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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
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手がかりを求めて

2018年10月4日 地名のミスを修正

 手がかりを求めて



 なぜそんな事を思いついたのか? それには今となっても明確な理由を答える事は出来ない。

 世界樹を傷つけるという禁じられた行為は反骨心の現われだったのか、或いは故郷との決別のせめてもの慰みに、一族が守ってきたものを手元に置きたかったのか? どちらかと言えば後者であったような気がするが、結果として私は世界樹の若枝を里の外に持ち出した。


 度重なる戦により蔓延した瘴気は幾度となく魔物のスタンピードを生み、人々は怯えるように高台の砦に身を寄せて、飢えと渇きの中、地這うように生きていた。

 多くの人々が絶望の淵へと堕ちていく一方で、希望を捨てることなく水や食料を確保へ危険を顧みず取り組んだ青年に、一人、また一人と触発されて立ち上がった者たちは高台の砦を、ついには岩山ごと要塞化することに成功する。

 のちに城塞都市シリウスとなるこの街の原点を築いた青年は西の森付近で堕ちた土地神たる森人(トロール)を滅ぼすも、その戦いの傷が元であっけなくこの世を去ることになるのだが、名もなき英雄として暫くの間称えられることになった。


 悠久の時を生きる我等エルフの尺度で言えばそれは刹那の輝きには違いないが、彼と共に旅をして彼を支える事が出来た幾許かの時間は、私の長い人生の中でもかけがえのない時間であった。やがてリオン王国の庇護のもと自治を認められたこの街の領主を引き受けたのも、志半ばで早逝した命の恩人でもある彼の遺志を継いでやりたかったという部分が強い。


 土地神を救えなかった彼の遺言により、遺体は土地神を討ち倒した地に埋葬し、里から持ち出した世界樹の若枝を墓標代わりに植えたのだ。

 残念ながらその世界樹の若枝は世界樹としての有り様を失ってしまったものの、時を経て立派な大木へと成長した頃、平穏の時代がやってきた。



 ◇ ◇ ◇



「全くなんてこうも危機感が薄いのかしら!?」


「えー? でもおかげですんなりとマリスの手配もとけるみたいだし良いじゃない」


 一日振りに帰ってきた妹ちゃんによると、私を含めての会談の約束を取り付けて来たらしい。先日まで国王が数代にわたって手配されてきた私の容疑を一切合切取り下げたのは既知の事ではあったものの、多くの者を手にかけてきた危険人物に直接会ってみようなどと、危機回避能力が欠落しすぎているのではないかと思ってしまう。

 まして相手はノーザ王国の現伯爵――初代(、、)シリウス伯爵なのだ。

 滅多に姿を現さない事で有名だが、野に潜んでいた頃から彼の領主が代替わりしたことを聞いたことがない――つまりは長命種の種族であることは間違いないのだ。

 通常ならば時の流れと共に歪んでしまう事象も、記憶している本人であれば話は別だ。


 だというのに――


 ここはノーザ王国で王都リオンに次ぐ大都市、城塞都市シリウスの中層区にある高級旅籠『シリウスの山百合亭』の最上階にある特別室だ。

 贅を尽くした内装は非の打ちどころもなく、控えの間にはどうやらエリスの私物らしきドレスが数えきれないほど収納されていた。

 何故彼女の私物と思うのか……それは特徴のある斬新なデザインの装備化されたドレスばかりなのだから、気が付くなと言うほうが無理なんじゃないかと思う。


「ところで妹ちゃん? 隣の部屋にある服は……」


「うん? どれか着てみたい服が有った? マリスが着たいと思うのが有ったら着ていいわよ?」


 案の定だ。


「やっぱりあなたの私物なのね……」


「うん、支配人さんが持ち運ぶのは大変でしょうとそのまま置かせてくれるっていうから」


 私と妹ちゃんの会話を聞いていたエリスの信者(リーリカ)は涼しい顔で、対照的に私の眷属(マイア)は青い顔をしている。


「すべてはエリス様の人徳のなせる業です」


 先ほどまで涼しい顔で聞いていたリーリカはなんだか得意気だ。


「お嬢様方、お茶などいかがですか?」


 丁度反応に困っていたところにこの部屋専属だという給仕の娘が問いかけてきたのでそれ以上頭を悩ます事もなくなった。


 ◇ ◇ ◇


 翌日、日が改まったところで再びシリウス伯爵へ面会するために今度は四人揃って馬車で移動することになった。御者台にはメイド服からボーイッシュな御者服に身を包んだリフィルさんが座っているため、私達は揃って客車内に座っていた。

 ゆっくりと進む馬車の中、正面に座るマリスに問いかける。


「マリスってさ、黒が好きなの?」


「別にそういう訳ではないけれど、なんとなく落ち着くのよ」


 多少血がついても目立たないし――という不穏な言葉は聞き流し、彼女の横に座るマイアを見ると、彼女は黒いメイド服を着用していたが、これは確かリーリカがもっていたメイド服の一つだったと思う。


「同じ色が良いというので貸しました」


「そうなの」


 流石リーリカ、私の考えを見抜いたように答えてくれる。


「明日ベロニカさんの所へ行きましょうか。昨日はつい行きそびれてしまったし」


「そうですね、エリス様には冬用のコートがあったほうが良いでしょうし」


「うん、それにマリスとマイアも紹介したいしね」


 答えながら今後の予定を頭の中に思い描く。今は冬もいよいよ本番ということなので長旅をするには向いていない。特にダーハラの北やコフ地方では雪に見舞われる可能性もある。

 そうなってしまうと馬車は大変危険なのだ。

 この世界での常識らしいその事は、物価にも反映するわけで、近場の品に比べると遠方の品はただでさえ割高な値段が更に跳ね上がるのだ。

 もっとも比較的短距離かつ難所の少ない聖地ラスティについては、自分の特別領となっている事もあり近日中に出向きたい。ここは領主らしく村の人たちにも何か差し入れでもしたほうが良いのだろうか?


 なんでも私の館を建設中だという話だけれど、のんびりと館で過ごす日々なんか来るのかしら?

 そんな事を考えているうちに、馬車はシリウス伯爵城館に到着するのだった。




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