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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
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新たな試み

新たな試み



『販売員募集:日当払い可 歩合により追加報酬有 …………』


なぜこの場所にこんな求人票が紛れ込んでいるのかと思ったものの、私は反射的にその票を手にしてしまっていた。ここは商業ギルド――そのなかでも主に大商人や貴族に仕えるメイド向けの求人板なのだ。

普通の店はこんな場所に求人票を置くことはないし、売り子になろうという者が見に来るような場所でもないのだ。自分自身これまでの経験を活かすべく、新たな奉公先を探すためにここの求人板を見に来たものの、なぜこんな票を手にしてしまったのだろう?


知らぬ顔で戻した方がよいものか? なんて考えが持ち上がる反面、その内容に目を通せば通すほど手を離せなくなっていた。


「それにしてもぉー、販売員ねぇ~?」


誰が一緒という訳でもないのに出てくる独り言を何度か反芻すると、私は意を決してこの求人に応募してみる事に決めたのだった。


「ではこちらのブースにどうぞ」


カウンターの中の少女がにこやかに近くにある空いているブースに案内してくれる。彼女に促されるようにブースに入るとドアに使用中の札がかけられて入り口はロックされるのだ。


「それではお待ちになられる間にこちらのエントリーシートにご記入してください。念のために聞きますが読み書きが大丈夫ですよね?」


「勿論大丈夫です」


その答えに満足するように頷いた受付嬢は、私をブースの中に備え付けられている席に座らせると入り口とは反対側のドアから出ていった。


それではエントリーシートを早速記入していくことにする。

名前――ユース。出身地――北の大陸リンクスビレッジ。年齢――20歳。前職――ハウスメイド……

てきぱきとエントリーシートの空欄を埋めていくと最後の項目で手が止まる。「志望理由」なんとなく手にしてしまった求人票なのだから明確な理由などある筈がない。なんと書こうかと思案しているところ、控えめなノックの音で手が完全に止まる。


「お待たせしたわね、私はベロニカ。中層で洋品店を営んでいるわ」


「ユースといいます~」


「そう、ユースさんね。よろしくね」


立ち上がって名乗る私と入れ替わりに机の反対側の席に座る彼女は仕立ての良さそうな上等な服を着た妙齢の女性だ。その身なりからしても、こうして求人票を出している事からもその商売が順調なのは間違いないだろう。


再び席につき極々一般的な話をする。勤務内容は求人の通り接客をしながらの衣類の販売、もちろん店舗の清掃なども含まれるが先日までとある下級貴族の屋敷でメイドをしていた私には問題はなさそうだった。

話を進めていくうち、予想外の嬉しい情報は拡張した店舗の二階に部屋を用意してくれるらしい事。諸種の事情で暇を出されて退職してから宿暮らしを続けている私には非常に魅力的なのだ。


「そう、部屋はすぐに使える状態よ。一応二人部屋で考えているから人数が増えたら相部屋になってしまうけれど、あなたが最初の応募者なの」


「……それまでは一人で使っていてかまわないのですかぁ?」


「えぇ、もちろん。そうね、あなたが良ければこの後一緒にお店に来て貰おうと思うけど、その前に――空欄になってる志望動機を聞いても良いかしら?」


オイシイ話の内容に舞い上がってしまっていた私はすっかりと書きそびれていたソレの事を忘れてしまっていたようだ。どうしたものか……すっかりその気になっているところに、返答次第では不採用なんてことがあるかも?


「どうしたのかしら?」


黙り込んでしまった私にベロニカ(オーナー)さんは心配そうに問いかけてくる。これ以上引き延ばすのは益々良くない方向に転びそうな予感がしているので私は思い切って正直に告白することにした。


「あの、ごめんなさい。なんとなく、ですぅ」


「なんとなく?」


「はい、気がついたら手に取ってしまっていて――あ、でも今は本当にお世話になりたいと思っていて――」


「良いんじゃない? 自分の直感に従って、なんて。私好きよ、そういうの」


「じゃあ……?」


「ええ、採用ね。これからよろしくねユースさん」


慌てて弁明する私を落ち着かせるように肩を軽く叩く彼女はにこやかに笑うと、ギルドの入り口で待ち合わせをする。彼女がギルドとの事務処理をする間に私は宿を引き払って荷物を持ってくるのだが、宿にはスーツケース一つ預けてあるだけなので、彼女を待たせることもないだろう。


寒空の下をその寒さも忘れて宿屋へと駆けてゆく私は浮かれるあまりに、通りかかった馬車の前に飛び出して危うく事故を起こしそうになったりもしたが、変なフラグを回収することなく新しい職と住処を手にしたのだった。


◇ ◇ ◇



しげしげと鏡の中に映る自分を見ながら重い溜息が一つ。改めてまじまじとこの姿を見ると、なんとも言い表しがたい感情で胸がいっぱいになるのだ。立派な姿見の中に佇む少女は贔屓目に見ても十代半ば。見ようによっては十を僅かに超えたばかりにも見えるだろうか?

規格外であった直前の姿ほどではないにしろ、それなりに開花していたはずの胸の膨らみは忘却の河を時の果てに流れゆくかのようにその姿を消して、すっかりと開花前の蕾にまで戻ってしまっている。

触ってみれば申し訳程度に実をつけ始めているのは感じられるものの、まだまだ硬い蕾といったとこだろう。

顔立ちに至っては童顔ということが輪をかけて、その年齢を余計に幼く見せてしまっているように思う。いっそのこと可愛らしいぬいぐるみでも抱いてたらよく似合うだろうか?


脳裏に浮かぶソレを払拭するように首を振り、どうにか頭の中から追い出すと、妙に力の入った金色の瞳の少女が背後に映り込む。


「違うんです、ベロニカさん。こんな時だからこそ必要なんですよ!」


熱弁を振るう妹ちゃんは実は珍しいと思うのだが、その話題が自分のこの発育途上の胸の話となると心境は複雑だったりするわけで、せめてもう少し声のトーンを落として落ち着いてほしいと思うのだが、生憎と彼女にそのつもりはないらしい。


「普通にカップを小さくするだけじゃダメなのかしら?」


この洋品店のオーナーだという彼女は片腕を組んだまま口元に指をあて首をかしげて問いかける。すると妹ちゃんはオーバーアクション気味に両手を振り回して更に熱弁を振るうのだ。


「せめてキャミソールを元になんとか作れませんか? 胸の部分を二重にして綿を入れるなりして、部分的に補強材を入れるなりして胸を保護できるように作ってほしいんです」


「そこまで言うなら少しデザインを書いてみましょうか、エリスちゃん悪いけどこっちに来てくれる?」


「はい!」


部屋の隅に置いてある作図盤に向かう二人を見送っているとふわりと背中にブラウスをかけられた。


「ありがとうマイア」


「い、いえ……寒いですから風邪をひいてしまっても大変ですし」


妙に緊張しているマイアは段々と声を小さく、しまいにはもごもごとそんな事を言っている。実際のところ短剣で切りつけられても全然問題ない不死身の身体なので、風邪をひくという事はないのだが、ここは敢えて「そうね」とだけ答えてさっさと服を着る事にする。


それにしても全裸になる必要なんてあったのかしら?


部屋の隅で騒がしく議論する二人を眺めながら、私は不条理に脱がされたままの下肢を見ると、再び大きなため息をつくのだった。



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