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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
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抑圧と解放と

 抑圧と解放と



 一般的に解放されることのないダイニングは、国賓等をもてなす為に開かれる宴の行われるダイニングとは異なり、王族に近しい一部の者しか立ち入れない特別な領域である。


 ――というのは建前の話なのではないだろうか? なんて疑念を私が擁くのは、このリオンの王城で過ごす場合、多くはこの場で食事をとることになるのが当たり前になっているからだ。

 最初の内はこの場がそんなにも重要であること自体に気が付いておらず、事情を知った今では既にこの場に慣れすぎてしまったために、特別な感情を持てなど今更言われてもそれはそれで難しいからだ。


 しかし、その事情を知りながら、この場に初めて通された彼女にとっては、今がまさに緊張のピークにある事だろう。これまでのやり取りからは冷静沈着にみてとれたマイアが、明らかに狼狽しており、所在無さげに落ち着かない。


 本来であればもう少し序列を考えねばいけない筈の席順も、今は半分私の我儘によりやや崩されている事も彼女の混乱の一端を担っているとは、露程も思っていないのだから、不可抗力というものだろう。


 列席者は私達一行と国王のみ。一応傍仕えとして給仕の者が幾人が控えている事と、護衛の名目で近衛師団長であるレンさんが王の背後に静かに控えているだけのささやかな夕餉の席だ。


「……そんな訳で何か言ってあげてください、国王」


 何がそんな訳なのか? それは無論この落ち着かない、末席に座るマイアさんを宥めてくださいという意味だったけれど、どうやら国王は彼女を逆に追い込む発言をしてみせた。


「うん? いや、なかなかその瞳も美しいではないか。ドレスも良く似合っているぞ」


「あああ、ありがふぉうごじゃいます」


 盛大に何かを吹き出しそうになるのを必死で堪えるマイアさんは顔を赤く染め、目を白黒させながらもなんとかそう答えるのが精一杯といったところ。


「なんだ、まあ……そう気張るな。今からそんな事では後が保たんぞ」


「そうね、アタシの眷属になったからにはもう少し堂々としてなさいな。ほら、リーリカを少しは見習いなさい?」


 予想外に引き合いに出されたリーリカはといえば、一瞬フォークを持つ手を止めたものの、またすぐに口へと忙しく運ぶのに夢中なようで、我関せずのスタンスを貫き通すつもりらしい。


 いっそ円卓であればもう少しは良かったのだろうかという疑問を心の奥に留めたまま、私も深くは追及しないことにした。勿論それは、じきに慣れるだろうという打算的な考えが働いての事だけど、賢い彼女の事だから、遅かれ早かれ上手い立ち位置を見つけてくれるだろうと確信している。


「しかし、この顔ぶれはやはり……」


 国王を筆頭に、ラスティの神子が三人、そして他国の姫が一人、謎の信者一名と、立場を同じくする巫女の眷属の自分という、このちぐはぐな取り合わせの参加者だけの晩餐は想像もしていなかったらしく、躊躇いがちに発言するマイアさんは、先程顔を合せたばかりの二名を一瞥すると、溜息と共に肩を落とすのだった。

 そんな彼女を見かねてか、国王は手にしていたフォークを食べかけの皿の上に置くと咳払い一つしてマイアさんへと語り掛けた。


「マイアよ、先程も言ったがそう固くなるな。お前の意に沿わぬ結果とはいえ、それでもこうしてお前を死刑囚の(くびき)から解き放つことができたのは、嬉しく思っておるのだ。それに弟君の事も案ずることは無い、我がノーザ国の威信にかけて立派に育て上げ、成人の暁には子爵家を立派に継ぐ人材としてみせるぞ。なんなら良家の娘を紹介してやってもいい」


「いえ、その事については疑いは有りません。ただ、私が思うのは、私がこのような待遇を受けていては何かと問題になるのではないかと、そういう事です」


「既に聞き及んでいると思うが、彼の者――マリス・ラスティ・ブラッドノートはラスティの神子であるのだ。貴族家に生まれたお前に眷属としての生活を強いるのは、我が国法の至らなさであり、それは国王である我が失策であるのだ。そのツケをお前に払わせてしまう事になるのは心苦しいが、現状ではこうするよりほかに良い方法が思い浮かばなくてな。なに心配するな、ラスティの神子は各地に根付く王家の上に君臨すべき存在なのだ。こうして好待されてもなんの問題もない。そうだな? サラ姫」


 それまで夢中で鳥の香草焼きと格闘していたサラは、突然振られた話に一瞬動きを止めたものの、すぐに解体を再開しながら面倒臭そうにいうのだ。


「別にアタシはそんな建前なんか気にしたことはないけどな、ただたまたま出会ったルーシアが神子だったってだけで、ルーシアが神子でなくても私は同じことをしたと思うけどな」


 横柄な態度にも関わらず、横に座るルーシアは 「ですね」 とクスクスと笑っており、無論国王も僅かばかりも気にした様子はなく、私だって今更過ぎてサラのそういった対応にいちいち口を出す気も起らない。少しばかり……リーリカは過保護なところがあるけれど、それでもサラ同様に親しく接してくれているし、今一つ身分という概念の薄い自分には、有難い事だった。


「ブランドル公国の姫もこう仰っているんだ、とにかく諦める事だ。それになんだ、エリス様の前でこういった事を言っていいものかわからないが、神子の行く道に立ち会えるなんて、なかなかできる体験ではない。それこそ見たこともない脂ぎった年寄りに無理矢理嫁がされるよりは余程良い暮らしが出来そうだぞ?」


 政略結婚。この世界の貴族において、さして珍しい事でもない、貴族家に生まれた者に付きまとうこの問題は、正直私には縁の無かった話ではあったものの、先日はそんな中でも真実の愛の芽生えを目撃した事も有り、否定的な考えは大分薄らいでいる。勿論それがいかに幸運な事なのか、幸運に恵まれずに日々を耐え忍ぶ者の方が圧倒的に多いことは判っていても、人とは自分の目の前で起こったことは良くも悪くも都合よく解釈する生き物なので、とりわけハッピーエンドに携わったばかりの私には比較的好意的に見ている事だろう。


「まあ、諦める事ね」


 国王の言葉に何かを言いたそうなマイアさんを横目で見ながらマリスはそう締めくくると、のんびり食べていた前菜の皿を脇に避けると、主菜である大きな鳥の骨付き肉の香草焼きと格闘を始める。

 そんな彼女に続こうと私もこの美味しいながらも解体に手間のかかる料理を前にすると、それに気が付いたリーリカは手馴れた様子であっという間に綺麗に解体して肉だけを綺麗に取り分けてくれるのだった。


「ありがとうリーリカ」


「いえ、当然の事です。さあ、覚めないうちに召しあがってください」


 私とリーリカのそんな様子を見ていたマイアはマリスの方を窺うものの――


「――別にアタシはそういうのいいから。あなたもさっさと自分の食事を進めなさい」


 なんてそっけない態度を取られ、心なし肩を落としたマイアさんも、香ばしく焼けた鶏肉との格闘を始めたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 ダイニングに響く大声に、耳を塞ぎながら恐々と彼女を見守る私達。


「おいおい、聞いてないぞ……」


 国王が青い顔で顔を引き攣らせている。


「これって絡み酒ってやつなんじゃ?」


「先程までの様子が全く別人のようですね。地母神であってもこれは予想できないでしょう」


「そうか? ルーシアも飲んだ後はよく絡むじゃないか。まあ、こんな激しいものではなくもっと可愛らしけどな」


「そんなの嘘です!」


「誰かしら……あの娘に酒を飲ませたのは?」


 一同の視線が国王に集まる中、リーリカだけは平然と暴れるマイアさんと、それを抑えるレンさんの動向を探っている様だった。


 事の発端は国王が彼女に勧めたお酒だろう。

 勿論過度の緊張をほぐそうとした配慮ではあったのだけど、勧められるままに手にしたグラスを一息で飲んだマイアさんは、真紅の瞳をやや濁らせて突如暴れ出したのだ。


 彼女の名誉の為にも、どのような暴言を吐き続けたかは伏せておくけれど、とても人前で言えないような行動と暴言を吐いたとだけ言っておこう。


 流石に見かねたレンさんが止めに入ると今度は彼女の首に腕を回し、とある爆弾発言を投下すると事態はさらに混沌の色を強めていったのだ。


「でも……レンさんと国王ってそういう仲だったんですか?」


 つい我慢しきれずにそう聞いてしまった私は、若干の後悔を覚えるものの、私も少しばかりお酒を飲んでいる為か、抑制しきれなかったらしい。


「いや、それはだなぁ……」


「まあ、エリス、あんま聞いてやるな。よくある事だし」


「え? 良くあることなの? サラ」


「近衛や給仕の者は最も近しいからな。兄様方も自分の給仕の娘と、その……まあ、そういう関係になっているんじゃないかな」


 途中から顔を染めながら、そんなことを言うサラは少し新鮮だ。それにつられるように一緒に頬を染めるルーシアさん。マリスは何を今更といった様子で静観しているし、普段から細い目を更に細めて国王の耳元で何かを囁くと、しれっと私に横に再び移動してきた。

 いやあ、リーリカさん流石にそれは可愛そうなんじゃ? と思わないでもないけれど、私の耳には確かにリーリカが国王にぼそりと 「ケダモノ」 と口にしたのを捉えてしまっていた。


 やがて駆け付けた給仕の者達も入り乱れ、その日の晩餐は狂乱で幕を閉じたのだった。




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