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白金のハイエルフ  作者: 味醂
凱旋
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ムードメーカー

 ムードメーカー



 入港にたっぷりと時間をかけて、リオンの暁号が接岸したのは影も大分短くなった頃だった。桟橋では未だ多くの人が走り回り、結び付けたロープの確認作業などに追われており、桟橋の陸地よりでは中央甲板(センターデッキ)にスロープを掛ける作業が始まっていた。

 跳ね橋のように跳ね上げられたこのスロープはリオンの暁号専用の設備であり、今係留されている桟橋自体がそもそもこの船専用の桟橋なのだとか。


 入港の様子を見学していた私達になぜか船長が付きっ切りで、熱心に説明してくれていた情報の一部ではあるものの、正直なところ私には船長の説明していた事の半分すらも理解できなかったけれど、ともかく双胴帆船リオンの暁号はまもなくその接岸プロセスをすべて終え、荷下ろしの喧騒に包まれたのだだった。



「ねぇ、妹ちゃん。本当に私を連れて行く気なのかしら?」


 船の中で合流したアリシアさんを先頭に、ゾロゾロと港町を歩きながらマリスがそんな事を口にしている。


「勿論よ、だってもう厄災の緋眼は居ないのだもの。下手に隠して後でバレて大事になるくらいなら、先に言ってしまったほうが気が楽だもの」


「私が何をしてきたかなんて今更説明も必要ないだろうけど、散々追い回していた相手を前に、そう簡単に積もりに積もった、それこそ積年の恨みが晴れるなんて事はないかしら。なにも自分から進んで立場を悪くすることは無いと思うのだけれど?」


「だから猶更連れて行かなきゃいけないわ。これまで繰り返されてきた連鎖を断ち切らなければ、この後何年経ったとして、永遠とその呪縛に縛られてしまう人が出るだろうから」


 自分で言っておきながら、この一行の中にも複雑な思いを抱える人は少なくないだろうと思った。厄災の緋眼をつい最近まで仇として追い回していたサラも、イリスとリーリアの鬩ぎ合いの結果、狂っていった母のおかげで茨の道を歩むこととなったリーリカだって、直接は口にしないものの、思うところはあるだろう。それでも私は思うのだ、マリスがイリスの願いを尊重したからこそ、私はリーリカと出会う事が出来たのだと。マリスの画策が無ければリーリカは生まれておらず、彼女に出会えなかった私はあっけなく自我を崩壊させていたのではないだろうかと。


 ならばこれもまた運命だったと、全てを終焉へと導く為へ遠すぎる回り道をしたのだと諦めて貰う他はなく、この点だけは誰になんと言われても譲るつもりはなかった。


 ――たとえ私の自己満足だと言われようとも。


 やや重くなった空気を感じつつも、見上げる階段の先には大きさを増していく王城の姿があるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 金属音を廊下に響かせながら向かう先、彼女たちは既に待機しているとの事だった。足取り重く向かう先は秘匿性を確保した会議室であり、先程先刻登城したばかりのラスティの神子――つまりエリス様の一行が待機中の部屋である。そして私の足取りを重くさせるのはそこへ向かいたくない後ろ向きな気持ち等ではなく、単純に重い鎧を着ていた為だった。

 滅多に着ることのないキングブレストは王の衣装に合わせて作られた胸部鎧で、内綿を着込まなくても良いように、鎧側に緩衝材が括りつけられている。

 主に胸部と肩から首への防御に特化した鎧といえど少なくない金属の構成部品で作られた鎧なので軽い訳がない。


「レン、この格好はどうにかならんのか? 別に要らんだろう」


「そういう訳にはいきません。話によればエリス様と共に待っているのはあの厄災の緋眼(ヴァンパイア)だというのですから、それくらいは着けて頂かないと困ります」


「しかしなぁ……」


 続ける不満を口にする前にきつく睨まれ阻まれるも、私は内心ではすぐにこの重たい鎧など脱ぎ捨ててしまいたかった。

 おそらく向かう先、近衛師団長レンの危惧する事態になる様な事は考えられないだろう。

 ともあれそれでも王を守るのが彼女の仕事であり、その為には少しでも "分" を良くしておきたいというのは当然の考えであり、妥当な要求でもある。


 そして並び歩くその彼女といえば、見慣れた白いドレスアーマーを着込んで、腰にはしっかりと帯剣までしている念の入れようだ。それでも些かもその重さを感じさせない足どりは流石日頃の鍛錬の賜物か、鎧の下に隠され意外なほどにスレンダーな体型のどこにそんな力が秘められているのだろうと、鎧同様に白い素肌で立つ彼女を思い浮かべながら妙に感心してしまっていた。


「お待ちください」


 急に足を止めたレンはそう言うとあたりを怪訝そうに警戒しながら短く嘆息すると――


「すみません、私の思い違いだったようです。参りましょう」


 などと再び鉄靴の音を響かせ始めた。


「一体どうした?」


「……いえ、なにやら邪な気配を感じたものですから。それもこう……まとわりつくような気配です」


「そ、そうか。だが勘違いであったのであれば心配に及ぶことではなかったな」


 手の内に軽く湿気を感じつつ、やはり女の勘は侮れないと私は心の中でごちることとなった。


 やがて前方のドアの前に佇むメイドは深々と頭を下げて、私達の到着を待つとノックと共に国王の到着を告げ重々しいドアを開くのだった。



 ◇ ◇ ◇


 一斉に集まる視線を感じながら、私は分厚いドアの先へと踏み込んでいくと、手を挙げて――


「そのままで良い、待たせたようだな」


 と、さっさとドアの反対側の略式の玉座へと向かうと腰を下ろした。

 部屋の中いたのは六人。そのうちの四人は見知った顔であるものの、二人の顔には見覚えが無かった。

 まず一人目は白金色の長髪のエルフ、言うまでも無くエリス様だ。そしてその横に座るのは彼女について歩いてるというメイドのリーリカ。玉座を挟んでエリス様の反対側に座るのは西の大陸、このノーザからは海を隔てた隣国でもあるサイラス七公国のうちの一国、ブランドル公国の第一王女サラ姫だ。

 もう一人は部屋の中で給仕に勤しんでいるこの城のメイドでもあり、主を脅迫してまでエリス様を迎えに行くほどの行動力を持ったアリシア。


 ということで、席に座る五人のうちの二名のうちのどちらかが、件の厄災の緋眼ということになるが……一人は薄亜麻色の柔らかそうな髪をもった地精霊ノームであり、緋眼の手配書の様相によく似ている。もう一方はエリス様にも負けないほどの美しい純白の髪の女性。一見人間にしか見えない彼女を見た時に、その真紅の瞳と目が合った。


 吸い込まれそうな赤、いや(くれない)。明るいようで暗く、深い真紅。

 超高温で焼かれた金属釉薬が発する奇跡の緋色のような、儚さと力強さを兼ね備えた不思議な瞳に目を奪われる。


「そうか……そなたが、そうなのだな」


「一体なにがそうなのかしら?」


 予想よりずっと高い澄んだ声には、その物言いほどの悪意は感じられず、むしろ心地よい響きを残す。


「いや、これは失礼。まずは我らはそなたに詫びねばなるまい。この場にこのような恰好で参じた事、すまないと思っている。もし気分を害したのなら謝罪しよう」


「陛下! そのようなこと!」


 すかさず口を挟むレンを手で制しながら、私の目は緋眼の彼女から離れない。


「別に気にするほどの事もないかしら。むしろこれこそ当たり前の反応というものよ」


 そんな事を言いながら彼女はエリス様の方を横目で見ると、溜息交じりに紅茶を啜る。


「では改めて仕切り直すとしよう。エリス様方には説明の必要も無いが、初めて見る二人の淑女(レディ)の為に自己紹介させてもらおう。私がノーザ国王、ノーザ三十八世だ」


 そういって再び席に着くと、サラの隣に座る地精霊ノームが立ち上がり、優雅に会釈をして鈴を転がしたような声で自己紹介を始める。


「ルーシア・ラスティ・ブルーノートです。見ての通りのノームですが、サラのところでお世話になっていました。そして、つい先日まで "厄災の緋眼" であった身体でもあります」


 サラ姫同様の鳶色の目を丸くさせて微笑む彼女はそう言って再び席に着くと、隣に座る純白の髪の少女を促した。


「わかったかしら。やればいいのでしょ」


 先にそんな文句を言いながらも堰から立ち上がった彼女は、やはり優雅にスカートの裾を少しつまみ会釈をすると自己紹介を始めるのだった。


「マリス・ラスティ・ブラッドノート。もうお気付きでしょうけれど、 "厄災の緋眼" といえばわかりやすいかしら?」


「貴様! ぬけぬけと!」


「よい! ラヴィナス卿」


「こうなるから来たくなかったのだけど……妹ちゃんの頭の中はお花畑で一杯なんじゃないかしら?」


「いや、こうしてお目に掛かれて良かったと思っている。つまりはそう言う事だろう。ラビナス卿ただちに我が国での厄災の緋眼の手配を解除するように手配してくれ」


 その言葉に目を丸くする緋眼の彼女――マリスは信じられないといった顔でこちらを見ている。


「これでも一国の王を名乗らせてもらっている。そこに邪な心を抱えた者ならば、見逃さない程度には見抜けるつもりだ」


「ご自身で邪な思いをいだかれるくせに……」


 私にしか聞こえないような小声で呟いたラヴィナス卿――つまりはレンの言葉を聞こえない振りをし――ようとおもったのだが……


「陛下は邪な事をお考えになることがあるんですか?」


 さらっと興味深々の金色の瞳を輝かせるエリス様に、しっかりと聞きとがめられてしまったようだった。


 むしろ驚いたのはレンのほうで、その言葉になんと答えようかと思案しているのが見てとれる。

 そんなやり取りのなか、誰かが笑い出すと、次々と笑いは広がりレンを除く全員の笑い声で部屋は埋め尽くされ、先程までのどこか張りつめたような空気は嘘のように溶けてなくなり、和やかな会談の空気となったのだった。


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