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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
23/78

グローリー邸ふたたび

随分と長く空いてしまいました。

グローリー邸ふたたび



中庭に面した白を基調とした応接室は、私が初めてこのグローリー男爵家を訪ねた時に通された時と全く変わらず部屋の中を午後の陽射しで満たしていた。

それでも幾分寂しさを感じるのは、ここにはもうミリアちゃんが居ないからだろうか?

あの時はそう、丁度中庭でサラにミリアちゃんが護身術の手ほどきをしていて、鈴を転がすような可愛らしい掛け声が聞こえていたのだが、今聞こえるのは梢にとまり、羽を休めながら愛を語らう二羽の小鳥の囀りくらいのもので、静かな冬の午後を僅かに飾っていた。


「ところで……そろそろそちらのお嬢さん方をご紹介いただけるかしら?」


そういうロゼッタ婦人の視線の先にいるのは二人の少女。

まだ顔を合せていないこの二人、特にマリスはなんとも複雑な因縁がある。

それをどう説明しようと思案しているうちに、マリスは自ら名乗りをあげてしまった。


「そうね、まだ名乗っていなかったかしら。厄災の緋眼、お前の娘共々子爵公子を殺そうとしていた張本人かしら」


あまりにも、あまりな自己紹介。というか名乗ってすらない気がするのは気のせいだろうか?

とにかくそんなマリスの言葉に、当然ロゼッタ婦人の切れ長の瞳が俄に鋭さを増した――気がした。


しかしそれも一瞬の事。次の瞬間にはいつも通りの静かな光を瞳に湛え、優しく問いかける。


「娘から大まかな話は聞いているけれど、過去の事はいいわ。私が知りたいのはあなたの名前なの」


僅かな沈黙に思わずマリスを見た私の顔はそんなに変だったのだろうか?

マリスは小さく嘆息するとロゼッタさんに向きなおり、改めて自己紹介を始めた。


「わかったからそんな顔するんじゃないわよ。マリス……私の名前はマリスよ」


「……それだけ?」


「――マリス・ラスティ・ブラッドノート。こちらの娘は私の眷属よ。これで満足かしら?」


優しく問いかけるロゼッタさんに大人しく従ったほうが早いと思ったのか、マリスは少々頬を膨らませながらそう答える。


「あの、私はマイア……です」


タイミングを計っていたマイアは少々言いよどみながらもそう答える。


「そう……そういう事なのね。お父様とお母様の事は残念だったわね。でも悲観ばかりしていてはダメよ? 人生をバラ色に染めるのも灰色に染めるのも、結局は自分自身の気の持ちよう一つなんだから」


「あの、私の事ご存知なのですか?」


「そりゃまあ……ウチみたいな下級貴族家が上手く立ち回るには、情報収集は欠かせないわ。当然年頃の娘さんともなれば、同じ娘を持つ親としては、ライバル候補だもの」


そんな言葉に私は逆に一抹の恐ろしさを感じたけれど、マイアは大いに納得したようだった。


「そう、ですよね」


「そう。それにしても……これはやっぱり国王の差し金かしら? エリスちゃんもアナタも上手い事面倒事を押し付けられたってとこかしらね」


「いえ、私はそんな……」


「本当におめでたい妹ちゃんね。そんな状態で本当にあなたが為そうとしている事は為せるのかしら?」


「いえ、エリス様ならきっと成し遂げられますよ」


「あまり過度に期待されても困るけど、大丈夫よ。だってみんなが居るもの。私一人では無理かもしれないけれど、紆余曲折あってもこうして出会った人との絆が、きっとそれを助けてくれるって、私信じてるんだ」


これは私の本心からの言葉だった。右も左もわからない世界に降り立って、それでもこうして今がある。あるいは偶然かもしれない出会いも、それは確実に私の助けとなってくれているのだ。たとえそれが、その時は望まぬ出会いであったとしても、だ。


「なんだか随分と色々な土産話が聞けそうね。お茶のお代わりを用意させましょうか」


私の言葉を聞いていたロゼッタさんは、そう言うとテーブルの上のベルを鳴らして給仕を呼ぶと、お茶のお代わりを用意するように指示を出した。


結局私達がグローリー男爵邸を後にしたのは、すっかり夜の帳に覆われた頃だった。



◇ ◇ ◇



規則正しく聞こえる寝息が、胸の間に僅かに感じる湿り気を帯びた吐息となってリーリカの温かさを伝えていた。そっと柔らかな黒髪を撫でつけると僅かに身じろぎ更に頭ごとすり寄ってくる辺り、昔飼っていた猫を思い出しているなんてリーリカが知ったら怒るだろうか?


ここはグローリー男爵家の一室で、当時のまま保存されていたリーリカの私室だ。

彼女がこの屋敷に保護されてから三年間の間には多少の私物も増えているのは当然の事。壁際のハイチェストの上には小物などがおかれ窓際に置かれている花瓶には綺麗な花が生けられていた。


長らく主を待っていた小さなベッドもきちんと手入れがされているようで、敷布からはわずかにお日様の匂いとリーリカの香りが(せめ)ぎ合っていた。


遅くなったので客室を用意すると言い出したロゼッタ婦人に無理を言い、こうしてリーリカのベッドで彼女を抱きしめながら夜を過ごすのはいつ以来の事だろうか?

思いもよらない痛烈なホームシックの餌食となった私を慰めてくれたミリアちゃん。

そして最初は彼女の指示で添い寝をするようになったリーリカ。

勿論はじめは私に用意されていた部屋に、私が寝付くまで傍にいるだけで、リーリカはソファーで寝ていたような気がする。それがとあるきっかけを元に、同じベッドでねるようになり、今ではそれが当たり前となってしまっているのだから、縁というものは不思議なものだとつくづく思い知らされる。


色々な事があって今があり、そしてこれからもきっと色々なことを経験していくのだろうと、とりとめもない事を考えてるうちに私は眠りの世界へと墜ちていくのだった。




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