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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
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ドーゴの晩餐

 ドーゴの晩餐



「全く何を考えているのかしら?」


 大きなベッドの上に身を投げ出して、私は誰に向けた訳でもない言葉を口にした。

 義妹いもうとちゃんとそのメイドの魔手によりもたらされた、身体中を電気が駆け巡るかのような感覚のせいで濡れた身体もそのままに、羽織ったバスローブに吸わせるに任せているほどだ。

 数年振りとなる本来の姿であるこの身体は、超常的な力を以て創られたばかりなのだ。

 果たしてその副作用なのかは解らないものの、全ての感覚が過敏になっているような印象を受けていた。


「あら? エリスさんたちはまだ入浴中なのですか?」


「妹ちゃんならメイドと楽しく(、、、)入浴中かしら。放っておいたらいつまでも出てこないと思うのよ」


 既に服を脱ぎ去って全裸でやってきたルーシアに、つい数日前まで身体を乗っ取られていた相手によくも気安く話し掛けられるものだと半ば感心しながら、自分をここまでグッタリとさせた二人の事を告げ口すると、心なしか気分は少し晴れやかなものへと変貌した。


 改めて先日までは自分の制御下にあった、目の前の身体をまじまじと眺めれば、やはり側頭部に渦を巻く頭角と、あまりにも主張の激しい豊かな胸が印象的だ。


「……入浴されて喉が渇いたのですか? 飲まれます?」


 その視線に目ざとく気が付いたのか目の前の地精霊ノームときたら悪びれることもなく、ベッドに片膝をついて這い寄ると、「さぁ召し上がれ」とでも言わんばかりにたわわに揺れている果実を持ち上げてきた。


「べ、別にそんなつもりで見ていた訳じゃないかしら! そんな、もの欲しそうな子供を見守るような生温かい目で私を見るんじゃないのよ!?」


「そうですか……残念です。でも気が変わられましたらいつでも言ってくださいね?」


「……いいから早く妹ちゃんたちを追い出して入浴を済ませて来るのよ」


 そうだった。別にこのルーシアだけがそういう風(、、、、、)な訳ではない。地精霊というものは、大概こんな感じなのだ。相手が幼子だろうと大人だろうと、それが女性であろうと男性であろうと関係など無いのだ。母なる慈愛、母なる恵みを欲する者に無償の愛を。それが彼女達地精霊(ノーム)の生き様なのだから。

 その本質のおかげで、彼女の身体を支配していた間中、妙な衝動に幾度となく襲われたのだが、今では嘘のように凪いでいる。

 やはり地精霊には地精霊の、吸血鬼には吸血鬼の身体がお似合いという事なのだろうと、浴室に向かう二つの影を見送りながら、私は改めて認識したのだった。



 ◇ ◇ ◇


 上質な油を使用したいくつものランタンに照らされて、ダイニングルームは華やかな夜をムーディーに演出していた。

 高級旅籠の名に賭けてこの山百合で供される食事の数々は、その見た目も味も王族にすら臆することなく提供されるほどの逸品ばかりだ。

 しかしこの夜、その場に居合わせた人々を魅了したのは料理人たちが腕を揮い、供する数々の料理――ではなく、大きな円卓を囲む五人の華やかな美女達だった。


 支配人より告げられた特別室の使用は、私がこの役についてから初となるものだった。

 確かに噂では、近々利用がある可能性が高いということで、改装まで行われた特別室も、私の知る限りこの二年で初めての利用客である。


「あれが噂のエリス様か……あんな人とお近付きになれて羨ましいな。マツリ、出番の無かった私の分まで頑張ってね!」


 そんな言葉で私の背中を軽く叩き檄を飛ばしてくれたのは、前任のドレスルーム責任者であるセラだ。そしてその責任者が兼任することになる特別室付きの給仕であり、セラが任に就いている間は特別室が使われたことはなかったそうである。


 キッチンから上がってくる料理の配膳の準備をしながら、私は部屋での居所の無さを挽回するように気合を入れると、咲き乱れる華のようなテーブルへと視線を向ける。

 一番奥に座るのは腰まで伸びた流れるような白銀もしくは白金色の髪をもつ女性であり、特徴的な長い耳から彼女がエルフであることは明白だった。

 全ての山百合の総支配人である "サラの山百合支配人" リリアナ嬢より通達のあったラスティの神子でもあるという彼女は王冠(クラウン)の紋章を赦された人物でもあり、現状の山百合が最重要ゲストとなっている人物だ。


 彼女は群青色(ぐんじょういろ)のナイトドレスに身を包み、先程届けた食前酒である堅果酒の杯を傾けながら、同じくテーブルを囲む女性たちと歓談に興じている。


 そして彼女の右側……彼女からみれば左手側に座っているのは萱草色かんぞういろのドレスを着た長身の女性であり、灰茶色アッシュブラウンのショートヘアにはティアラが輝いている。

 その意匠は知る者がみれば一目瞭然で、山百合の総本山ともいえる本館もある、西の大陸はサイラス六公国がひとつ、ブランドル公国の紋章が意匠として使われており、略式といえこれは間違いなく王冠に類するものだった。

 高級旅籠山百合に多大な支援をしていた人物でもあり、その正体はブランドル公国の第一王女であるのだから、当然といえば当然なのだろう。


 そのサラ王女の隣に座るのは、牡丹色(ぼたんいろ)の前合わせの変わったドレスを着ている女性であり、それも彼女の頭角と女性であれば誰でも羨む豊かな胸を見れば、納得できる。

 柔らかくカールした薄亜麻色(薄亜麻色)の髪をもつノームの彼女は酒精の入ったものは飲まない主義だそうで、食前酒の代わりに新鮮な果物を絞ったジュースを飲んでいる。


 更に時計回りに隣に座る四人目となる人物は五人の中では最も幼くみえるのだが、なんでも一番年齢は上らしいということを先程聞いたばかりであった。

 一見すれば人間にしか見えない彼女なのだが、エリス様とはまた毛色の違う純白の長い髪を後方でシニョンにまとめ上げ編みこんでいる彼女の特徴といえばその瞳の色だろう。

 燃えるような真紅の瞳と白い髪が対照的で、着ているショートの鉄紺色(てつこんいろ)のドレスにこれでもかという程、映えていた。

 既に食前酒を飲み終わった彼女は葡萄酒をまるで水の様に飲んでおり、それでいてまったく酔った素振りが見えないのだから、人は見た目に寄らないとはこのことだろう。


 そして最後の一人といえば白髪と銀髪の二人に挟まれ座る、やや小柄の漆黒の女性だ。

 彼女は髪も瞳も漆黒に輝やかせ、飾り布(ドレープ)のたっぷりと使われた上等な給仕服を着用している。

 どうもエリス様専属メイドということで、いつも給仕服を着ているとの事だったが、稀にドレスも着用するらしいとの情報はつい先程仕入れたばかりなのだが。

 控えめに話に耳を傾けながらも、時折熱の籠ったような眼差しでエリス様を見つめる彼女に、私は僅かばかりの羨望の念を覚えるのは、同じ給仕を生業とする者同士なのだろうか?


 思わずため息を漏らしたくなる私だったけれど、ダイニングで食事をとる他のゲストたちの漏らす嘆息を耳にして、なんとかそれを堪えるのだった。


 丁度準備のできた料理を配膳用のワゴンに並べ、私はゆっくりと視線集まる渦中へと足を運ぶのだった。


「ドーゴ近海で獲れたブリームの和え物になります。味付けはされておりますがお好みでこちらを絞って頂いても風味よく召し上がっていただけます」


「わぁ!カルパッチョかしら?」


 真っ先に配膳されたエリス様は聞きなれない言葉を口にして金色の瞳を大きく輝かせている。

 山百合のダイニングで供される食事はコース料理となっており、配膳の度に使用された食材や食べ方を伝えるのが決まりなのだが、料理とは文化であり、同じ料理でも地域ごとに呼び名が変わるなんてことは多々あることだ。

 そんな理由から配膳につくものはお客様がそのような事を口にしていていても、敢えて修正するような野暮な真似はしたりしない。ここはそのまま聞き流すのが正解なのだ。


 全員の配膳が終わったのを見計らって、後の料理の為のリクエストを取ることを忘れない。


「この後一品を挟みまして、主菜皿(メインディッシュ)となりますが本日は肉料理となっております。焼き加減などのお好みがあればお伺い致します」


 私のその言葉に真っ先に返事をしたのはエリス様だ。


「私は料理人さんにお任せの焼き加減でいいわ」


 ナイフとフォークを使い器用にブリームの身を丸めていたのを中断するとエリス様はにこやかにそう告げる。それにすぐに続いたのはエリス様の専属給仕だというリーリカお嬢様だ。


「それではわたくしもエリス様と同じで」


 自らの主張よりもあくまで主人に同調する。予想通りの言葉に頷いて、本来次席となるサラ王女へ視線を向ければ……


「アタシは気持ち軽めに焼いたものが良いな。ルーシアも同じでいいよな?」


「ええ。サラと同じで構いません」


 隣に座るノームと頷き合いながら、自分の好みをストレートに伝えたのだった。

 やはり王族ともなれば、ただ周囲の流れに任せるような事はしないという事なのだろうか?

 必然的に最後となってしまった純白の髪の少女はこちらを見ることもなく、黙々と料理を切り刻みながら


「わたしはしっかりと焼いてもらおうかしら」


 などとマイペースに自己主張していた。


「あら? マリスはもっと瑞々しい、血の滴るようなお肉の方が好みかと思ってたのだけど」


「……妹ちゃん、わたしを獣か何かと一緒にするんじゃないのよ」


「いやぁ、別にそういう意味じゃないんだけど、ほら……マリスって、ねえ?」


「だから変な先入観を持つな、と言っているかしら。いいから、とにかくしっかり焼いて頂戴。それとこれと同じボトルをもう一本持って来るかしら」


 予想外のやり取りに私は内心驚きながらも言えることと言えば……


「畏まりました」


 と頭を下げて、さっさとこのリクエストを厨房へと届ける事くらいだ。


 それにしてもこの葡萄酒――およそ一銀貨という決して安くないものを易々と頼めるこの少女や、それを咎める事も無く平然としているこの一団の金銭感覚ときたら一体どうなっているのだろう? と私は軽い眩暈を覚えたのだった。



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