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白金のハイエルフ  作者: 味醂
再会
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二章プロローグ

 二章プロローグ




 本来であれば爽やかな朝だったろう。活気を増しつつある街のメインストリートから数本入った路地には清々しい朝の風景とは無縁の、厳重な立ち入り規制と警戒がなされていた。


「これで三人目か……」


「……ああ、お前はどう思う? 」


 目の前でしゃがんでいる人物の奥に広げられている麻布は不自然に盛り上がっており、無造作に端を捲ると哀れな被害者の見分を開始した。やがて彼は被害者の首元から何かを外すとこちらに向き直りそれを揺らして見せる。


「被害者はいずれも若い女冒険者。もっとも今は時期的にそちらは休業して臨時の警備要員として雇われていた者が二人。今回はどうだろうな」


「調べてみないことには判らんが、冒険者章を持っているという事は第一条件としてはクリアしている、か」



 西の大陸のなかでも東側に位置するブランドル公国、その首都であるブランドルの街はこれまで物騒な事件とは縁遠い静かな城下街だった。かつての戦乱の終息期であれば話は別として、ここしばらくは平穏そのものといったもので、住民たちは静かな古城の城下町でののんびりとした生活を堪能していたはずだった。


「なあ、アーレス。捜査は進めねばならないが、これはまずんじゃないか?」


「お前もそう思うかブレスト。俺も同感なのだが――果たしてあいつを上手い事ここから離しておくいい方法がないものか? 素直に説得に応じてくれるどころか、自ら捜査の先陣に立つとか言い出しそうじゃないか」


「そうだか、あいつがこの街に居なかったのは幸いしたな。ついでに事態が収束するまでどこか安全な場所で引き籠っていてほしいものだが――そうだな、いっそこんなのはどうだろうか?」


 配下の者に指示を出し、その場を離れる二人の名前はここブランドル公国の皇太子となる第一王子のアーレス・ブランドルとその弟、主に事務官を束ねる立場にあり、宰相と共にこの国の国政の中枢を担う第二王子のブレスト・ブランドルだった。


 ◇ ◇ ◇


「「おかえりなさいませ」」


 アーレス様、ブレスト様――と続く以外は綺麗にシンクロした声が二人を出迎える。玄関の前に立つ二人の女性はまるで鏡を挟んで立っているかのようで、或いは人形なのではないかと疑ってしまうほどに酷似していた。


 流れるような動作で左右に分かれた彼女らは両開きのドアを押し開けてそれぞれの主人を出迎える。もっとも彼らは並んで入るのではなく、アーレスが最初に入り、その後にブレストが続くのだが、扉は再び左右全く同じ速度で閉じられた。


「マルチナ会議室は開いているか?」


「はい、ブレスト様。誰もご使用になられておりません。お使いになりますか?」


「ああ、そのつもりだ。少しブレストと考えねばならないことがあるのでな。ではブレスト、私は先に会議室にて待つ」


 弟に軽く手をあげて瓜二つの姿のメイドの片割れを伴ってその場を立ち去っていく。


「マチルナ、聞いた通りだがその前に、父上はどちらにいらっしゃる?」


「はい。ガーランド様は執務室においでです」


「了解した。執務室だな、マチルナは先に会議室へと行き、マルチナの手伝いを頼む」


「かしこまりました」


 恭しく礼をして、速足でその場から遠ざかる彼女からは足音が聞こえない。水面に浮かんだ木の葉が風に流されるように滑らかに静かに遠ざかる姿を見送ると、ようやくブレストは執務室へと歩き出した。


「さて、上手く事が運べばいいのだが」


 (はかりごと)は仕込みが全てである。頭の中で上手くいくように思えても、時に予想もしない反応を見せる事は多々ある事だ。幼い時より将来を見据え軍師としての英才教育を施されたブレストにはそれが痛いほどわかっているつもりだったが、それでも些事と思っていた不確定要素が大きく大局を変えてしまう事があるということも経験則で幾度も経験していた。


 僅かに足を止め、息を整えると再び思案を巡らせながら歩き出すのだった。



 ◇ ◇ ◇



「くどい!断る!」


 突然張り上げられた声に窓のすぐそばまで延びた枝で羽根を休めていた小鳥たちは一斉に飛び立って、数枚の羽根がゆっくりと舞い落ちていく。

 凄い勢いで椅子から立ち上がり古い机に両手をついた彼女の灰茶色(アッシュブラウン)の前髪は一度宙を舞うと鼻先へとはらりと落ちる。彼女はそれを無造作にかき上げながら嘆息すると、僅かに椅子を軋ませながら再び着席した。


「しかしながら姫様、お会いにもならないうちに断るのは流石に先方へ失礼かと。まずは一度お会いになられてですね……」


「大体今迄だってのらりくらりと断って来たじゃないかなんで今更……そうだ、まずはその身上書を兄上達に見せてみるのはどうだろうか?」


「それがですね……この身上書を届けたのはアーレス様の事務官殿でして」


 軽く頭を殴られた気がした。それはつまり偏愛の過ぎた兄の承認の元持ち込まれた話であり、現当主と次期当主の意向が含まれているという事だったから。


「そう……なのか?」


「間違い御座いません。ですから今回はせめて若様の顔を立てる意味でもなんとかお会いになって頂かなくては話が収まりそうにないのでございます」


「……少し考えさせてくれ」


「それでは一旦下がらせていただきますが、姫様におかれましては色よい返事が頂けると期待しております」


 恭しく頭を下げて部屋から出ていく背中を見送ると、ソファーに座った人物から声が上がる。


「ついにサラも輿入れかしら?」


「言うなルーシア。そりゃアタシだって色々と我儘言っているのは解ってるんだ。それでも何も今持って来なくてもいいじゃないか。折角ルーシアとまた暮らせるようになったというのに」


「フフッそうよね。でも流石に今回ばかりは、行かないわけにはいけないのではなくて?」


 薄亜麻色の緩巻きの髪を揺らしながら、鳶色の瞳がサラに問いかけけていた。おかしい。どうしてこんな事になってしまったのだろう? これまでも度々縁談が持ち込まれることはあったものの、なにかと理由を付けては躱し続けていた。そもそもサラが何かをするまでもなく、二人の兄達があれやこれやと難癖をつけては縁談を蹴り飛ばしていたと言っても過言ではなく、今回もその線で話がまとまると楽観視していたところだったのだ。


「まさか兄様達が噛んで来るとはな」


「流石にいつまでもという訳にもいかないでしょう? それに、一国の王女であるならその義務からは逃れられないと言っていたのは外ならぬ貴女じゃない?」


 口にすると殊更気は沈み、四面楚歌の状況に焦りを感じざる得なかった。そこにきて最後の頼みの綱でもあったルーシアに諭されてしまうとなると、いよいよもってどうしていいか分からなくなるサラだった。


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