第十八話 へえ、異世界の建築作業ってこんな感じなんですね。すごいなあ、これならあっという間に更地になりそうだ
「本日もご来店ありがとうございました」
「おう、また来るぜ、アンナちゃん!」
「脈がねえのに諦めねえヤツだなあ」
「ほら行くぞ、最終の馬車が出ちまう」
「歩いてきゃいいだろ。そりゃ乗ってけるんなら楽だけどよ」
俺が店長になってから21日目のアイヲンモール異世界店。
閉店前の17時すぎ、最後のお客さまを見送る。
近くのダンジョン帰りだという冒険者は、持ち帰り用のお惣菜を手に無料送迎馬車の最終便に乗り込んでいった。
最初のドラゴンセールに来て、それからちょいちょいアイヲンモール異世界店に来るようになった常連さんだ。
目当てはお惣菜なのかアンナさんなのか。
馬車が街道に出ると、俺の隣で頭を下げていたアンナさんが顔を上げる。
いつもの微笑みに変わりはない。つまり冒険者のアプローチに脈はない。アンナさんにも脈はない。アンデッドなんで。
「これでノーゲスト、いつもだと閉店時間までお客さまがいらっしゃらない時間、か」
「ではナオヤさん、私は例の作業を進めてきますね」
「あっはい、お願いします。裏手ですけど、見られないようにだけ注意してください」
一つ頷くと、アンナさんは中に入らずアイヲンモール異世界店と駐車場の間の、レンガ風の道を歩いていった。
ぼんやり見送って、俺は店内に戻る。
「お帰りなさいませ」
「いま最終便が出ましたから、あと一時間ぐらいで戻ってくると思いますよ」
「わざわざありがとうございます」
迎えてくれたのは、行商人さんの奥さんだ。
夫婦のどちらかが無料送迎馬車の御者を務めて、娘さんと交代で一人は日用品売り場に立ってくれる。
従業員が少ないアイヲンモール異世界店の店長としてはありがたい。
ノーゲストになっても、アイヲンモール異世界店の店内は明るかった。
正面入り口から入って左手は、スーパー部門だ。
近隣の農家から届く朝採り野菜や、最寄りの街の肉屋から仕入れた各種のお肉が並ぶ。
それと、裏の調理場で作ったお惣菜やお弁当も。
ドラゴン肉やドラゴンステーキなんかは『ドラゴンセール』での限定販売だけど、日々の売上の主力はこのスーパー部門になっていた。
ただ、日本から持ち込まれた品は売ってない。
ロープで立ち入り禁止にしているスペースだらけで、スーパーとしてはまだまだだ。
正面入り口から続く通路を歩く。
通路を挟んでスーパー部門の反対側、右手にあるのはドラッグストアスペースだ。
ここも、立ち入り禁止にしている通路は多い。
というか、ドラッグストアレジ前以外は開けてない。
営業してるのはほんの一部。
アンナさん謹製の薬だけで、基本はアンナさんとの対面販売だ。
街では手に入らない薬も売ってるらしく、購入者は少ないけど単価は高い。
スーパー、ドラッグストア。
左右を見ながらゆっくり歩いていく。
スーパーのわずかな営業エリアを抜けると、左にあるのは行商人一家が「テナント」扱いで入っている、日用品の販売スペースだ。
行商人さんがセレクトして手配して仕入れた、この世界の品が並んでいる。
ロープ、中古服、ズダ袋、水袋、こっちの世界のスコップ、ナイフ、小さなツルハシ、焚き付け、点火棒、小さな木桶、柄杓、木製の食器、お惣菜に使ってる陶製の食器、保存食などなど。
お店のコンセプトは「街で買い忘れて、戻るまでいかないけどあると便利なもの」だ。
まあ、これに油や調味料、玩具、安い傷薬や風邪薬などを揃えれば農村向けの行商品らしい。
当初はなかなか売れなかったけど、お店の存在を知った冒険者たちに口コミで広がって、いまではそれなりに売れている。
予想外だったのは「街まで行くほどじゃない」と、農家のおじちゃんおばちゃんたちもちょいちょい買っていくことだ。
「あっ店長さん!」
「あれ? コレット、荷物の整理はもういいのか?」
「はいっ! その、うちにはあんまり物がなかったので……」
パタパタ揺れていたコレットの尻尾が止まった。
いたたまれなくなってそっと目をそらす。
通路を挟んで日用品コーナーの向かいに作ったのは、ガレット売り場だ。
いままでの「スタジアムのビールの売り子」じゃなくて、目の前で焼いて仕上げる、日本で見かけるクレープ屋と同じスタイルだ。
日本だと鉄板はガスや電気で温めるから工事が必要だけど、この世界では魔石コンロでできるらしい。
だから場所を選ばず、バルベラとアンナさんだけで設置は可能だった。
コレットは明日からの販売に向けて準備を進めていたらしい。
「お母さんも、明日から働くんだって張り切ってます!」
「あーうん、無理しないようにってファンシーヌさんに伝えておいて。こっちは座りながらの接客でも大丈夫らしいから」
「はいっ! こんなに立派なお店まで作ってもらって……何から何までありがとうございます店長さん!」
アイヲンモール異世界店の従業員として雇った二人だけど、『ドラゴンセール』の時以外は販売や接客の手が足りなくなることはない。
だから俺は、ガレット売り場を作ることにした。
空腹をそそるいい匂いは強いし。
せっかくレシピを買い取ったんだし。コレットとファンシーヌさん、本人たちが作るわけでレシピの買取は意味なかったかもしれないけど、それはそれとして。
明日から頼む、と言い残して通路を進む。
営業してないスペースを抜けて、お客さま用のトイレを通り過ぎる。
ここから先、日本のアイヲンモールならテナントが並ぶエリアはがらんとしていた。
明るいのに誰もいないのが、よけいにさびしく見える。
「けっきょくテナントは入らなかったなあ。まあ商人ギルドのテナント募集の掲示は続けるけど、外壁の外は難しい、かあ」
ボヤきながら誰もいない通路を進む。
途中、トイレ掃除用具を持ったエプロン付きスケルトンとすれ違う。お疲れさまでーす。
俺は広いテナントエリアを抜けてバックヤードも抜けて、アイヲンモール異世界店の裏手に出た。
「ふぅははははははっ! 精霊剣エペデュポワの斬れ味をとくと見よッ!」
「……運ぶ」
「見通しが悪いとモンスターの発見が遅れますからね、助かりますクロエさん。バルベラちゃんもありがとう。クロエさん、次はあちらをお願いします。みんなはこれを」
クロエがぶんぶんと木剣を振りまわしてノリノリで木々を切り倒す。
見た目10歳ぐらいのバルベラが、倒れた木を肩に担いで運搬する。
アンナさんはその様子をにこにこ見ながら指示を出す。クロエと、鎧姿のスケルトンたちに。
「へえ、異世界の建築作業ってこんな感じなんですね。すごいなあ、これならあっという間に更地になりそうだ」
呆然と呟く。
頭を抱える。
「いやこれが普通なわけないでしょ! 今日作業はじめたばっかりなのに早すぎるんですけど! 異世界ヤバい、じゃなくてアイヲンモールの従業員がヤバい!」
アイヲンモール異世界店の裏手、日本だと搬入口や、業者向けの一時駐車場がある場所。
従業員用のアパート建設予定地の横には、木材やレンガが並んでいた。
鎧姿のスケルトン部隊が何やらうごめいている。建築作業に従事している。
敷地の外にあったはずの森は、ずいぶん見晴らしがよくなっていた。
切り株と、下草だけはそのままだ。
「バルベラちゃん、またブレスをお願いするね。木はそのままに、水分だけを燃やしてほしいの」
「……わかった。ふぅー!」
バルベラの口から炎の線が伸びる。
切り倒されたばかりの木が炎に包まれて、けど木は燃えない。
ドラゴンのブレスは、「ドラゴンが望む『燃やした結果』を引き起こす」らしいから。
「陶製のお皿もこうでしたね。なにこれ怖い。異世界怖い」
木材も、その横に積んであるレンガもこれで用意したんだろう。ドラゴン怖い。
作業をはじめて半日なのに、建築予定地にはもうアパートの骨組みができていた。
スケルトン部隊がレンガを積んでいく。ある程度並べたら、アンナさんの魔法で強化するらしい。異世界ヤバい。
「ナオヤさん、何棟建てておきましょうか? ひとまず三棟もあれば足りますか?」
「あっはい。俺とコレットたちと行商人一家だけなんで充分だと思います」
この世界だと、アパートって気軽に建てられるんですね。へえ。
そういえばアイヲンモール異世界店は、一部資材を運び込んだだけでこっちで建てたんですっけ。はあ。
俺が店長になってから21日目のアイヲンモール異世界店の営業が終わる。
来客数、194人。
売上、571,000円。
ドラゴンセールでアイヲンモール異世界店と無料送迎馬車の存在が知られたんだろう、客数はだいぶ伸びてきた。
それでも月間売上一億円の目標にはまだ遠い。
「テナントもほしいけど、お客さまの動線を考えたらスーパーを完全営業したいよなあ」
目の前の光景から現実逃避した俺の声は、クロエとアンナさんとベルベラの耳には届かなかった。
なんか隣に立ったスケルトン隊長にうんうん頷かれる。監督お疲れさまでーす。