第十六話 これじゃ『テナント募集』に応募がないのも当然か……はあ……売上アップの施策、考え直さないとなあ
「ナオヤさん、本当によいのですか? 私たちは軒下を貸していただければ……」
「そうです店長さん! 雨風がしのげれば充分です! 布一枚あればあったかいんですよ?」
俺が店長になってから20日目のアイヲンモール異世界店。
ガレット売りの少女・コレットとその母親のファンシーヌさんをアイヲンラウンジに案内すると、二人はそんなことを言い出した。
病み上がりで働いたファンシーヌさんがしんどそうだったし、ソファもあるアイヲンラウンジに泊まってもらおうと思ったんだけど。
ちなみに行商人一家は、今日は揃って街で宿泊だ。だから空いてるわけで。
「異世界の『外泊』のハードル低すぎィ! ソファで寝かせるって申し訳ないなって思ったのに!」
「ほ、本当にここに泊まってもよいのですか?」
「わっ、すごい! お母さん、このソファ、手を押し返してきて気持ちいいよ! す、座ってもいいかな」
「待ちなさいコレット、服を着たままでは汚してしまいます。服を脱いで体を拭わせていただいてから座りましょう」
「はーい!」
「それならよろしいでしょうか、ナオヤさん?」
「よろしくないです! 普通に! 服を着たまま座ってください! コレットも脱ごうとしない!」
俺が応える前に、んしょんしょと服を脱ぎかけたコレットを慌てて止める。
メンズのパンツの前後逆みたいになってて、尻尾を通せるんすね。へえ。不可抗力! これは不可抗力なんでセーフ、いやアウトだろうなあ……本部から鬼指導される……。
ただのアイヲンラウンジなのに、「高級宿みたい」と落ち着かない二人をなだめる。
数十分の説得の末に、ようやくソファに座ってもらえた。
途中、コーヒーでも飲んだら落ち着くかなと思ってドリンクサーバーを使ったら大騒ぎになったけど。
とにかく、二人をソファに座らせて、テーブルを挟んで俺はイスに座る。
閉店後の片付けを終えたし俺も休みたいところだけど、これだけは聞いておきたいと思って。
商人ギルド長との関係を——じゃなくて。
「ファンシーヌさん。さっき『外壁がない場所で生活する苦難』って言ってましたね。やっぱり大変なことなんですか? 商人ギルドで掲示してもらったのに、テナント募集への反応がないんです」
「それは……」
「正直に教えてください。俺はこことは異なる世界の出身ですし、クロエはエルフの里出身で、バルベラはドラゴンです。みんな、常識を知らないんですよ」
「あの、店長さん、薬師さまはどうですか? 街でお母さんを診てくれましたし、アンデッドって言っても街の人と変わらないんじゃ」
「あー、うん。俺もそう思ってたんだけどなあ。アンナさんが人間をやめたのはかなり前らしくて」
「かなり前……薬師……そういえば先日、新たな薬が見つかったと噂が……800年前の文献に残る不治の死病が治ったと……聖女……まさか」
「とりあえずその話はあとにしましょう。ファンシーヌさんいい勘してますね、というか家で寝込んでたわりに耳が早すぎません?」
「はい! わたし、耳がいいってすごく褒められます!」
「無邪気な反応が新鮮すぎる。そっかそっか、よかったなあコレット」
手を伸ばしてコレットの頭を撫でる。
と、コレットはくすぐったそうに目を細めた。犬っぽい。犬系の獣人さんはみんなこんな感じなんだろうか。
「さっきの話に戻りましょう。街の人は『外壁がない場所で生活する』のに抵抗があるんでしょうか? できれば正直に教えていただけるとうれしいです」
ファンシーヌさんの目を見て聞き直す。
コレットもファンシーヌさんも、なんて言ったらいいのかちょっとためらってる。
目を逸らさないまま待ってると、ファンシーヌさんが一つ頷いて、口を開いた。
「はい。行商人や冒険者、兵士、農家など、外に出る仕事に就いている人は別ですが、街で生まれ育った多くの平民は『外壁がない場所で生活する』ことを危険だと思っています。壁の外にはモンスターが出るから、と」
「なるほど……あれ、じゃあまさか、外に出ることも危険だと思われてますか? アイヲンモール異世界店の集客が少ないのってそれが原因なんじゃ」
「そうですね、よほどのことがなければ護衛なしで外に出ることはありません。ですから、今日のような機会はめずらしく、みなさん喜んでいたのです」
「あー、街からここまで、ぱらぱらだけど人の列が途切れなかったし冒険者さんも多かったから。安全だろうって外に出てみたと」
「はい。みな、街の外に興味はあるのです」
「それでみんな楽しそうだったのか。はあ、『ドラゴンセール』のおかげだと思ってたんだけど」
「それは違いますよ店長さん! みなさん美味しいって笑ってたし、すっごく喜んでくれました!」
前のめりで腕を広げて「すっごく」を強調するコレット。
素直だし尻尾で感情がわかりやすいし、ほんと接客業向きだと思う。
「護衛を雇うにはお金がかかります。護衛なしで壁の外に出るのは、運を天に任せる命がけの行いだ、というのが街の平民の意識です」
「んー、そうなると無料送迎馬車にもわかりやすく『護衛』をつけた方がいいのかなあ。行商人さんと奥さんは戦えるって言ってたけど、戦えそうな見た目じゃないし」
ファンシーヌさんから聞く「異世界の常識」は悩ましい。
異世界というか、この世界、少なくとも「最寄りの街の常識」だけど、それはいいとして。
「これじゃ『テナント募集』に応募がないのも当然か……はあ……売上アップの施策、考え直さないとなあ」
頭を抱える。
テナントを入れて、それが元々人気店か人気店になれば一気に売上があがる可能性はあるけど、その前に現地の情報を調べないなんて。
初めて店長になって、俺は焦ってたのかもしれない。
コレットは心配そうな顔で俺を見つめて、ファンシーヌさんは目を閉じて何やら考え込んでいた。
「いろいろ話していただいてありがとうございました。街の人がそういう意識だとテナントは厳しいですね……コレット、知らなかったとはいえ誘って申し訳ない」
「申し訳ないだなんてそんな! 謝らないでください店長さん!」
「そうですナオヤさん。私たちは、ナオヤさんと薬師さまと聖騎士さまに救われたのです」
「けど、街の外で臨時バイトまでしてもらっちゃって。恩に着せてお願いしたみたいで申し訳ないっていうか」
「恩人であるナオヤさんにそこまで気を遣わせるなど、こちらこそ失礼な言い分で申し訳ありません」
「いえそこは俺が正直に話してほしいって言ったからで」
なんか日本っぽいなーとか、ファンシーヌさん理解力おかしくない? とかぼんやり考えながら頭を下げ合うことしばし。
やがてどちらからともなく顔を上げて、目が合った。
「ナオヤさん。一つ、お聞きしてもいいでしょうか?」
ファンシーヌさんは真剣な眼差しだ。
空気を察したのか、隣のコレットも表情がキリッとする。
「はい、なんでしょう?」
「店子としてガレットの販売を誘われましたが……私たち二人を、こちらの店員として働かせていただけませんか?」
「…………え?」
「お願いします、ナオヤさん! さっきお母さんと『そうやって恩返ししよう』って話したんです! お給金はいりませんから!」
「…………はい?」
「厚かましいお願いだとは思いますが、軒下をお貸しくだされば、捨てる食料をいただければ……どうか、私たちを働かせてください」
「いやそりゃ今日の働きを見たら、従業員になってくれればなーって思いましたけど、え? 雇うならちゃんとお給料払いますよ?」
「な、なんという慈悲深さでしょう……コレットを助けてくださり、私に薬をいただいたばかりか、私たちにお給金まで……」
「ぐすっ、すごいねおかーさん、きっと神様っているんだね」
「ええ……? あの、ほんとにいいんですか? 従業員に応募ということで? アイヲンラウンジは行商人さんたちがいますけど、とりあえずテナントスペースなら住んでOKですし」
「ありがとうございますナオヤさん。いいえ、神の御使いさま」
「ありがとうございますみつかいさま! すごいねおかーさん、わたし、すごいところで働けるんだね! アイヲンばんざい!」
「いやほんと普通に採用するんでそういうのやめてくださいね? 俺、神の御使いじゃありませんしアイヲンの社員でアイヲンモール異世界店の店長なだけですからね?」
ファンシーヌさんから『外壁がない場所で生活する苦難』って異世界の事情を聞くはずが、なぜか拝まれた件。
けど、とりあえず。
テナント募集に反応がない理由や、セール以外の日に来客が少ない理由がわかったようです。
あと、セールを乗り切った優秀な臨時バイト二人を、従業員として雇えることになりました。アイヲン万歳。





