第一話 それでクロエ、その格好は? いつもの金属鎧はどうしたんだ?
もぞもぞ動いてから目を開ける。
時計を見ると、まだ5時台だった。
「アラームより前に起きられるようになってきたか。慣れって怖い。ふわあ」
体を起こして伸びをすると、自然とあくびが出た。
異世界に来てから、俺の朝は早い。
テナントスペースで生活してるから通勤時間は徒歩0分なのに、日本にいる時よりも起きる時間は早い。
なにしろ、アイヲンモール異世界店は朝8時開店なので。
「今日で22連勤か。人も増えたし、そろそろ交代で休みを取るシフト組めるかなあ」
と言っても、案外疲れはない。
お客さまは増えてきたけど、俺が働いてたアイヲンモール春日野店と比べたらたかが知れている。
その分、休憩は取れるわけで。
「だから疲れてない、いやひょっとして『食べれば強くなる』ドラゴン肉のせいだったりして。……そんなわけないか。ないよな?」
ぶつぶつ言いながら朝の準備を進める。
着替えて、けどテナントスペースには洗面台もキッチンもないからすぐに通路に出る。
「お疲れさまでーす」
二階テナントスペース前の通路にポリッシャーをかけていたエプロン付きスケルトンに挨拶する。
スケルトンの存在にも、ぺこっと頭を下げられたことにももう驚かない。いつもお世話になっております。
「……あれ? なんだろ、なんか違うような」
いつものスケルトンのはずなのに、いつもと違う気がする。
じっと目を凝らして観察する俺、谷口直也24歳。
見つめられて小首をかしげるエプロン付きスケルトン。
「骨の色はいつもと変わらないし……エプロンも同じ。頭蓋骨も背骨もアバラもおかしくないし……」
見つめながらぐるっとまわる。
まじまじ見られて恥ずかしかったのかスケルトンがもじもじ身をよじる。可愛くないです。
けど。
「関節に、光る糸? 線? 骨の中を通ってるのか? なんだろコレ」
動いたおかげで、違和感の原因に気づいた。
スケルトンが骨だけで動けるのは、この光る糸のせいなのかもしれない。
「うーん……でも昨日までなかったわけで、じゃあ違うのかなあ……」
あるいは、俺はまだ寝ぼけてるんだろうか。
なんだかスッキリしないままトイレに向かう。
とりあえず、顔を洗って歯を磨いてヒゲ剃って、朝の準備を終えてから、また見てみようと思って。
「それでわからなければアンナさんに聞いてみるってことで。もし何かの病気だったら……ま、まあ、アンナさんは不治の病を治しちゃうぐらいだしなんとかなる、よな?」
ちょっと震えた俺の声は、アイヲンモール異世界店の男子トイレ入り口に流れていった。
「ここにはいない、か」
俺が店長になってから22日目のアイヲンモール異世界店。
身支度を済ませた俺は、街道から見えない店舗裏手に来た。
さっぱりしてもエプロン付きスケルトンの関節に光る糸が見えたから、アンナさんに聞いてみようと思って。
けどアンナさんはいない。
「それにしても工事の進行早すぎない? 異世界建築すごすぎない?」
いまアイヲンモール異世界店の店舗裏手は、アンナさん指揮のもとスケルトン部隊が工事を進めている。
俺、行商人一家、コレットとファンシーヌ母娘が暮らす予定の従業員用アパートの建築工事だ。
お客さまにアンデッドを見られないように、工事するのは夜の間だけ。
それでも。
「もう骨組みはできてて、あとは家具を入れるぐらいって。早すぎて崩れたり屋根が落ちたりしないか心配です。大丈夫か異世界建築」
アパートの大枠は、ほぼ出来あがっていた。
棟上げ式はない。餅まきもしない。
なお、アパートと言ってもモノは平屋だ。
最寄りの街には木造五階建ての建物もあったけど、それはちょっと不安すぎて平屋にしてもらった。
開拓には申請が必要らしいけど、アイヲンモール異世界店の敷地内なら問題ないって話だし、何にも使ってない駐車場スペースが余りまくってるから、平屋でも土地に余裕はある。
ちなみに間取りは1LDKだ。
いや、キッチンをリビングと別の場所に作ったから2DKって言うべきか。
アンナさんが手配した魔石コンロを使ったキッチン、アイヲンモール異世界店の設備を利用した上下水道。
テナントスペースで寝起きしてた俺としてはうれしいことに、平屋アパートにはお風呂もつけた。お湯も出る。異世界すごい。魔法ヤバい。
まあ完成前だから予定では、だけど。
「アンナさんは地下かなあ。とりあえず表に行ってみるか。違うし、地下のアンデッドたちにビビったわけじゃないし」
アイヲンモール異世界店横の、レンガ敷き風の通路を歩く。
店舗への入り口はいくつかあるけどいまは開けてない。
「はあ。テナントがたくさん入ってくれたらこの辺も開けるんだけど……」
最寄りの街でテナント募集の告知をしたものの、けっきょくテナントへの応募はなかった。
モンスターがはびこるこの世界では、外壁のない場所に行くのは危ないこと、らしい。当然といえば当然だろう。
従業員用アパートの建設が終わったら、敷地を囲う外壁でも作ろうかな、なんて考えてると、正面入り口にたどり着いた。
アンナさんはいない。
「地下か、まあ開店準備して待ってようかなあ」
「おはようナオヤ! 今日もいい天気だな!」
「おはようクロエ。今日も早い……な……?」
いたのはクロエだ。
クロエ、のはずだ。
「クロエ、だよな?」
「どうしたナオヤ? 見ての通り私はクロエだぞ? はっ! まさかナオヤは! 『ほんとにクロエか確かめないとなあ』などと言って! 私をひんむいて全身をまさぐり!」
「あっこれクロエだわ。間違いなくクロエだわ。そもそも俺は見たことないわけで、裸にしたところで確かめようがないだろ」
「はははははだか!? はだかだとッ!? 乙女たる私の裸がナオヤに見られ、くっ、殺せ!」
「はいはい。それでクロエ、その格好は? いつもの金属鎧はどうしたんだ?」
「むっ、これか? ふふん、聖騎士たる私の活躍が認められたのだろう、新たに支給されて今日からこの鎧とマントになったのだ! 剣は辞退したがな!」
「はあ、なるほど……それで黒っぽい鎧に白のマントになったと……『活躍が認められた』って、金属部分が減ってるのは節約のような」
まあ、クロエが満足そうだし俺が気にすることじゃない。
国の騎士団所属な以上、制式装備が変わったら変わるんだろうし、なんか谷間が見える鎧なのも俺が気にすることじゃない。
それよりも。
「髪はどうしたんだ? 水色って。染めたのか?」
「何を言ってるんだナオヤ?」
「瞳も、青色から……金色か? カラコンってこの世界にもあるんだな」
「だから何を言ってるんだ? 私は昔からこの色だぞ?」
「……は?」
首を傾げる。
話が通じない。
クロエとは時々話が通じなかったけど、それはそれとして通じない。
スケルトンに光る糸は見えるし、装備はともかくクロエの髪色と瞳の色が変わってるし、俺の言葉が通じないし、これなんなんだろ、と思ってると。
背筋がゾクッとした。
振り返る。
そこには、アンナさんがいた。
うっすらと黒いモヤ? オーラ? をまとって。
深刻な顔で、俺を見つめて。
重々しく口を開いた。
「そう、ですか。どうやら時が来たようですね」
「…………は?」
「エンシェントドラゴンの肉を口にして、ナオヤさんに魔力が宿ってから一週間。ようやく魔力が体に馴染んだのでしょう」
「…………はい?」
はい?
俺が店長になってから22日目のアイヲンモール異世界店。
俺のカラダに、なにやら変化があったようです。





