第十五話 あーうん、ちょっと待ってて、締め作業終わったらみんなで打ち上げしよう
「今日はすごかったなナオヤ! あんなにたくさんのお客さまは初めて見たぞ! アイヲンモールはすごいのだな!」
「落ち着けクロエ。たしかに異世界店じゃ記録だろうけど、日本のアイヲンモールならこれぐらい普通だから。むしろ少ない方だから」
俺が店長になってから20日目のアイヲンモール異世界店。
ちゃんと告知した初めてのセールで、開催自体は二度目の「ドラゴンセール」は盛況で終わった。
目玉のドラゴンステーキとドラゴンテイルスープ、ドラゴン肉は午後早めに品切れ、用意していたお惣菜や肉・野菜も、夕方前には売り切れたほどだ。
レジ締めしてる俺の横で、クロエは興奮してずっと話しかけてきている。
お会計待ちの行列ができるほどの客数に、テンションが上がりっぱなしだ。
「ナオヤさん、集計は終わりましたか? 今日の売上と客数はどうでしたか?」
「ちょっと待ってくださいねアンナさん。いまプリントしますから」
興奮してるのはクロエだけじゃない。
アンナさんも今日の結果が気になるようで、ちょこちょこ俺のところに来ては声をかけてくる。
ちなみに、アンナさんは撤収の陣頭指揮をとっていた。
片付けに精を出しているのはエプロン付きスケルトンたちと、鎧姿のスケルトン部隊だ。
閉店して夜になったいま、お客さまはいないし街道を通る人もいないから、見られる心配は少ない。
「わたしとお母さんのガレットも売り切れたんですよ! みなさん『美味しい』って喜んでくれました!」
「ふふ、よかったわね、コレット」
「あっ! ダメだよお母さん、薬師さまの言う通りちゃんと横になってないと!」
尻尾をパタパタ振ってやってきたのは、犬系獣人でガレット売りの少女・コレットだ。うしろにはコレットの母親で人族のファンシーヌさんが続く。
アンナさんから薬をもらって休んでたはずなのに、やっぱり今日の売上が気になったらしい。
優秀すぎて臨時バイトで終わらせるのはもったいない。
テナントに入ってくれればいいけど、ダメなら従業員として勧誘を——
「……お腹すいた」
「あーうん、ちょっと待ってて、締め作業終わったらみんなで打ち上げしよう」
「……うち上げ? 撃つ?」
「ブレス撃たなくていいから! そういう意味じゃなくて!」
バルベラは結果が気になったんじゃなくてお腹が空いたらしい。
あいかわらずマイペースだ。
でも「ドラゴンセール」はバルベラがいないと成立しないわけで、一番の功労者だろう。
功労者というか供給元というか、うん、考えるな、感じるな俺。
けっきょく、レジの前にはアイヲンモール異世界店に残っている従業員と臨時バイトのみんなが集まってきた。
行商人さん一家は最終の馬車で街に行って、そのまま街に泊まる予定になっている。
馬と馬車のメンテナンス、それに「赤死病」を治して街に入れるようになった娘さんと、ひさしぶりに家族水入らずで街で過ごしてもらおうと思って。
こっちでやる打ち上げよりも、その方が労いになるだろう。
「いいから早く教えてくれナオヤ! はっ! ま、まさか『知りたいならいろいろ教えてやろう。体になあ』などと言って私を襲い! くっ、殺せ!」
「発想おかしいだろエルフ。むしろどうすれば客数と売上を体に教えられるか聞きたい」
あいかわらずのクロエに軽く突っ込んで、レジからプリントした結果を手に取る。
アンナさんもクロエもコレットもファンシーヌさんも、バルベラも注目してるのを感じる。
あとエプロン付きスケルトンとスケルトン部隊とゴースト入り着ぐるみチームも俺を見てる。あ、片付け終わったんすね。いつも助かります。お疲れさまでーす。
「よし、それじゃ発表するぞ」
アイヲンモール異世界店の月間売上目標は一億円だ。
五ヶ月後までに達成しなければ、異世界店の存続は怪しくなるし、俺が日本に還るための〈転移ゲート〉の確保も大変になるらしい。
月間売上一億円。
日に均すとおよそ334万円。
初めて大々的に告知したセールの結果は——
「客数は387人! 今日の売上は2,486,000円だ!」
「おおおおおおっ! さ、ささ、さんびゃくはちじゅうっ!? にひゃくッ!?」
「動揺しすぎだろクロエ。喋れなくなってるぞ。たぶん翻訳指輪のせいじゃなくて」
「間違いではないのですねナオヤさん? 営業時間は8時から18時ですから、一時間あたり38人ほど。お会計で行列ができていましたから、そうですね、おかしな数ではありませんか」
「ざっと計算して違和感を消しにかかるって、アンナさんちょっと優秀すぎませんかねえ」
「すごい、すごいです店長さん! みんな喜んでくれましたもんね!」
「はあ、コレットは素直でかわいいなあ。尻尾の動きで感情がわかりやすくてほんと癒される」
「料理を何食も食べられる方や、限定数いっぱいまでまとめ買いされる方もいらっしゃいました。ナオヤさんが狙われた通り、客単価も高かったようです。ナオヤさんは本当に優秀でらっしゃるのですね」
「えっ。ファンシーヌさん? 俺が来る前から本読んで学んでたアンナさんばりの理解度? 臨時バイトで今日が初勤務だったのに?」
「……売り切れ」
「そうだなバルベラ。お惣菜もお肉も野菜も売り切れちゃったなあ。売り伸ばす営業機会を逃したのは店長である俺の責任だ。次までに何か手を考えておこう」
俺の説明を聞いてるのか聞いてないのか、バルベラはさっきからじっと左腕を見つめている。
「……お腹すいた」
ボソリと呟くバルベラ。それはさっき聞いた。
左手を見つめて、口からぽたりとヨダレが垂れる。
「ああなるほど、おいしかったのに売り切れだから食べられなくて、だったらちょっと肉を用意しようかって考えてると。尻尾はまだ生えてないから、左手を」
コクリとバルベラが頷く。
クロエが精霊剣エペデュポワの柄に手をかける。
アンナさんがスケルトン部隊に視線を送ってバルベラの変身前の脱衣を助けに来させる。
「なにそのスムーズすぎる連携! 待て待て待て! あるから! 本当はダメだけど六人分取っておいたから!」
「おおおおお! 本当かナオヤ! 従業員として耐えなければと思っていたのに! はっ! まさか『これが食べたければ』などと私を脅してかわりに私の体を食べようと! くっ、仕方あるまい!」
「おい認めてどうするポンコツ騎士。脅さないけども。これは今日がんばってくれたご褒美で」
「ありがとうございますナオヤさん。ではバルベラちゃんに『治癒』は必要ありませんね」
「あっはい。え、アンナさんまで本気だったんですか。そりゃドラゴンステーキもドラゴンテイルスープも美味しかったですけど」
「あの、いいんですか店長さん? わたし、我慢できます! だって大事な商品で、お金を稼ぐために必要なことだから」
「そうねコレット。ナオヤさん、私たちは臨時のお手伝いです。すでに過分な扱いを受けています、どうかお気になさらず」
「今日は特別です。日に均した売上は目標に届きませんでしたけど、売上も客数も新記録を達成した日です。遠慮しないでください」
「……はやく」
「あー、はいはい、いま準備する、ってうれしそうだなバルベラ。自分を食べる……ま、まあ、本人がいいならいいのか。いいのか?」
バルベラに手を引かれて、みんなを引き連れて、俺はレジ前から調理場へ向かった。
アイヲンモール異世界店二度目で、初めて大々的に告知したセールは、販売した全品売り切れで終わった。
けどセールなのに日に均した売上目標は突破できなかった。
つまり、毎日これだけのお客さまに来ていただいても、月間一億円の売上目標は達成できないわけで。
「目玉のドラゴン肉の販売数は増やせない。ほかの肉や野菜のストックを増やすか、あとはほかの商品を売り出すか……」
考え込む俺の肩に、クロエが手をかけた。
「ふふ、十日後にはまた『ドラゴンセール』を開催するのだ! それまでに用意すればいいだろう!」
「……パパの肉? ママ?」
「それはやめておこうな、バルベラ。普通のドラゴンの素材より貴重で、異世界人の俺に魔力が宿っちゃうぐらいだし。絶対騒ぎになる」
「それがいいと思います。ナオヤさん、体に変化はありませんか? 魔力がゼロの人間はこの世界に存在しませんでした。もちろん、ゼロから魔力を宿した人間も。本当であればお時間をいただいてじっくり研究したいんですけど……」
「それもやめておきましょうね、アンナさん。高位のアンデッドのリッチが言う『研究』って不穏すぎます。変化はありません。はい、変化はありませんとも」
「今日はすごく楽しかったです。店子、かあ……」
「どうすればナオヤさんや薬師さまのお役に立てるか、ゆっくり考えましょう、コレット。この身を治していただいたんですもの、外壁がない場所で生活する苦難などなにほどのことでしょう」
「くわしく。ファンシーヌさんそこのところ詳しく教えていただけませんか?」
臨時バイトのコレットとファンシーヌさんは、今日はアイヲンラウンジで宿泊予定になっている。
俺が店長になってから20日目のアイヲンモール異世界店の営業が終わった。
来客数、387人。
売上、2,486,000円。
いまのままの商品じゃ、「ドラゴンセール」でも月間売上目標は達成できそうにない。
テナント、商品、従業員の確保……売り伸ばしに向けてやることは山積みだ。
とりあえず、ファンシーヌさんに聞けば商人ギルドで告知した「テナント募集」が反応ない理由もようやくわかりそうだ。
あと商人ギルド長との関係についても聞きたい。
…………元カレとか言いませんよね? 従業員や取引先やライバル企業とのそういうドロドロは要りませんからね?





