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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
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舞台の裏で

舞台の裏で



「では工期は予定より早く終わるのだな?」


「それはもう、『我等ドワーフの力を集結して作るんじゃ、あんな悠長な工期なんぞ要らんわい』なんて言ってた位ですから」


「そうか、では使用人の件はどうする? 本来であれば当家の者が選別にあたるのが筋ではあるが……」


「ご安心ください国王、そちらの件に関しては山百合から人材を派遣させて欲しいという事で、丁度良いのでそのまま丸投げすることに致しました」


「なるほど、それならば問題あるまい。どういう訳かエリス様は山百合と太いパイプをお持ちの様だからな、害するようなことは考えないだろう」


「はい。ですが一つだけ条件を出していまして――聖地ラスティへ山百合の新たな支店の出店の許可を求めて参りました。――勝手ながらその条件で呑む方向で話を進めておりますが、問題ないでしょうか?」


「構わぬ、王たるものが任せると言った以上その者の裁量で話を進めるのは当然の事だ」


「そう仰っていただけると助かります。ですが以前覆したこともありましたよね?」


「さあ? どうだかな、最近物忘れが激しくていかんな」


「――まあ、良いでしょう。とにかく今のところ報告は以上です」


「ご苦労。さがって良いぞ」


北の大陸の東の端にある半島に鎮座するリオンの王城の一室から恭しく礼を取ってから一人の文官が退室した。まだ年明け気分も抜けきらない時期だというの王城ではいつになく多くの者が出入りをしており、例年通りののんびりとした空気は感じられない。それというのもラスティの神子であるエリスの特別領として割譲した聖地ラスティで、領主城館の建設をはじめ開城祭の準備に追われている為だった。


「なかなか机の上の書類が減りませんね」


執務室の椅子に深くもたれて一息ついていると背後からあまり抑揚のない声が届いてくる。


「仕方ないだろうラヴィナス。ラスティの神子への協力は惜しめないのだからな、我等王族の者たちであるならば今こそその存在の意義を果たすときなのだ」


「なるほど……『建国の誓い』に殉じてこそ王族、ですか」


ありていな言い回しで納得する近衛は鉄靴を鳴らして大げさに姿勢を正すものの、それがただのパフォーマンスであることは明らかなのだが、敢えて気が付かない素振りでとぼけてみる。


「私としてはそこで畏まって貰うより肩のひとつでも揉んで貰ったほうが嬉しいのだが?」


「それは気が付きませんで……では失礼をして――こり固まった国王の――を、揉み解してみましょうか」


くるりと椅子を反転させれば目を細め舌なめずりをしながら近寄るラヴィナスは野生動物にも似た気配を漂わせており、簡略化された白いドレスアーマーの隙間から覗かせる赤味を帯びた肌が妙に脳裏に焼き付くのだった。



◇ ◇ ◇



所々に雪化粧をした険しい山々に周囲を囲まれた山村は、かつてないほどの人で賑わっていた。村の女衆たちは毎日行われる炊き出しに追われており、男衆たちは次々と届く資材の山の整理や、建設中の領主城館の作業員たちであるドワーフの一団の手元として働いているからだ。

例年であればこの時期は収穫の減る農作物の代わりに生活を支えるのは工芸品や出稼ぎなのだが、特別領として割譲され、新たな領地へと組み込まれたことにより税の免除が出た上に、大急ぎで建築される領主城館の下働きとして好待遇で村に居ながら現金収入を得る事が可能となった事で出稼ぎに出るものは殆どいなかった。


「大収穫だったなアル」


山で作った即席の担ぎ棒を肩に、振り向かずにそう声をかけるのは幼馴染のジャンだった。


「まあな、これだけの大物イノシシは久しぶりだからな。街から運ばれてくる上等な肉も良いけど、どうにも俺達には上品すぎるからな」


がっちりと肩に食い込む程の担ぎ棒には立派なイノシシが足を縛られ吊るされており、伝わる重みより嬉しさが一際重い事で、却って足取りは軽やかに感じられる。


「全くだ」


辛い筈の先持ちにもかかわらず、陽気に相槌を打つジャンの様子からしても感じている事は同じだろう。

なにせ一六年来の幼馴染の彼の事は村の誰よりも分かっているつもりだ。


「それにしても夏にはお前もとうとうオヤジになるのか……」


そんな呟きにグスっと鼻を啜っただけの相棒だったが、これは奴なりの照れ隠しと言うやつだ。最近急に大きくなった嫁のお腹に、奴なりに何か感じるものがあるのだろう。最近のジャンは以前に比べ見違える程に大人びて見える瞬間があるのだ。


「ジャン君最近ちょっと変わったよね……」とはフィアの談で、彼女も幼馴染のリアの妊娠により色々と思う所があるらしく、行動の端々に変化が見て取れるのだ。どちらかというと新婚夫婦というよりも仲の良い幼馴染の延長だった彼女が最近は何かとしおらしい。

これまではフィアから甘えてくることなんか殆どなかったというのに、最近は何かにつけて纏わりついてくるので流石に鈍い自分にだってわかるというものだ。


そんな事を考えているとまばらな木々の中の小径は終わり、所々雪に覆われた田園風景が広がってくる。見慣れた景色の筈だが山の南側の斜面から続いた高台に、これまではなかったものが姿を現しつつあることで、まだ馴染まない風景となっている。


「少し休憩していくか……にしても大分完成に近づいたな、アル」


ふと歩みを止めたジャンも同じような事を考えていたのかゆっくりと獲物を地面に下すと肩を回しながらに話しかけて来たので同じように身体をほぐしながら相槌を打っておく。


「世界樹様々だなジャン」


「だな。名もない村だったここが、まさか聖地なんて呼ばれるなんて、少し前までは思いもしなかったさ」


去年の初夏の頃、突如湧いて出たゴブリン騒ぎを収束させる為に呼ばれた一組の冒険者パーティーがこの村を訪れた。

そのうちの一人はいかにも駆け出しで……どうみても非力そうに見えたその冒険者の一人が、まさか国王の直轄領だったこの村の新たな領主となるだなんて誰が予想できるだろうか?

ゴブリン騒ぎの裏で発覚したのが守り神だった山の主が穢されて神堕ちしたという事件であり、それを解決したのも多くの村人が不安に感じていたその件の冒険者たちの手によって行われたのだ。

そして淀み切ったこの地に絶望する村人が見たのは、世界樹の生誕という想像を絶する奇跡の場面だったのは記憶に新しい。


「さて、そろそろ戻らないと折角の獲物の味が落ちちまうぞ」


「そうだなアル」


再び担ぎ棒を担いだ二人が向かう先は建設中の城館前。現在は大量の資材の集積所となっており、炊き出しも行われている筈である。ゆくゆくは前庭となるその場所で待ってるであろう妻たちの笑顔を思い浮かべながら二人は帰路を急ぐのだった。


◇ ◇ ◇


「ほう……さすがはドワーフの技工士じゃ、まさかこんな場所で温泉を見事掘りあてるとは」


「我等ドワーフは大地と共に生きる種族。地中の溶岩の流れを読み、水脈を読めればそこに源泉があると知るのは道理。ならば其処を掘ればいいだけの事、造作もない事だの」


村長の驚嘆に長い髭をいじりながら機嫌よくそう答えたのはこの一大プロジェクトを任されているドワーフの技工士長であり、ドワーフ界では少しは名の知れた一族の族長を務める者だった。

身長こそ低めではあるものの、ずんぐりとした体は鍛えられた筋肉で覆われており、またその太く短い手足や指からは想像も出来ないほど器用というのはドワーフの特質そのものであり、彼らの誇りでもある。

無論いくらドワーフといっても得意不得意があり、何を得意とするかはドワーフの個性というものであった。


「エリス様は大層温泉が好きだと聞くでの、この何もない村で滞在される間の慰めに喜んでいただけるじゃろうて」


「ふむ、村長よ、その話をもう少し詳しく聞かせてもらえないかの」


技工士長が国王より受けたオーダーは城館の建設であり、その浴槽には温泉を引き入れる事だったのだが、村長の話を聞いてつい職人魂がくすぐられたのだ。

言われた通りのものを作るは二流。一流の作り手ならばその先を見据えよ。というのはドワーフの中でよく使われる格言であり、常に自己の仕事に疑問をもち向上心を忘れない為の言葉なのだ。


「それは構わないのじゃが、どうするんじゃ?」


「どうするも我らがドワーフの矜持を示すまでだの」


村長の話を頷きつつも聞きながら、背嚢から引っ張り出した図面を広げるとぶつぶつと独り言を呟いては考え込み、ならばと言いながら図面になにやら書き加えていく。

はじめは興味深そうにその様子を眺めていた村長も、すっかり自分の世界に入り込んでしまった技工士長の様子を見ると、邪魔をしないようにそっとその場を後にした。


「喜びは大きいほうがいいじゃろうて」


その呟きを聞いた者はいなかったものの、エリス様に一層喜んでもらえると村長は心の内で大いに喜ぶのだった。



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