第二話 貴重な常識人枠がいなくなっちゃったらどうしようかと思いましたよ、普通の人間は行商人一家とファンシーヌさんだけですからね、いやあよかったよかった
「どうやら時が来たようですね」
「…………は?」
「エンシェントドラゴンの肉を口にして、ナオヤさんに魔力が宿ってから一週間。ようやく魔力が体に馴染んだのでしょう」
「…………はい?」
「どういうことだアンナ? ナオヤに何かあったのか?」
俺も、クロエも首をかしげる。
俺が店長になってから22日目のアイヲンモール異世界店。
スケルトンに光る糸が見えて、クロエの髪の色が水色に、瞳が金か黄色に変化したように見えた。
意味がわからなかったけど、アンナさんは何か知ってるらしい。
「ナオヤさんは異世界人で、これまで身に魔力を宿していませんでした。この世界では、ありえないことに」
「はあ、そう言ってましたね。だから魔法は使えないだろうって。んで、バルベラパパのお肉を食べた時に気絶して、それで魔力が宿ったって」
「……パパ?」
「おはようバルベラ。とりあえずパパは来てないから安心してほしい。いや会いたいだろうけどドラゴン姿で来そうだから」
とことこ近づいてきたバルベラは変わりない。
いつも通りの無表情で無口でぼーっとした目で、髪は赤だし角はあるし、ワンピースっぽい服の裾から出た尻尾がびちびち地面を叩くのも、尻尾の先になんだか火が灯ってるのも変わりない。
「って変わりすぎだろ! 尻尾! 人化してる時は尻尾なかったじゃん! なんか火もついてるし!」
「……普通?」
「そうだねドラゴンなんだし尻尾があるぐらい普通だよね! 角もあるしね! おああああああああ」
頭を抱えてのたうちまわる俺、谷口直也24歳。
なんかこの世界に来た時のことを思い出す。
衝撃を受けまくったあの頃がすごく昔に思える。まだ一ヶ月経ってないのに。
「ナオヤさん、この世界にはあらゆるモノに魔力があります。空気にも、生物にも」
けど、あの時と違っていまは説明してくれる人がいる。
ありがとうございますアンナさん。あと黒いモヤ? オーラ? も消えましたね助かります。
「けれどナオヤさんのカラダに魔力はありませんでした。では、魔力のない瞳で捉える世界は、魔力のある瞳が捉える世界と、同じように見えるでしょうか?」
「……はい?」
「魔法が得意で魔力の多い種族であるエルフの髪は、錬金術の触媒として有名です」
「は、はあ」
「幻想種であるドラゴンは、肉の体であって肉の体ではありません」
「ドラゴン肉を売り出す時に言ってましたね。だから、魔力が回復すれば尻尾も生えてくるって」
「ええ。ドラゴンの尻尾、いえ、肉体そのものは、いわば魔力が形を為しているのです」
「それでいままで人化形態のバルベラの尻尾は見えなかったと? クロエの髪色も違う風に見えたと?」
「はい。もっとも、ナオヤさんが見ている世界と、私が見ている世界が同じとは言い切れませんが」
「はあ、それはそうでしょうけど。日本でもそういう判定って難しいし、なんかそういうこと考える学問もありましたね」
「そうなのですか? もし気になるのであれば目を交換しましょうか? それか憑依して——」
「いいです! 気になりません! 発想が怖すぎてさすがアンデッド!」
思わず距離を取る。
アンナさんはくすくす笑う。
バルベラはこてんと首を傾げている。あとクロエも。
どうやら、俺を驚かせようとしたアンナさんのアンデッドジョークらしい。笑えないですぅ。
「おはようございます店長さん、みなさん!」
「おはようございますナオヤさん、薬師さま、聖騎士さま、バルベラちゃん。どうかなさいましたか?」
バッと振り向く。
コレット。
ブラウン、もしくは栗色の髪の毛で、犬の耳が頭にある。
尻尾はゆったり揺れている。
変化なし。よし。よくない気がする。頭にイヌミミがあるって骨格どうなってんだろ。あと尻尾って。やっぱり尾てい骨から生えてるの? その辺どうなってるの?
「気にするな、気にするな俺。致命的な変化がなかったことを喜ぶべきだ。いまさらだ。それよりも——」
意を決して視線を動かす。
ファンシーヌさん。
細い毛の金髪で体は細い。頬もこけてるけど顔色はいい。アンデッドのアンナさんと比べたら全然いい。
尻尾もない。耳も普通だ。角もない。髪も瞳も色が変わってない。
「よし! よし、よし、よし!」
「あの、どうかなさいましたかナオヤさん?」
「なんでもないですほんと、けどよかった! ほんとよかった!」
ファンシーヌさんは、変わりなかった。
つまり人間だ。ちゃんとした人族だ。
異世界人の俺と、エルフのクロエと、アンデッドのアンナさんと、ドラゴンのバルベラと、犬系獣人のコレットと違って、普通の人族だ。
「いやあ、貴重な常識人枠がいなくなっちゃったらどうしようかと思いましたよ、普通の人間は行商人一家とファンシーヌさんだけですからね、いやあよかったよかった」
クロエもアンナさんもバルベラもよく働いてくれてるけど、最寄りの街やこの近辺の多数派は人族だ。
お客さまも人族が多いわけで、同じ人族のファンシーヌさんと行商人一家の方が話は通じやすいだろう。
いまの主力商品は野菜やお惣菜で、種族によっては味覚や好みが違うかもしれないし。
「これでファンシーヌさんまで『実は……』ってなっちゃってたら大変でしたからね、それと比べたらクロエの髪色が変わったとか、バルベラに尻尾があったとかぜんぜん大したことじゃない、そうだそうだ、ははっ」
「あの、聖騎士さま、これは……」
「むっ? 気にしなくていいぞ、ファンシーヌ! ナオヤは時々こうなるんだ!」
「えっと」
「……準備」
「そ、そうだねバルベラちゃん、わたしたちは開店準備しようか! 店長さんは心配だけど……」
「お願いします、コレットちゃん。この場は私が引き受けましょう」
「はいっ! よろしくお願いします、薬師さま! さ、いこ、バルベラちゃん!」
俺とアンナさんを残してみんなが仕事をはじめる。
指示しなくても動いてくれて助かります、じゃなくて。
「ナオヤさん、魔力が馴染んだことでほかにどのような変化が起きたか調べませんか? すごく興味があります。よければ地下でじっくりと」
「それ大丈夫なヤツですか? そりゃ俺も気になりますけど」
「大丈夫です、私は回復の魔法を使えますし、地下には寝台もありますから」
「はいきた。回復魔法前提の絶対大丈夫じゃないヤツきた。遠慮しておきます」
「そうですか……残念です……魔力がない人間に魔力が宿るとどうなるのか調べられる、最初で最期かもしれない機会だったのですが……」
「アンナさん? いま最後じゃなくて最期って意味に聞こえたんですけど? これ翻訳指輪のせいかな?」
アンナさんがすっと目をそらす。
ローブの陰から黒いモヤが顔を出す。
一瞬、くりっとした目の子供の顔が見えた気がする。
ゴシゴシ目を擦る。
いつもと変わらない黒いモヤだった。
「ん? んんー?」
「それにしても、エンシェントドラゴンの肉やドラゴン肉を多く摂ったせいでしょうか。あるいは器があったということなのでしょうか。ナオヤさんの魔力は一般的な魔法使い並みのような」
「えっ!? じゃ、じゃあひょっとして! 俺も魔法を!」
「これだけの魔力量であれば、使えるようになってもおかしくありません」
「おおおおおおおおおお! ありがとうバルベラパパ! 魔法が使えるようになることと比べたら! クロエの髪とかバルベラの尻尾とかスケルトンの光る糸とかなんでもいいです!」
拳を突き上げる。
俺が店長になってから22日目のアイヲンモール異世界店。
俺、魔法使いになれるかもしれないらしいです。30歳を前に。ち、ちげえし、仕事が忙しくて彼女がいないだけだし、そっちの魔法使いになる可能性はなかったし。





