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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
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機工師の技

機工師の技




光の河が流れていた。どこからともなく集まっていく光点はひとつ、またひとつと寄り添って、やがて大きな奔流となって何処(いずこ)かへと流れていく。幼い日の記憶にあった灯篭流しにも似たその光景に、いつの間にか吸い込まれ、目を逸らすことも出来ないでいた。


『……早く、早く気が付いて』


――誰かにそんな事を言われた気がする。



「エリス様お目覚めになられましたか?」


「嘘! 私いつの間にか寝ちゃってた?」


「ほんの僅かばかりでしたが、どうしますか? もう少しおやすみになられますか?」


執務室の椅子にもたれ掛かったまま寝落ちていたらしい私には小さめのブランケットが掛けられていた。背後の窓から差し込む光が作り出す影の位置から見て、どうやらまだ昼前付近であることがわかり、ほっと息とついた。


「大丈夫よリーリカ。寝ちゃってた間に誰か来たかしら?」


「いえ、先ほどの庭師の方がいらした後は特には」


まだ完成したてのこの城館の庭はまだほとんど手付かずで、前庭の中央部分に施されたささやかな植栽と、あえてそのまま残された幾本かの高木が残っている程度しかない。どうせ植えるならと私の好みでリクエストして欲しいと言われたのだけれど、生憎と私の知っている樹と、名前が同じこともあれば違う事もあり、なかなか思うように話が進まなかったのだ。


そんな事もあり話が終わった途端気が抜けて、どうやら疲れ果てて寝てしまっていたようだけど、そろそろ昼食にしようかと思っていた矢先に彼は執務室を訪れた。



「こんな時間に悪いの、ちぃとばかり確認作業に手間取っておったでな。遅れはしたが少しばかり時間をもらいたいんじゃが」


執務室に通された彼はトレードマークの顎鬚をいじりながらどうも落ち着かない様子だった。


「いや、構いませんよ――ギミーク……えと」


「ギミーク・カンベじゃ」


「ごめんなさい、そうだったわね。ギミーク・カンベさん……ギミークさんとお呼びしても?」


「構わんよ、好きに呼んでくれ」


彼――ギミーク・カンベはドワーフの機工師で、カンベ族という名の通った一族の長なのだという。この城館の設計者でもあり、施工責任者として朝から晩まで現場を取り仕切っていたらしい。そんな立場の彼がわざわざ家臣として残るのは、なんでも一世一代の傑作であるこの城館を他の者に任せたくなかったからだそうだ。


「早速で悪いが……そうじゃの、そこの姉ちゃんと儂等だけにしてもらえるかの」


「わかったわ」


答えながら机の上の呼び鈴を鳴らすとメイド服を着た若い給仕が顔を出す。


「如何なさいましたか? エリス様」


「悪いのだけど、ここはいいから昼食の準備の方を手伝ってもらえるかしら? 昼食後、午後からはまたよろしくね」


「かしこまりました」


極めて簡潔に快諾して一礼してから退出していく彼女を見送ると、ギミークさんが早速こんな事を言い出すのだった。


「まずはそうじゃの、まず出番はないと思うが……セーフティルームを知ってるかの?」


「有事の際の緊急避難部屋のことですね」


すかさず補足してくれたリーリカのおかげで私もすぐに思い当たる。パニックルーム等と呼ばれて私のいた世界でも多少ではあるが注目され始めていたものだ。


「そうじゃ。そこの本棚の一番左下の本を押し込んでみてくれ」


言われるままに近くにいたリーリカが分厚い本を押し込むと音もなく本棚の端から一メートル程の部分が、一メートル半ほど上にスライドしてほっかりと口を開けた。


促されるままに入ってみるとそこは奥行き八十センチ、長さ二メートルほどのスペースがあった。

南側にガラス窓も嵌められており、陽が差し込んでいるので暗くはないが、流石にこのスペースに三人はいるとやや狭苦しい。


「閉める場合は本棚のにつけられてる取っ手を持って簡単に閉められる。開ける時はそこの端の床石を踏み込めばいい」


説明しながらギミークさんは入り口を閉めると、再び開けてみせてくれる。


「さらにこの魔石灯の回すと……」


壁に取り付けられていた魔石灯の燭台を直角に回すと、静かに床板が跳ね上がり、そこに下り階段が続いていた。階段が現れると同時に、一定の間隔で取り付けられた魔石灯が点灯するようで薄暗いながらもしっかりと階段を照らしてため、左側に取り付けられている手すりをちゃんと掴んでいれば安全に降りれるだろう。


「なんか凄いわね。話にはこんなのあるって良く聞くけど」


「万が一に備えるのは大事じゃからな。が、これで驚いていてもらっては困る。この部屋と非難通路は機能するが、これはダミーだからの」


「「え?」」


その言葉にはリーリカも驚いたようで、驚きの声が私と重なっている。


「この先は中庭に繋がっているんじゃが、それはあくまで追っ手を攪乱させるためのものじゃ。戻るぞ」


階段を降りることなく、ギミークさんは壁の燭台を再びもとの位置に戻すと、跳ね上がっていた床がふたたびゆっくりと閉まって、なにもない床となった。執務室へと戻ってくるとギミークさんは机を指差して――


「机の裏に取っ手があるんじゃがわかるか?」


ぱっと見では全然わからなかった取っ手は実際に手を入れてみると確かにあった。


「引いても?」


「うむ」


恐る恐るレバーを引くと、思ったよりも軽い力で簡単に引くことができた。そして次の瞬間、机の下に短い滑り台が現れていた。


「こっちが本命じゃ。どれ、入ってみるといい」


言われるままに思い切って滑り込んでみると、高さ二メートルもない位の変わった部屋になっていた。

リーリカに続きギミークさんも滑り込んでくると、滑り台横のレバーを指差して説明をする。


「この通路は一定時間で勝手に元に戻るが、すぐに隠したい場合はこのレバーを引けばいい。この部屋には避難の際に持ち出せるようにちょっとした武器と物資を置いてある。ほら、そこの背嚢の中には水と保存食、それに多少の現金と宝石を入れてある。逃げたはいいが先立つものがなきゃ困るからな」


部屋を見回すと簡単なレザーアーマーがいくつか。外套、片手剣と短剣などがくりぬかれた壁の収納に収まっていた。よく見ると執務室から降りてくる滑り台の他に、もう一つ滑り台があることに気が付いたので聞いてみると、思った通りに私の私室からもここへ来る方法があるとのことだった。


「リーリカ気が付いてた?」


「こちらはまったく。本棚裏の方は、なにかあるとは思っていましたが……ブラフ用の通路とは思いませんでした」


「普通はそう思うわよね」


「ヒナンクンレンじゃの。いくぞい」


私達の感想に、ギミークさんは満足そうに先導してセーフティルームから出ていくので、私達も慌てて追いかけた。


「まさかこんな通路があるとはね」


石の通路には絨毯が敷かれており、私達の足音は聞こえない。位置的には廊下側ではなく外壁側、恐らくだが二階部分のゲストルームの出窓の上にせり出している梁の中なんじゃないだろうか?


「ここから下り傾斜になっとるからの。気を付けるんじゃ」


「ここってもしかして……」


「ですね、恐らくエリス様の考えてる通り、厩舎ですね」


本館は厩舎を挟んで城壁とつながっており、本館側には外した馬車を駐車するスペースがある。

厩舎側へ向かうにつれ低くなる屋根は単純にその辺の事情だと思っていたけれど、まさかその壁の中に避難路があると誰が思うだろうか?


この城館の城壁は厚みが四メートル程のもので一階部分は回廊になっていて所々につくられている階段から城壁へと上がることが出来る仕組みだった。その内の一つ、厩舎脇にある階段の近くに隠し扉が作られており、用意周到に出口のところには鞍と鞭が吊るされていた。


「エリ、リリ、驚かせてゴメンね」


突如現れた私たちにもっとも付き合いの長い二頭の馬、エリとリリがブルルルと鼻を鳴らしながら足踏みしている。


「とまあ、今日のところはここまでかの。他にも教えておかなきゃいけない仕組みは色々あるが、もう昼じゃろうし、また後日じゃな」


「有難うございましたギミークさん」


感謝の言葉に片手を挙げて応えるギミークさんを見送って、私とリーリカは屋敷の玄関へと移動する。

勿論そこで事務官を混乱させることになるのだけれど、何食わぬ顔で誤魔化してたリーリカに加えてフランツさんから声が掛かったとこで有耶無耶になってしまった。


そりゃ出入りをチェックしているのに、中にいる筈の人間が外からくれば慌てるよねぇ。



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