪に覆われて、眩しく輝いていた。ただ少し違うといえば所々に盛り上がり、土を含んだ雪で汚れたコブがあるくらいで、それも数日もすれば再び雪の中に埋もれてしまうだろう。


「試したいことがあるの」と久しぶりに城館から外出したエリス様に付き従って、聖地ラスティの外れまで来ると、役に立ちそうもない護衛の兵士もお構いなしに、グランドマウスを誘い出した。

 慌てる護衛が剣を抜くよりも早く、重い雪をものともせずに顔を出した大口ミミズ(グランドマウス)をエリス様は風の刃で切り裂いた。

 無論私もエリス様の身を守るためにここにいるとはいえ、脅威になり得ないという事は充分に分かっていたので武器を構える事はしていない。


「お見事です、エリス様。お戻りになられますか?」


「うーん、そうね。城に帰る前に折角だから少し町を見ましょうか」


「城下の視察ですね」


「そうね。視察といっても、単純に随分と新しいお店が出来てるみたいだし、特にお土産屋さんでは色々と売っているみたいだからね」


 世界樹の葉を模した焼き菓子や、エリス様に似せた木彫り物が人気の土産らしく、その売り上げの一部はエリス様へ収められている。個人的にはあんな武骨な彫り物ではエリス様の素晴らしさを伝えるには不十分とはおもうのだが、エリス様は特に気にした様子もなく、「なんか恥ずかしいわね」と肩を竦めるくらいだった。


「あ、あの……ちょっといいですか?」


「どうかしたのですか?」


 護衛に戸慌ててついてきた門番の一人がおずおずと私に話しかける。こっちはエリス様と会話中だというのに割り込むなんて、随分と無粋な門番だなと思っていたら、思い切り抑揚のない声で返事をしてしまった。


 目が合うと一瞬だけ身を竦めたが、それでも意を決したように言葉を続けて来た。


「エリス様がお強いのは判りましたが、リーリカ様もその……戦われたりするのでしょうか?」


 そんな事を聞いてなんだというのだろうか? 私は沸々と怒りにも似た苛立ちを感じながら、相手の目を見据えると、不意に肩をつつかれた。


「リーリカ、そんな威圧しちゃダメだって。ビックリしちゃってるじゃない」


「そういう訳ではないのですが……申し訳ありませんでした」


 困り顔のエリス様の瞳に射抜かれて、咄嗟にそう答えてしまう。

 俯いた私の横でエリス様は顔をあげると、笑顔でこう続けた。


「リーリカはすっごく頼りになるんですよ。私なんかじゃ動きも見えない位だし。だからこの辺りのお散歩程度なら私達だけでも十分ですから、城館に変な人が入らないように気を付けてくれてれば、その方が安心できるかな」


「はい、いや、そういう訳には……」


 後ろ手に手を組んで、少し屈むように首を傾げた森の妖精は、無邪気な表情で遠回しに随行を断ると、ゆっくりと街道へと歩き出す。あっけにとられている護衛兵を横目に私は妖精の後を追うと、風に靡いた髪を気にする端麗な横顔が目に飛び込んでくる。


 何かを憂うその金色の瞳は何処へと向けられているのだろう?

 久しぶりの魔物狩りに、出会ったあの頃を思い出しながら急ぎ側へと駆け寄れば、優しく微笑みかけてくれるエリス様はすっかりといつもの彼女の様子だった。


「手繋ごうか」


 差し出された手を無言で握り、私達はゆっくりと城下への道を歩くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ