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アイヲンモール異世界店、本日グランドオープン!  作者: 坂東太郎
『第八章 アイヲン「モール」なんだからやっぱりテナントを募集します!』

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第十二話 私はファンシーヌと申します。娘を救っていただいたばかりか、私の薬まで処方していただいたそうで……今日はこの身を粉にして働き、わずかなりとご恩をお返しいたします


「ナオヤ、このテーブルはこっちでいいんだな?」


「ああ、その辺に並べてくれ。いまバルベラが上から持ってくるからそれも同じように頼む」


「……ここ?」


「早かったな、ありがとうバルベラ。力持ちというかバランス感覚すごい。よくそれだけテーブル積んで抱えられるな」


「ナオヤさん、のぼりができました! ふふ、隊長はやっぱり達筆ですね」


「ありがとうございますアンナさん。こっちの世界の文字なんで達筆かどうかはよくわかりませんけど。あとスケルトンが便利すぎてヤバい」


 俺が店長になってから20日目のアイヲンモール異世界店。

 まだ日が昇りきってない早朝、正面入り口前は騒がしかった。

 クロエ、バルベラ、アンナさん、スケルトンに着ぐるみゴーストたち、みんなに早出してもらって催事の準備だ。


 店舗入り口前、レンガが敷き詰められた空間には、テーブルとイスが並ぶ。

 中食を売り出す時にはじめた調理スペース、農家のおばちゃんたちが持ってくる野菜を並べるためのブース、臨時のレジ、それに。


「野外用の延長コード使えば電気を使えるって違和感すごい。ありがとうバルベラ。すごいぞアンナさん」


 腰までの高さの冷凍ストッカーには、角牛や突撃イノシシや闘争鶏の肉が陳列されてる。


 今日の目玉、()()()()()も。


 上が開きっぱなしのストッカーに手を突っ込むと、ちゃんと冷たかった。

 冷凍は保てなくても、冷蔵庫がわりにはなるだろう。

 日本なら怒られそうだけど、異世界なら問題ない。きっとない。


 スケルトン隊長が布に書きつけたのぼりは、かちゃかちゃ鎧を鳴らしてスケルトン部隊が街道側に並べていく。

 指揮をとるのは行商人さんの奥さんだ。娘さんは値札を用意してくれてる。


 初めて大々的に告知した、アイヲンモール異世界店初の『()()()()()()()』。


 従業員総出で、準備は着々と進んでいた。

 行商人さんはここにいないけど、まだ寝てる、わけじゃない。


 ガラガラと音を立てて、アイヲンモール異世界店のロータリーに一台の馬車が入ってくる。

 街の開門にあわせて行商人さんが動かした無料送迎馬車だ。

 といっても、馬車に乗ってるのはお客さまじゃない。


「はい、到着しましたよ。ここがアイヲンモール異世界店です」


「ありがとうございます、行商人さん! 店長さん、みなさん、おはようございます!」


 馬車から降りて、ぺこっと頭を下げたのはガレット売りの少女・コレットだ。

 催事用の設営に興味があるのか、犬っぽい三角耳がぴこぴこ動いてる。

 犬系獣人らしいふさふさの尻尾は見えない。いまのところ。


「おはようコレット。今日はよろしくね」


「はい、わたし、がんばります! それと、わたしだけじゃなくて—— 」


 コレットがタタッと駆け出して馬車の後部に向かう。

 手を伸ばして、幌の内側から伸びてきた手を取った。

 心配そうな目で荷台を見つめ、でもそれ以上手は出さない。


 やがて、一人の女性が降りてきた。


 細い毛の金髪で、コレットと繋いだ手も、腕も細い。

 頬はこけて、アンナさんほどじゃないけど顔色も悪い。

 馬車の後部荷台にかけられたハシゴを降りきると、ふらっとよろめいた。


「おかーさん、危ない!」


 コレットがさっと手を伸ばして体を支える。


「ありがとうコレット。でも大丈夫よ」


 そっとコレットの手を押しのけて、女性がこちらに向き直った。


「はじめまして、みなさま。私はファンシーヌと申します。娘を救っていただいたばかりか、私の薬まで処方していただいたそうで……今日はこの身を粉にして働き、わずかなりとご恩をお返しいたします」


「無理しないでくださいね。お気持ちは嬉しいですけどほんと、本当に無理しないでくださいね。催事で借り出して倒れられたらヤバいというかアウトなんで」


 馬車から降りてきたのは、コレットの母親だ。

 コレットを助けた日にクロエの回復魔法を受けて、以降はアンナさんの薬を飲んで、軽く動ける程度に回復した、らしい。

 ずっと臥せってた病人がすぐ起き上がれるようになるって異世界の魔法と薬ヤバイ。

 むしろコレを日本に送れば、日本で月間売上一億円なんて余裕じゃないだろうか。アイヲンがそんな金の卵を見逃し……まあ治療と薬はすぐに手を出せないか。


「私はクロエ・デュポワ・クリストフ・クローディーヌ・ヴェルトゥ・オンディーヌだ! あらためてよろしく頼むぞ、ファンシーヌ!」


「ヴェルトゥの里の……では本当に、街で噂のエルフの聖騎士さま」


「あっクロエの名乗り通じるんですね。あとやっぱり街で有名なんですね。どんな噂になってんだクロエ」


「きちんとご挨拶するのははじめてですね。私はアンナです。ファンシーヌさん、これをどうぞ。体力を回復して増強する栄養剤です」


「ありがとうございますアンナさん! おかーさん、ほらこれ!」


「ああ、なんとお優しい……ありがとうございます薬師さま。いえ、もしかすると薬師さまではなく、聖女さまなのではないでしょうか……」


 コレットに介抱されて栄養剤を飲んだファンシーヌさんは、アンナさんを拝み倒さんばかりだ。というか手を組んで祈りを捧げてる。

 その姿を見て、俺はファンシーヌさんの背後にまわった。

 コレットとファンシーヌさんが今日の『ドラゴンセール』を手伝ってくれることは、昨日のうちには決まってた。

 テナントとして入るか検討してもらってるわけで、クロエとアンナさんとバルベラに言っておいたことがある。


 俺と三人の素性は最初から明かした方がいいだろうって。

 あとからバレて「こんなはずじゃなかった」ってなった方が揉めるからって。

 労働環境を隠して募集するのはアウトでしょって。


 だから、つまり。


「いいえ、私は聖女ではありません。私は元人間でいまはリッチ、高位のアンデッドですよ」


 アンナさんは、どこか寂しそうな微笑みを浮かべてカミングアウトした。

 アイヲンモール異世界店で働くアンデッドが姿を現す。

 アンナさんのローブの内側から、ゴーストが真っ黒にぼやけた輪郭をチラッと覗かせる。

 エプロン付きスケルトンたちは掃除用具を手に店舗入り口から出てくる。あ、わずかな隙間時間に掃除してくれてたんですね。お疲れさまでーす。

 森から姿を現したのは、豪華な兜飾りをなびかせたスケルトン隊長と鎧姿のスケルトンたちだ。

 選抜メンバーなのか、スケルトンの数は少ない。あるいは、ほかのスケルトンは森に散ってこっそり周囲の安全を確保しているのか。いつもありがとうございます。お疲れさまでーす。


「リッチ、ゴースト、スケルトン……ああっ」


「おか、おかーさーん!」


「だ、大丈夫ですよコレット。私は命を救っていただいたのですもの」


「よかった、なんとか受け入れてもらえた。『恩人が実は』ってあくどい気もするけど。でもその調子でテナントに入るのもあっさりOKしてほしい。なんだったら従業員でもいいです」


「リッチの薬師さま、この身はどうなってもかまいません。救っていただいた命です、死ぬまで働いてスケルトンの仲間入りをいたしましょう。ですからどうか娘は、コレットだけは」


「受け入れてもらってなかったわ! ですよねえ! 安心してくださいファンシーヌさん、アンナさんはリッチですけどいいリッチで、ゴーストもスケルトンも見た目はアレですけど害はなくて、むしろ働き者で」


 なんとか説得する。違った、説得じゃなくて事実を教える。

 多少時間はかかったものの、ファンシーヌさんもコレットも落ち着いた。

 ファンシーヌさんはよけいに顔色が悪くなってたり、コレットの尻尾は足の間に挟まれてたりするけど、ともかく落ち着いた。

 俺がチラッと目を向けると、合図に気づいたバルベラがトコトコ近づいてくる。


「……バルベラ」


「コレットより小さな子も働いているのですね。安心いたしました」


「……子供じゃない」


 ファンシーヌさんは、聖騎士、リッチ、ゴースト、スケルトンとのギャップで、コレットは見た目10歳ぐらいのバルベラの挨拶にほっとした様子だ。

 コレットは手を伸ばしてバルベラの頭を撫でる。コレットの手に毛はない。耳と尻尾のみのタイプの獣人らしい。

 子供扱いされたバルベラはいつものごとくムッとして頬を膨らませた。


 スケルトン隊長がマントを広げるのを、俺はファンシーヌさんの背後から見守っていた。

 クロエとアンナさんの手を借りて、バルベラがマントの陰に隠れる。ごそごそ音がする。

 コレットは不思議そうに首を傾げて、ファンシーヌさんはなんだか考え込んでる様子だ。

 バルベラの額を見て「あのツノは何系の獣人かしら」とばかりに。


 準備ができたんだろう、クロエとアンナさんが元の位置に戻る。

 俺も、しゃがみこんで準備を終えた。


「がおー」


 気の抜けた声がして、でも気の抜けた声とは裏腹にすごい勢いでバルベラが飛び出した。

 スケルトン隊長の陰から跳躍したバルベラは斜め上へ飛んでいく。

 全裸で。


 二人の背後にいても、驚く気配が伝わってくる。でも驚くのはこのあとなわけで。

 空中でバルベラが光って、「きゃっ」と声がして二人が目をつぶって、目を開けると、そこには。

 ドラゴンがいた。

 バルベラはいない。


「あの子は、バルベラちゃんはドラゴンなんです」


「ド、ドド、ドラゴン!?」


 びっと尻尾を立てて驚くコレット。

 ファンシーヌさんの声はない。

 声もなく、ふらっと倒れ込んだ。

 予想通りの展開に、背後に構えていた俺はしっかり受け止める。


「お、おかーさーん!」


 まだ薄暗い早朝のアイヲンモール異世界店前に、ガレット売りの少女の叫びが響き渡った。


「グオオオオオオンッ!」


 あとバルベラの咆哮も。


 大丈夫、大丈夫だ。

 ドラゴンセールって告知してるしほらドラゴンの咆哮は客寄せアトラクション的なアレで。

 近隣に「セールはじまりますよー」ってお知らせするサイレン的なアレで。

 それにほら、コレットもファンシーヌさんも、聖騎士とリッチに助けられたわけで。

 テナントに入らないってことになってもせめて黙っておいてくれるはずだ。

 ……黙っておいてくれるといいなあ。


 俺が店長になってから20日目のアイヲンモール異世界店。

 ドラゴンセールは、はじまる前から騒動でした。



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