式典前日
式典前日
「あの……いかがですか?」
鏡の中で私の背後に立つ彼女は緊張した面持ちで問いかけてくる。黄金色のやや巻き癖の強いショートボブの奥から覗く浅葱色の瞳は潤んだように揺れており、見ようによっては泣いているようにも見えるかも知れない。
「素敵よ、アリスちゃん」
「よ、よかったぁ……私緊張しすぎてて、なんだか変な気分です」
鏡のなかで綺麗に整えられた毛先に満足して、無造作に後ろ髪を一束つまんで毛先のチェックをする。日々リーリカやアリシアの献身的な手入れのおかげでなんとか状態は保っていたものの、それでもどうしても毛先の方は傷みやすいものなのだ。
足元には五センチほどの切られた髪が散らばりキラキラと輝いているが、新しい毛先は比べるべくもなく艶やかだった。
ある日シリウスでベロニカさんによって引き合わされた彼女はトレードマークともいえる深紅のフードケープとスカートの姿で、流石に今はフードは降ろしているが普段は誰が何と言おうと、私の中でのイメージは赤ずきんちゃんだった。腰に巻いたホルスターベルトには何種類もの華奢な鋏が装着されていて、以前見たときよりその数はかなり増えているようだった。
「それにしても、随分道具が増えたのね」
「あ、ハイ。なにかと理由をつけてはベロニカさんが仕入れてくるんですよ。プロフェッショナルなら道具は大事とか言って。あまりに仰々しくて、おかしく見えませんか?」
「ううん、そんな事ないわよ? 流石カリスマ美容師って感じだわ」
「もう、おだててもなにも出ませんよっ!?」
会話を重ねるうちに次第と以前のような口ぶりに戻りつつあるようで、ころころと変わる彼女の表情がとても可愛らしかったが、その背の低さからか、作業中はなんだか大変そうでもあったのだ。踏み台に乗ったり降りたりとするのは大変なんじゃないだろうか? 座らせたまま高さを変えれるような椅子ってこっちじゃ作れないのか今度ギミークさんにでも相談してみる事にした。
「それじゃあ一休みしたらリーリカもお願いね。隣の部屋にお茶の用意が出来てる筈だから行きましょ」
言いながらに彼女を伴ってパウダールームから隣室へと移動すると色々なお茶菓子が既に用意されていて、さっそくアリスの浅葱色の瞳はロックオンしたようだった。
「アリシア……アリスちゃんに温かい飲み物を。それとリーリカを呼んできておいてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
「アリスちゃんは遠慮なく食べてね。もっと欲しいものがあれば用意させるから」
「ふえぇえ。。そんな事言われたら困っちゃいますよ! 最近じゃ上層区にお呼ばれすることが多かったんでその……色々と危険が危なくてピンチなんですから!」
一体なにがピンチなのかは、彼女の名誉の為にも伏せておくけれど、私は彼女の後ろに立つと新調したばかりの制服に装備化の魔法をこっそりと施した。
それにしても、背後から見ると彼女もなかなか凄いものを持っている。はちきれんばかりのブラウスに包まれた果実はいかほどのものなのだろうか?
そんな益体もない事を考えていると聞きなれた足音の接近に慌ててアリスちゃんから離れておくことにした。
「お呼びでしょうか? エリス様」
「仕事の途中でごめんね。どうかしら? 」
ダンスの要領でくるりとターンして見せると一瞬だけリーリカの表情が固まったように思える。
「おかしかった?」
「いえ、とんでもない。その、少し見惚れてしまっていただけです」
頬を赤らめて俯いたリーリカは正義だった。
「アリスちゃんの休憩が終ったらリーリカの番だからもうちょっと待っててね。私は明日の衣装の試着をしてみるわ」
少しばかり膨らみすぎた妄想を誤魔化すようにそう言って、悟られる前にリーリカを半ば強引にアリスちゃんの向かいのソファーに座らせると、私も横に並ぶのだった。
◇ ◇ ◇
「それでは打ち合わせ通りに明朝ノーザ国王の到着が式典開始の合図になるんですね」
「そうです。国王は既にナラシーの北の砦に入っており、道中の守り石もすべて設置済みとなってますので定刻通りに到着できるかと」
「それにしてもラヴィナスさんが国王から離れてしまっていて大丈夫なんですか?」
「御心配には及びません。国王の元には充分な数の近衛だけでなく、一般の騎士たちも多く駐屯してますから」
「でもラヴィナスさんは心配なのではないですか?」
「エリス様、時にはわたくしの様なものが "居ない事"も大事なのですよ」
コホンと咳払いをして答えるラヴィナスさんはなんとも微妙な表情をしていた。隠し事、とも違うけれど、その言葉には何か裏があって、それを巧妙に避けているような微妙な態度だ。
「それにしてもこう冷え込みますと、温かい飲み物が身体に染みわたりますね。これはどうも冷えていけない」
そんな事を言いながら彼女は良く磨かれた白いブレストプレートをそっと触る。普段着用している物より、より儀礼色の強いドレスアーマーは生地の部分が普段のものより薄手の生地でつくられているそうで、この時期には向かないらしく、金属部分は金属部分で外気の影響を強く受けるために綿入れを通しても体温を奪っていくらしい。
「あの、ラヴィナスさんはこのまますぐ砦ま戻られるんですか? もしお時間があるなら温泉で温まって行かれてはどうですか?」
「それは有難い。せめて次の鐘が鳴る頃まではここに居ませんと、帰ってから恨まれてしまいますから、是非お言葉に甘えさせて頂きます。甘えついでに給仕の者を一人お貸しいただけると助かるのですが……なにぶんこの儀礼鎧は一人で着たり脱いだりできるようなものではありませんので」
実は断られるんじゃないかと思っていた私の予想に反して、すんなりと提案に乗ってきたラヴィナスさんに驚きながもなんとなく彼女の台詞に引っかかりを覚えるのだが、とにかく返事をしなくてはと疑問は頭の隅に追いやることにした。
「わかりました。アリシアさんラヴィナスさんをお客様用の浴場へご案内して。お手伝いについてもらう給仕の人選も任せるわ」
「承りました。ではラヴィナス様こちらへ」
「すまないね。それではエリス様、私は一休みさせて頂いたのち砦へ帰還いたしますので、また明日に」
退室する彼女の凛々しいその態度に私は某有名歌劇団による、とある演目を思い出しながら彼女たちを見送った。――もっとも彼女は演じているのではなく、正真正銘の騎士なのではあるのだけど。
「じゃあリーリカ、私達は例のアレをやっちゃいましょうか。外套を用意してくれる?」
リーリカはコクリと頷くとすぐに執務室脇の部屋から外套を抱えてくると羽織ってくれる。別に作業的にはリーリカと一緒じゃなければならないなんて事はないのだが、この屋敷にきてからろくに二人だけの時間を過ごせてないのでどちらかが手が空いてる時くらいは一緒に居たいと思うのだ。
リーリカと並んで廊下を歩いていると、数人のメイドとすれ違ったが、彼女たちは皆、道を譲るとなぜか顔を赤らめて伏し目がちに、それでいて無遠慮な視線を送ってくるのだが、いい加減慣れてきたので気にしないことにする。稀に何かを訴えかけるような潤んた瞳で熱い視線を送る者もいるのだが、そちらはリーリカが一瞥するとやはり前者のように伏し目がちになるのだった。
そんな時は決まってリーリカの指は、少しだけ強く私の指に絡みつくのだだけど、今はそれが心地よかった。




