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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
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特注品

特注品



所狭しと部屋一杯に並べられたドレスラックにはぎっしりと掛けられているドレスを、何着あるのかなんて考えるだけ無駄な労力というものだろう。

半ば諦めの境地に似た心境で私は目の前に置かれる衣料品に装備化の魔法を発動させるとすぐさま狐人(ルナール)のユースさんが横の作業台へ移して丁寧に畳んでいく。

鮮やかな手つきに見とれる暇なく私の前には新たな衣料品が広げられ、否も応もなく次なる作業の準備が整えられる。


「一体これはいつまでかかるのかしら?」


「さぁ……しかしエリス様、この状況でそんな事を考えていると余計にうんざりされるのではないですか?」


極薄の生地で作られたナイトドレスを広げるリーリカに、やんわりと諭されながらもついつい視線は果て無き作業量を計ろうと並べられたドレスラックを追ってしまうのは、仕方のない事ではないだろうか?


「多少は覚悟していたものの、この量は想定外だわ」


愚痴をこぼしつつも目の前のセクシー過ぎるナイトドレスの装備化を終えると、計ったようなタイミングですぐさまユースさんに回収される。機嫌良さそうに揺れる尻尾に心を奪われつつも、少し離れた場所に視線を移せば、そこでは巻き込まれた哀れな吸血鬼(マリス)とその眷属(マイア)が積み上げられた箱を帳簿らしきものを手に確認していた。


「なんでこんな事をしているのかしら?」


人より鋭い聴覚が自らの眷属の少女に八つ当たりするマリスの小言を拾ってくるのだが、その割には投げだすことも無く淡々と作業は進めているらしい彼女からは元来の謙虚で真面目な姿が浮かんでくる。

――浮かんでくるとはいっても私が僅かばかり過去を覗き見た彼女、つまり覚醒前の白の聖女の一面でしかないものの、彼女の本質は心優しい善良な少女なのだから錯覚ではないのだろう。


そんな事を考えながらも進める作業の一回一回が、おおよそまともでない金額の報酬として積み上がっているのも錯覚ではないのだ。

私がこの世界に来てからおよそ八ヶ月。無一文だったはずの私がこれまでに手にした金銭は信じられない位に増えている。少なくとも17歳の女子高生だった私からしてみればそれこそ考えもしなかった額になっているのも、ベロニカさんのおかげなんじゃないだろうか?

慎ましく生活していくならば一日で銅貨一、二枚もあれば充分な食事と温かい布団にありつける世界で、一瞬で数銀貨、時には数金貨という破格の報酬を得ているのだから当然といえば当然で、実感のないままに増えていく貯蓄が減ることはなかなか考えられない事だけど、それでも自分の仕事としてこれを辞めるつもりもないのだ。


……でも私って冒険者じゃなかったっけ?



◇ ◇ ◇


「お疲れ様エリスちゃん。まだまだ沢山残っているけれど残りはまた明日にでも再開して頂戴」


「とりあえず急ぎと言われてた分は終わりましたけど……やっぱりアレ全部やるんですね」


「そりゃ勿論」


増改築された作業場へ私たちを呼びに来てくれたベロニカさんは上機嫌だった。先ほどマリスの新しい下着の制作を依頼したときはなんとなく渋っていたようにも感じたけれど、一仕事終えた彼女は語尾に音符マークでもつきそうな位には機嫌が改善されている。


「やっぱりそうなんですね……いいです、わかりましたからお茶戴きます」


「そう、悪いわね。じゃあ母屋のダイニングに用意してあるから行きましょう」


「それにしてもいつのまにか改装したんですか?」


「つい先日出来たばかりよ、丁度お隣さんが店じまいして田舎に引っ込むって言って、良かったら買わないかと持ち掛けられたのよ」


「景気良さそうですね」


「そりゃまあエリスちゃんのおかげで、ね?」


私達が作業をしていたのは新フロアの奥にある部屋の一室で、売り場となっている場所からは廊下で繋がっていて、隣にはもう一部屋と更に隠れて見えないものの、二階へと上がる階段があった。

なんでも二階は従業員さんの寮にしたそうで、既に一人住み込みで働きだしているそうだ。

丁度私たちを出迎えてくれた狐人の彼女はこの上に住んでいるんだとか。

少しばかりそちらも気になったものの折角用意してもらったお茶が冷めてしまうのも勿体ないので素直にベロニカさんの後ろについて母屋のダイニングへと移動する。


ベロニカ洋品店は元々下町の小さな洋品店で、彼女の住居も兼ねている。売り場の奥には作業場兼ダイニングキッチンがあり、度々そこで私たちはお茶を戴いたことがある。少し変わっているといえばベロニカさんの寝室は一度第二ぐから中庭に出てから外階段で二階に上がったとこらしいが、ダイニング奥の小部屋で寝起きしている事も多いらしく、実際にそちらから起き出してくる彼女も何度か見たことがあった。


「あ、いい匂い」


ダイニングに入った瞬間に漂っていたのは爽やかな香りだった。


「これは……レモンバームの香りですね」


「疲労回復の効果のある薬草かしら」


珍しく口を開いたのはマイアだった。なんだか私の前ではあまり話さないイメージなので少し驚いていると、マリスがすかさずフォローに教えてくれた。


「正解よ。私が趣味で育てたものを干しておいたの。そのままでは苦いので紅茶に混ぜてお茶にしているのだけど、良い香りでしょ?」


なんとなくドヤ顔のベロニカさんはそう言いながら並べてあるカップにお茶を注いていくとカラフルな小さな果実の砂糖漬けと一緒にだしてくれた。


「綺麗でかわいいですね」


「でしょ? でもどれも味も良いわよ。ほら冷めないうちにどうぞ」


感想もほどほどに勧められるままにハーブティーを飲むとほのかな苦みはあるものの、これが砂糖漬けと実によく合っていた。


「エリス様。マクーなんて珍しいものもありますよ」


そういってリーリカが取ってくれたのはほのかに黄緑色の細長い砂糖漬けだった。


「あら? 流石は東方出身なだけあるわね、マクーを知っているのね」


「マクー?」


「東の大陸で栽培されている甘い果実ですよ、エリス様。生のものではこの位で、もう少し緑色が強いのですがこれは保存用に砂糖漬けになってますので色合いは若干落ちてしまっていますね」


身振りを交えながら説明するリーリカを横目に一口食べてみる――これはあれだ、メロンに非常に似た香りが口の中に拡がって、あとから濃厚な甘さがやってくる。

なんでも拳二つくらいの楕円の果物らしいのだけど、個人的にはメロンとしか思えない。

そんな感想を擁きつつも私はもう一つ小さなマクーの砂糖漬けを口の中に放り込み、懐かしい香りを存分に堪能してからベロニカさんに切り出した。


「ところで急ぎの品は殆どドレスみたいだったけど、下着類の在庫は足りてるんですか?」


「あ、その事なら大丈夫よ。ちゃんと山百合のほうに送っておいたから、今日の夜にでもやっておいてくれれば明日の午前中には回収に人をやるわ」


……なんだろう? とてもとても理不尽な事をさらりと言われた気がする。藪蛇という言葉があるけれど、今のはまさにそれに当たるのだろうか?


「今お知りにならなくても戻れば『状況』が待っているだけですよ、エリス様。先にわかっていれば後になってそれ以上に落胆することもないですし」


「それは……そうだけど、さ。違うのよ、私が言いたいのはそういう事じゃなくて――」


涼し気な顔のリーリカに返事をしかけるものの、上手く言葉に出来ないまま私は大きくかぶりを振ってショート気味の思考回路となっている頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「いいじゃないエリスちゃん。仕事があるって事は幸せな事なのよ!? それよりほら、これを見て頂戴」


いつの間にか背後に回っていたベロニカさんは私の両肩に優しく手を掛けると立ち上がるように促して、そのまま製図板のところまで連れて行くと、乱雑に積まれている図面の山の中から一枚の図面を抜き出して製図板にセットした。


「お披露目にはちょっと早いけど……ユース、例の物を持ってきて頂戴――ほら、エリスちゃんはこっち。どうかしら?」


悪戯っ子のような瞳を輝かせるベロニカさんはなんとなくドヤ顔をしているようにも見えるけど、彼女に言われるままに見た図面は派手なデザインの多い彼女の作品の中でも一際目立つデザインのドレスの図面だった。淡く彩色された図面はそれだけで絵画のようで、なんだか額にいれて飾っておきたい程の見栄えの良さだった。


「オーナーお持ちしましたよ」


「ありがとうユース。エリスちゃん、まだ仕付け縫いも良いところで申し訳ないけれど、どうかしら?」


ユースさんが抱えてきたのは上半身から腰くらいまでのトルソーで、作りかけのドレスを着せられていた。かだ足りない部位などはあるものの、特徴的なデザインからこれがこの図面から起こされたドレスであることは間違いなさそうだ。


「これがその図面のドレスですか? なんだか凄い服ですよね、生地の量も凄いですし、滅茶苦茶お金掛かってそうに見えます」


「そういう事を聞きたかった訳ではないのだけど……でもそうね、高価なのは間違いないわよ。なにせ国王様からのオーダーですもの、使われる素材一つ一つ吟味して作るように言われているわ」


「ノーザ国王からのオーダーなんですね。それにしても一体誰のドレスなのかしら?」


恐る恐る手に取って見分しながらそんな感想を漏らすと、正面からは溜息の漏れる音がして――なんとも残念な子を見るような目でこちらを見ているベロニカさんと目が合うのだった。


「――そんなの、貴女のドレスに決まってるじゃない!?」


今一つ話が呑み込めないままの私を置いて、周囲から一斉に上がる溜息の数。

いや、だからなんで皆揃ってそんなに残念そうな視線をこっちに向けるのかなぁ?


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