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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
33/78

竣工

竣工



シリウス下層城門前の荷揚げ広場に早朝らしからぬ怒号が飛び交っていた。吐き出す息は瞬く間に白い吐息となり、ゆっくりと大気に溶け込んでいく。流石にこれだけ冷え込むと少しばかり冬用のコートを着込んでいると言っても気休め程度にしか恩恵を感じられなかった。

普段はあまり気にならなかったものもまた、この寒さで嫌でも目立ってしまうもので、なんというかその、多くの馬たちがいるこの広場では、敷き詰められた石畳のいたるところで余り凝視したくないものが湯気を上げているのが目に入ってしまうのだ。


「エリス様は馬車の中でお待ちください」


「私が居なくても大丈夫なのかしら?」


「問題ありません、今アリシアが順次手配した荷を確認していますし、お気になさらずに馬車にお戻りください」


「そう? じゃあそうさせて貰うね」


なんとなく嫌な顔をしていた私を見かねてリーリカが馬車の中に戻るように勧めてくれる。少しばかり迷ったものの、走り回ってくれているアリシアには申し訳ないけれど素直に客車の中へと退散させて貰う事にした。


「まったく目立つことこの上ないのよ。一体これだけの物資を揃えるのにいくら使ったのかしら」


「いや、まさかここまでの量になるなんて思ってなかったのよ……ホントよ?」


客車の中に引き込んで早々に呆れた口調のマリスに冷やかされるのも仕方ない。この数日の間にかき集めた物資が今この広場にいる馬車五台分にもなっていたなんて思わなかったのだから。

既に商隊(キャラバン)といっても過言ではない規模になっている私達一行は、私の馬車を含めると六台に道中の護衛を務める冒険者が十名ほど。更に御者をそれぞれに二名ほど用意しているのでそれだけで十名からになり、実際には同伴の者もいるのでなんやかんやで三十人近い人数での移動になってしまったのだ。


私達の馬車だけはアリシアさんとマイアが御者を引き受けてくれるのでいつも通りの気楽な旅には違いないけれど、そのほかの馬車は男女入り乱れており、正直一部を除けば誰が誰だかわからないというのが実情だった。


隊列は護衛の先走りが二名、そこから移動中に消費する水や食料を積み込んだ馬車を先頭に、私達の馬車が三台目となり、その後ろには軽いものを積んだ馬車が三台続く。六台の馬車の横には馬に乗った護衛が各一人配置され、殿に後方警戒にあたる者が前方と同様に二名といった感じだった。


でも大所帯とはいえたかだかその程度のことで雑多になってしまう荷揚げ場ではない。では何がこの早朝の広場を雑多にしているかと言えば、国王が手配した護衛兵団もいるからだった。

聖地ラスティへは二つの街道のどちらかを通っていかないといけないものの、今回は冬季ということもあり一度東のナラシーの街を経由して、そこから北の街道へ抜けた後西へと進路を変えるルートに決まった。

少しばかり遠回りになるけれど、国王もその街道を通る事もあり、事前の確認を兼ねて王城直属の者が二個小隊、シリウスの街に詰める者から一個小隊――つまり一個中隊の規模が随伴する。


だったら自分たちで護衛を雇わなくても良いような気もしたが、それはこの世界の常識というものがあり、近辺の護衛のない荷馬車を運行してくれる者などいないのだ。

比較的魔物の脅威は少ない世界ではあるものの、山賊や盗賊といった線引きの良く分からないような不逞の輩は残念ながら一定数存在するので、動きの遅い商隊もどきなど恰好の餌に見えるだろう。


この世で一番怖いのは、魔物ではなく悪意をもった人だというのだからなんとも世知辛いよねぇ



◇ ◇ ◇


美しくも険しい山々に囲まれた静かな農村は僅か半年の間に大きく変貌を遂げていた。中でも一番驚いたのは村から二キロ程度の距離ではあるが、石畳で綺麗に舗装されていたことだろう。

どこから運んできたのか人の背丈の倍はあろうかという一対の石柱が置かれており、その間にはまだ新しい板が取り付けられて、ゲートのようなものが作られていた。板には『これより先聖地ラスティ』と刻まれており、私はなんとなくどこぞの温泉街の入り口にある『歓迎○×温泉』のようなものを思い出していた。


丁度馬車がすれ違えるほどの幅に綺麗に敷設された石畳はまだ整然としていて、大きな街道にありがちな轍などもなく、美しい舗装路が太陽に照らされていた。

以前来た時の事を思い出せば、村の近くの道はもっと曲っていたはずで、そのために歪になった畑がある種の味わいを醸し出していたはずだが、区画割りをしたのか舗装路の端から十五メートル程間隔をあけたところから整然とした長方形の畑に生まれ変わっていた。


「ねぇリーリカ。なんだか随分と変わってしまったわね」


珍しく私の横ではなく正面に座っているリーリカ私が見ていた車窓の先を眺めてから


「そうですね。シリウスでも話題になっていたのですが、聖地ラスティへの移住希望者を国内で広く募集しているそうです。恐らくその為に再整備したのでしょう。畑までの間に設けられた場所は恐らく家屋を建てるための区画ではないかと思います」


「でもここからだと……まだ結構離れてるわよ? 」


「元々の住民との差別化でしょう。恐らくですがこれから聖地ラスティでは観光を軸とした商業が発達するはずですから、利鞘の多いそういったものを先住していた者たちに与えて、新たな農耕民として迎い入れる方向で考えているのでしょう。もっともここはエリス様の領地となりますので、エリス様が是としないのであればその限りではありませんが」


「別にそんな期待に満ちた目で見たってひっくり返したりなんかしないからね? 折角お膳立てしてくれてるなら有難く利用させてもらいましょ」


「へぇ、妹ちゃんだったらもっと突拍子もない事を言うのかと思っていたけれど、案外保守的なのかしら」


「もう、マリスまで変な事言わないでよ。生憎ですけど私には領地運営だとか、それを支えるための広い知識みたいなのは持ち合わせていないんだから」


割と真顔で話に加わってきたマリスは小さく肩を竦めた程度で口を閉じたものの、リーリカからはなんとなく予想していた通りの言葉が発せられてしまう。


「ですがエリス様、今後は領地運営もしていかないといけませんよ? もっとも今は諸々の特例が発令されてますので、今すぐにどうこうといったものでもありませんが」


「そうよねぇ」


リーリカの言う事は正論以外のなにものでもなく、一応後半部分の話で若干の先延ばしは出来そうだというニュアンスにやや安堵しながらも、一度じっくりと領地運営や統治というものについて考えないといけないと感じていた。


「エリス様、ご覧ください」


誰か良い相談相手は居ないかと思案していると、不意に御者台のアリシアさんから声を掛けられたのでのぞき窓から前方を見てみると――そこに見えたのは村から五百メートル程、街道の両側に並んで旗を振る人の列だった。


「あれってもしかして……」


「そんなのあなたの歓迎にきまってるかしら。精々愛想よく手でも振ってあげなさいな」


「うわぁ、なんかこれ滅茶苦茶恥ずかしいんだけど」


「慣れてくださいね、エリス様」


「リーリカまでそんなぁ」


「ほら、そろそろ向こうからも見えるんだから、情けない顔してないでシャンとするかしら」


結局私は皆に押し切られるように窓を開けると、精一杯の(作り)笑顔で手を振ってみる。途端に巻き起こる歓声に頭を真っ白にしながらも、機械人形のように手を振り続けるのだった。



◇ ◇ ◇


「ご、拷問だわ……」


なんとか歓迎隊の列を超え、人目につかなくなったところで私は窓を閉め、心の底からその一言を絞り出した。馬車隊はいよいよ村の中に入り、尚続く綺麗な舗装路を進んでいく。歓迎隊の間を通る間落とされていた速度もやや上がり、外の街道ほどではないものの軽快に馬車は目的地へと近づいていた。


「嘘でしょ!?」


「これは見事な出来ですね、エリス様に相応しい素敵な館です」


「いやいや、これもう館とかそういうレベルじゃないよね? ちょっとしたお城よね? 」


日当たりの良さそうな山の南斜面の高台には高さ五メートル程ではあるが立派な城壁が築かれており、正門には私の紋章を模した引き上げ式の鉄柵が設置されていて、私達が到着するのを見計らって歩哨を務めていた人がなにやら操作して門が開けられた。歩哨の人は一度大きく飾りのついた槍を掲げた後石突で地面を突いて、敬礼をして馬車が通り過ぎるのを待っている。


門を抜けた先は前庭となっており、いかにも植えたばかりという植栽が通路の両側に施されていた。途中で東側に抜けるやや狭い通路の方へ先行していた二台の馬車は曲っていき、屋敷へと向かう馬車は私達の乗る馬車だけとなる。玄関の前には大きな噴水のある池が作られて、その周囲を二重に回るように配された通路は車寄せになっているようだ。


ゆっくりと速度を落とし、玄関前で停車した馬車に絶妙な速度で近づいた人は、流れるような動作で馬車のドアを開け――


「お帰りなさいませエリスお嬢様」


と、にこやかな笑顔で恭しくお辞儀をした。


「し、支配人さん!?」


私達の目の前に姿を現したのは、なんと今朝私たちを見送ってくれたはずのシリウスの山百合の支配人――フランツさんその人だった。


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