第四話 聞いて驚けナオヤ! 今日は夕方にもお客さまが来たからな! 今日の売上は……
「水場かあ。ああ、そういえばアイヲンモールの上下水道施設ってどうなってるんだっけ。発電設備も……確かめに行くか。どうせノーゲストだし! お客さまいないし!」
行商人一家を見送った俺は、ベンチから腰を上げた。
瓜系野菜のゴミはちゃんと持参した袋に入れて。
……ゴミの処理もどうなってるんだろ。
当たり前の疑問が出てきたのは、ようやく落ち着いてきたってことだろう。
なにしろ昨日の夜に異世界に来たばっかりだしね!
そんで朝は前店長のポンコツエルフに剣を突きつけられるし!
アイヲンモール異世界店の店内に戻ると、その前店長のポンコツエルフは鼻歌まじりに掃除していた。
営業していないスペースを清掃するクロエに声をかける。
「クロエ、ちょっと店舗内を巡回してくる」
「了解した。ナオヤ、武器は持ったか? ニホンジンは戦う力がないのだろう? なんなら私が護衛に……はっ! まさか護衛を申し付けて誰もいない場所へ私を引きずり込んで嫌がる私を無理やりに! くっ、殺せ!」
「なあクロエ、それ言いたいだけだろ? 戦う力がないって知ってるみたいだしどう考えても俺返り討ちでしょ」
「『店長の指示は絶対だ!』などと言いながら襲うんだろう! 権威を笠に着て襲いかかるなんてやはり人族はケダモノかッ!」
「前店長がポンコツすぎてヤバい。あー、もういいから。んじゃ行ってきます」
いまいち会話が通じないクロエを置いて、立ち入り禁止のロープをまたいでテナントスペースに入る。
歩きながら、俺は左手の中指に翻訳指輪がはまっていることを確かめた。
さっきの行商人とはちゃんと会話できたんだけどなあ。
「誤作動か、エルフとは微妙に通じないのか。でも翻訳指輪がなかったら会話もできないはずでそのうちちゃんとコミュニケーションが取れるって信じてる! 現地採用した人事部の判断を信じて……伊織さんかあ……」
ダメかもしれない。
「発電設備はここか」
アイヲンモール異世界店の現状をまとめた資料には、見取図がついていた。
店内だけでなくバックヤードや各種施設まで描かれたスタッフ用だ。
見取図を見ながら俺がたどり着いたのは、アイヲンモール春日野店にはない地下通路だった。
「異世界仕様ってことなんだろうなあ」
ボイラー室と書かれた扉に手をかける。
地下通路はその先にも続いていて、見取図によるといくつか部屋があるらしい。
見取図には用途が書かれていない部屋も気になるけど、いまは発電設備だ。
なんせここは異世界なのに、アイヲンモール異世界店は電気が使えるんだから。
大型の懐中電灯を手に扉を開ける。
ボイラー室は明るかった。
「非常用の発電機に似てる? でもあれはディーゼルなはずだし、モール全体の発電をずっとまかなえるわけじゃ」
懐中電灯を手にしたまま発電機に近づく。
ちなみにこの懐中電灯は武器がわりだ。
クロエの「武器は持ったか?」って言葉を思い出して、ここに来る前に俺の部屋に寄って取ってきた。
まあ部屋っていうか、空いてるテナントスペースに私物を運び込んだだけだけど。
「って発電機の音がデカいな! だから地下にあるのか!」
大きな音を出す発電機に近づく。
近づいてみたけど、俺は資格を持ってるわけじゃない。
ボイラー・タービン主任技術者でも電気主任技術者でもない。
とうぜん発電機を見ても何が何だかわからないし、イジれるわけもない。
「まあこれが普通じゃないことぐらいはわかるけどなあ! なんだこの模様! 魔法か、魔法陣か! 燃料はどうなってんの!?」
そんな俺だって、普通の発電機にびっしり幾何学模様が描き込まれてないことはわかる。
床にうっすら光る魔法陣っぽいものも、普通はないってこともわかる。
「こんなの誰が開発したんだよ! でもおかげで異世界でも電気が使えてありがとうございます! アイヲンヤバい!」
大きな音、たぶんタービンがまわる音のせいで俺もついつい大声で叫んでしまった。
俺に答える声はない。
ここはお客さまが入れないスペースだし、クロエはスーパーで接客か清掃してるし。
異世界だけど、アイヲンモール異世界店には電気が供給されてる。
たぶん、魔法と科学が融合したっぽいテクノロジーで。
「よしわからん。あとでクロエに聞いてみよう。クロエがわかってる気がしないけど。ま、まあ問題なく動くのがわかればいいか! あ、でもコストは確かめておかないと」
なにしろ俺はアイヲンモール異世界店の店長だし。
そこまで考えて、俺は恐ろしいことに気がついた。
「……日本と連絡が取れないから、アイヲンモール異世界店の運営は店長である俺に一任されてる。つまりこの謎の発電設備の管理も……いやいやいや! 責任者! 責任者出てこい!って俺だよ!」
頭を抱える。
ヤバい、異世界に来てから頭を抱えまくってる気がする。
「次だ次。水が出るわけで、上下水道の施設。あとゴミの処理をどうしてんのか。……知りたくない気もする」
ブツブツ呟いて、見取図を手にフラフラとバックヤードを徘徊する。いや徘徊はしない。目的地はあるんだし。
夜のアイヲンモール異世界店。
俺はテナントスペースの一階にあるソファにもたれかかっていた。
「上下水道の施設も魔法陣を使ってたし、ゴミ処理なんてダストシュートに放り込むだけでどこにも行き先がなかったよ……地下にでも投げ捨ててるのかな? それかモンスターが処理してるとか? ははは」
きっといま俺は、虚ろな目をしてることだろう。
昨日の夜、駐車場から外観を見た時は、アイヲンモール春日野店に見間違えた。
中に入ったら造りが違って、春日野店じゃないって確信したけど。
外観だけ見たら、どこにでもあるアイヲンモールだと思ったんだ。
いや、人がいないバックヤードや店舗スペースだけ見たら、異世界だってわからなかったかもしれない。
各種設備を確かめるまでは。
「ほんとに異世界なんだなあ……」
少なくとも、日本のアイヲンモールじゃこんなの見たことない。
モンスターを見たことよりも、鎧姿のエルフや冒険者や商人、馬車を見たことよりもショックがデカい。
たぶん「普通だと思ってたのに中身はぜんぜん違った」からだろう。
「ここにいたのかナオヤ! 探したぞ!」
「ああ、クロエか。どうした?」
「どうしたって、ナオヤが店長なんだろう? 営業時間が終わって閉店したからその報告をだな!」
「もうそんな時間か……。聞きたいけど聞きたくない。でも聞かなきゃはじまらないし」
「どうしたナオヤ? ま、まさか私に尋問するつもりかッ!? 私を動けないように拘束してニヤニヤ笑いながら私の鎧を外して剣を取り上げ『じっくり体に聞いてやらないとなあ』などと下卑た」
「いやもうほんと今日は疲れてるんでそういうの勘弁してください。それで、クロエ。……今日の売上は?」
「なんだ聞きたいのはそんなことか! 聞いて驚けナオヤ! 今日は夕方にもお客さまが来たからな! 今日の売上は……」
鎧の隙間から手を突っ込んで、腰あたりをゴソゴソするクロエ。
一枚の紙を抜き出して見つめる。
どうやら売上をプリントした……いや手書きした紙っぽい。
「今日の売上は、ニホンエンで16,000エンだ!」
「いちまんろくせんえん」
「お客さまが42人! どうだナオヤ、私は計算ができるんだぞ! なんたって聖騎士だからな!」
「よんじゅうににん。いちまんろくせんえん。月間売上目標、一億円。店長、俺。責任者、俺。はは、ははは」
「ナオヤ? どうした? ああ、端数は省略しているぞ? 教えた方がいいか?」
「目標のハードル高すぎィ! 客数も客単価もヒドいんですけど! とうぜん売上もヒドいんですけど! いや今日の様子を見てたらうすうす気付いてたけどなんすかコレ!」
「ナ、ナオヤ?」
「あああああ! のんびり状況把握するのはもう止めだ止め! 電気も水道も動いてりゃいいんだよ! 明日から! ちゃんと俺が店長します! まあ売り物になる商品を探すのが先だけど!」
「おおっ! 頼んだぞナオヤ! ついにニホンジンによるアイヲンモールの商いが始まるんだな!」
月間売上目標は日本円換算で一億円。
換算のレートも知りたいところだけど、ぶっちゃけそれどころじゃない。
アイヲンモールなのに一日の客数42人て! 売上16,000円て!
アイヲンモール春日野店の自販機の売上にもならないんですけど!
俺の決意を聞いて、クロエは目を輝かせている。
深呼吸して心を落ち着ける。
「クロエ、明日からよろしく頼む」
「!!! ああ! こちらこそよろしく、ナオヤ!」
何が嬉しいのか、俺の言葉にパアッと笑顔を返すクロエ。
無理矢理落ち着けた心で、俺は家に帰るクロエを見送った。
店舗出入り口を施錠する。
すうっと息を吸い込んで。
「これ月間目標は何月までに達成すればいいんだよ! 無理ゲーすぎるだろ伊織ィィィイイイ!」
俺の叫びは、無人のアイヲンモール異世界店に吸い込まれていった。
昨日の夜から、俺はずっと叫んでる気がする。
株式会社アイヲンとアイヲンモール異世界店のせいでなァ!