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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
22/78

始まりの街

大変お待たせいたしました。

依然家族の看病に追われておりますので更新に時間をいただいております。

始まりの街



北の大陸、ノーザ王国リオンの王城へと戻ってきた私達。

予想外の事態や、予想しきっていたイベント(おしごと)を数日かけてこなしつつ、二日程馬車に揺られて城塞都市シリウスまで帰還した。

別に自分の家がある訳でもないこの都市だけど、私にとっては忘れがたい街であり、一際愛着のある街だった。

なにしろ私がこのノワールノートへとやってきて初めて訪れた街であり、リーリカと巡り合った場所でもある事は、以前にも話したような気がするけれど、とにかく今の私の冒険(くらし)の基盤となるものは、この街で出来上がったものだ。


そんな事を考えて、崖の上に聳え立つ鐘楼を見上げながら感慨に耽っていると、リーリカは首を傾げて私の顔を覗き込んでくるのだった。


「エリス様どうかなさいましたか?」


「うん? いや、戻ってきたんだなぁってね。私が初めて来た街だもの、故郷とかって訳じゃないけれど、やっぱり一番愛着あるかな……それにしても、随分と渋滞しているようだけど、何かあったのかしら?」


渋滞なんて無縁に思うこの世界でも、やはり渋滞は発生するのだ。有名どころといえばリオン王城へ向かう峠の関所辺りだろうけど、今回は街に入るために長い列が続いている。城門まではまだ二百メートルほどの距離があり、その間には馬車の者、徒歩の者と入り乱れて不規則な列を形成していた。


「そういえばエリス様はご存知ないですよね。もうじき新しい年となりますが、年の瀬はいつもこうなのですよ。シリウスはこうして年に数度大規模な検問を行うのですが、その分普段の出入りは厳密な審査を行っていません」


たしかにこれまでにこのような列を見たことは無く、それこそ初めて来たときは、身元を証明するようなもの一つどころか、一文無しの私でさえ入ることの出来た街なのだから普段がザルなのは分かってはいたけれど、まさかここまで本格的な検問を行うとは驚きだった。


「ちっとも進まないわね」


「お急ぎの様でしたら強硬手段もとれますが、如何なさいますか?」


なんのきなしに呟いた私の小言を聞きつけて、御者台側の小窓から顔をのぞかせた彼女――アリシアさんが何やら物騒な事を言っている。


「いや、きちんと並びましょ。でも一応……その強硬手段ってどういう事かだけ説明してくれるかしら?」


「ロイヤルクラウンの施された馬車ですので……そのまま脇を通り過ぎていくだけですが」


――そうだった。リオンの王城で私が装備化に追われている間ノーザ国王の悪ふざけで私の馬車は更なる改装を受けていた。全体が黒塗りだった車体には白で流れるようなストライプラインが引かれ、更に前面とドアには私の紋章まで描かれている。そして私の持つ紋章は王冠を持つ紋章なのだから、その効果は絶大だ。現にここへ来るまでにすれ違った馬車の多くはその紋章に気が付くと、路肩に馬車を寄せ停車しては道を譲ってくれる程だ。以前リーリカが紋章付きの馬車の危険性を説いていた気がするけれど、今回馬車の変わり様を見たリーリカは深くため息をついただけで、当然の如く御者台に座っていた御者装束のアリシアさんを一瞥しただけで諦めるように客車へと乗り込んだのだ。


目下私達はシリウスで所用を済ませた後に、聖地ラスティへ赴くのが第一目標になっている。

そしてその後も暫く北の大陸内を巡る事を知ったアリシアさんは同行を申し出ていたのだけど、それをやんわり断っていた……筈なのに、アリシアさんの強硬手段に私達はそれ以上反対することをやめたのだった。


だって……どうせこの人、恐ろしい行動力で信念を突き通すに違いないんだから。


◇ ◇ ◇



「おい、さっきのアレ……後でお咎めなんか無いだろうな!?」


心配そうに同僚(じぶん)へ声を掛けるのは城塞都市シリウスの治安を守る衛兵として配属間もない男で、冬だというのに随分と短く髪を刈りこんだ髪型が、見ているだけでこちらが寒くなりそうな武骨な奴だ。


「バラル、そう心配するな、あの方はそんな事で怒ったりしないよ」


長い髪を指先に絡めながら先程通過した馬車の事を思い出していると、思わず顔がニヤケてしまったようで、バラルはその事が気に入らないのか、さも不機嫌そうに落ち着きなく休憩所となっている詰所の中をウロウロとしていた。


「そういえばお前、名を呼ばれていたな、えっと……」


「……ヨーシュ。いい加減に名前くらい覚えてくれ。これまでも何度か相方を務めたのだから、そろそろ覚えてくれてもバチは当たらないと思うぞ?」


「どうもエルフというやつの顔は判別し難くてな。そうだ、やっぱり同じエルフという事で知り合いだったのか?」


「エルフであることはさして問題ではないだろうな。もっとも前にお会いした時は自分が何者であるかも、まだ良く判ってらっしゃらなかったようだが、流石に周囲に色々と吹き込まれたらしいようだ。そうそう、エリス様はただのエルフではないぞ? 我等エルフと見た目は似ているかもしれないが、より純粋なハイエルフなのだから」


「そんなことより、質問にまだ答えて貰ってない」


「まあ、そう答えを急くな。エリス様はちょっとした縁故の者に紹介を受けたことがあるだけだ。ちょっと夜景を見てもらおうってな」


「例の鐘楼か。あんな場所までよく登るな」


その道程を想像したのかうんざりとした顔でバラルは呟くと、詰所の奥の鐘楼へと続く階段室のドアを振り返った。


「なんならお前さんも見て見るか?」


「冗談を。あんな所に登って一体何が楽しいというのだ」


「そうか」


どうやら交わりそうのない嗜好に内心肩を落とすものの、自分としてもとっておきの方法(、、、、、、、、)で連れて行ってまで景観の素晴らしさを説く気にもなれず、そのまま話を濁すことにする。


サラ様やエリス様の柔らかく美しい手ならまだしも、何もむさ苦しい男の手などこちらとしても握る趣味はないのだから。見た目の若さに惑わされ、何かと横柄な態度を取るこの若者は、これからも名前を覚えられることは無いのだろうなと思いつつ、ふと思い出した柔らかな感触に眦を下げるのだった。



◇ ◇ ◇


すっかりと元気のなくなった薔薇の園では幾人かの職人がしきりに声を上げては伸びた蔓の再誘引に忙しそうだった。冬の間に行う誘引の出来栄えで、ローズガーデンの美しさは決まると言っても過言ではなく、植え替えを行う株や、そのまま冬肥を施肥するだけの株を見極めながら、的確な指示を出す職人頭は、厳つい見た目と裏腹に花を美しく咲かせる技術は高いそうである。


「随分と賑やかですね、ロゼッタさん」


「そうね、あと数日は掛かるかしら。ごめんなさいね、折角訪ねて頂いたのにこう落ち着かない状況で」


「いえ、気にしないでください。事前にお伝えもせずに押しかけてしまって、こちらこそ申し訳ありませんでした」


「いいのよ。それに随分とミリアが世話になったようね? 届く便りにはしきりにあなたの事を窺う文言で埋め尽くされているわ。もう少し面白い事を書いてくるかと思っていたけれど、少しばかりそういう物はまだ早かったようね」


くすくすと笑いながらカップをテーブルの上に置くロゼッタさんは、ここグローリー男爵家の影の支配者である。平民の出でありながら男爵夫人の座を手に入れた彼女は、類稀なる才能を発揮して、新興の貧乏男爵家の財政を大いに豊かにしたのだ。なにかと僻地での調査に駆り出され忙しい男爵に代わり、グローリー家を牛耳るこの奥様がいてこそ、男爵も安心して家を任せておけるのだろう。


そして男爵家という継嗣されない最下級貴族家に生まれた娘は上級貴族と言ってもよい子爵家に嫁がせることに成功したのも、このロゼッタ夫人の能力の高さだろう。無論政略結婚の意味合いが無いわけではないけれど、思いのほかラブラブな新婚生活を送っているミリアちゃんを見ているだけに、純粋に幸せを掴んだ妹にも似た存在の彼女を、私は嬉しく思っているのだ。


「ミリアちゃんが嫁いで寂しいのではないですか?」


「そうね、寂しくないといえば嘘になるけれど、私にはまだまだすべきことがある。その為にも貴女がこうしてシリウスに立ち寄ってくれたのは有難いわ。ベロニカのところにはもう行ったの?」


「いえ、街に入るのに思いのほか時間が掛かりまして……山百合に馬車と荷物を預けてそのままこちらに」


「そう。だったら明日にでも顔をみせてやって頂戴。きっと大喜びよ。そういえばサラさん……いえ、サラ王女は一緒ではないのかしら? 娘の危機を助けてもらったと聞いているけれど、良ければお礼を言わせて頂きたいわ」


「残念ながらサラは別行動です。今はなじみの人と、自国――ブランドル公国へと向けて船の上かと」


「あら、それは残念。でもなじみの方? 男性かしら?」


「残念ながら女性です」


一体何が残念なのだろうと思いながら、私はそう言うと、ロゼッタさんも思うところがあったのか、なんとなく笑いがこぼれてくる。

ほんとこのロゼッタさんも、ベロニカさんも気さくな奥様って感じで、いや、ベロニカさんはまだ独身だけれど、とにかく私はこの幼馴染同士のロゼッタさんとベロニカさんには非常に好感を持っているのだった。



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