第十話 従業員や家族が入れる寮を作るか……日本のアイヲンモールだと、まわりに自然と店や賃貸アパートや家ができるんだけどなあ
「えへへ、売り切れました……それに、みなさん優しかったです……」
「よかったなコレット。ただ、新発売で買ってくれただけかもしれないから、今日の売り上げは参考程度にした方がいいと思う」
「はいっ!」
俺が店長になってから18日目のアイヲンモール異世界店。
テナントに入るかどうか検討中で、店舗を下見にきたガレット売りの少女は、お惣菜とお弁当販売スペースでガレットを立ち売りした。
結果は上々で、ガレットは売り切れたらしい。
街のお高い飲食店だと敬遠されることもある「獣人」も、冒険者や行商人なんかは気にしないみたいだ。
売れ行きは好調で、お客さまも販売したコレットも喜んでくれた。
「いま売ってる調理済み商品は濃いめの味付けばっかりだからなあ。甘いジャムをかけたガレットは人気出るかも、うん、やっぱり甘味は欲しいよなあ」
「次に果物が採れる季節になったら、お母さんと一緒にたくさん仕込みますね!」
「うん、そうしてくれると助かる。なんならジャムだけでも買い取るからね」
「ありがとうございます!」
ぺこっと頭を下げたコレットの耳が見える。
犬っぽい三角の耳はピンと立って得意げだ。
思わず触りたくなるのをこらえる。
頭を上げると、今度はコレットの背後に尻尾が見えた。
ゆっくり振れて、触ってほしいって誘惑に思えるけど触れない。
エルフと一緒で、「親しい人にしか耳に触らせない」かもしれないし。あと尻尾も。
文化が違う場所では、気軽に人に触れてはいけませんって基本は、アイヲンの異文化コミュニケーション研修で最初に習うことだ。
ありがとうアイヲン! あの時は海外では気をつけようって思ったけど異世界で役に立ってます! ところで俺は最初から「異世界行く」って決まってたから教え込まれたわけじゃないよね?
「では、そろそろ出発しましょうか」
「よろしくお願いします」
俺が株式会社アイヲンの思惑に思いを馳せていると、行商人さんが声をかけてきた。
ロータリーに停まった無料送迎馬車の試験運行は、これから街まで最後の一往復をする予定だ。
ガレット売りの少女・コレットは行商人さんに頭を下げて、後ろの乗客スペースに乗り込んだ。
クロエとアンナさんが泊まりを誘ったけど、病弱なお母さんが心配だからと、コレットは最終便で街に帰ることを選んだ。
「そうだ、コレット。今度馬車の乗り心地も聞かせて欲しいんだ」
「はい、わかりました店長さん!」
「それとこれ、アンナさんからお母さんにって」
小さな紙袋を渡す。
中にはアンナさん謹製の薬が入っている。
治療じゃなくて滋養強壮メインの薬だから心配いらない、らしい。
アンデッドでリッチが作った「滋養強壮のクスリ」って印象悪いけど大丈夫? いまさらだけど。
「何から何まで、ありがとうございますぅ……」
目が潤んで鼻声になるコレット。
いたたまれなくなって合図を送ると、行商人さんは察して馬車を出す。
「じゃあ、また。今度は明後日の『ドラゴンセール』を見に来るといい。いまのところ、その日が一番お客さまがいらっしゃる日だから」
「はい! 必ず来ます! ガレットも、もっとたくさん用意してきますね!」
ぶんぶんと手を振るコレットが遠ざかる。
アイヲンモール異世界店から街までは徒歩で一時間、馬車で30分ほど。
もしコレットやほかの商人がテナントに入ってくれるとしたら、通勤には往復一時間かかる。
「やっぱり通いは大変だよなあ」
思わずグチが出る。
コレットを拾ったのを見て、行商人さんに「ほかにも来たい人がいたら乗せていい」って言ったんだけど……。
門前広場で声を張り上げても、アイヲンモール異世界店に行きたい人はいなかったらしい。
「告知。無料送迎馬車を出すって告知が少なかったからだ。きっとそうだ」
「どうしたナオヤ? ブツブツ言って、ってすまない、いつものことだったな!」
「それはそれで傷つくな。いや、街からアイヲンモールまで通うのは大変そうだと思って」
「む? 朝の運動にはちょうどいいぞ? 少し物足りないぐらいだ!」
「金属鎧で早朝ランニングするエルフかあ。クロエのことじゃなくて、コレットや、ほかのテナント希望者が来たらってことな」
「気になるのであれば、ナオヤと同じように泊まればいいのではないか? 私もたまに泊まっているぞ?」
「そうなるよなあ。うーん、従業員や家族が入れる寮を作るか……日本のアイヲンモールだと、まわりに自然と店や賃貸アパートや家ができるんだけどなあ」
「み、店や家が自然と、だと!? ニョキニョキ生えてくるとは、ナオヤがいた世界はすごいのだな!」
「そういうことじゃなくて。アイヲンモールができるとまわりにニョキニョキ生えてくるけどそういうことじゃなくて」
この世界では、日本のアイヲンモール周辺みたいなことにはならないだろう。
できて何年か経つらしいけど、いまのところ周りには農家のおじちゃんおばちゃんたちしかいないし、開発してる様子もない。
「アパートや家でもあれば、コレットはテナントに入ってくれるかもしれないのに。病弱なお母さんを連れて引っ越して、ここなら薬師のアンナさんもいるのに」
「私を忘れているぞナオヤ! 聖騎士で! 神聖魔法が使える! このクロエを!」
「はいはいそうだなクロエもいるな」
ちなみに日本では周辺に家やアパートが建つだけじゃなくて、ハウジングが仲介もしてます。すごいぞアイヲン! 社員の俺が知らない間にいろんな業種にどんどん進出してる……こっちと繋がる半年後はどうなってるんだろ。
「アイヲンハウジングはないけど、こっちでもアパートか家を作るかなあ。建つまではひとまずテナントスペースで暮らしてもらって……ただ、資金がなあ」
「うん? アンナとバルベラに手伝ってもらえばすぐなのではないか? 木材だって私が精霊剣エペデュポワで伐採してくるが?」
クロエがきょとんとした顔で首をかしげる。
そういえば、アイヲンモール異世界店は日本から持ち込んだ資材と、こっちの資材と魔法で建てたんだっけ。
「……あれ? 従業員の住居問題、案外簡単になんとかなる?」
「く、詳しいことはアンナに相談するといい! アンナは設計や魔法の知識も豊富だし、簡単な労働であればスケルトンがいるからな! 私が知らないとかわからないということではなく!」
クロエが目を泳がせてだらだら汗を流す。
元店長だけど頭脳担当じゃないことはもうわかってる。
「はっ! まさかナオヤは! 『聖騎士サマが知らないはずないよなあ』などと! 私が知らぬことに気づかないフリして責め続けて弄びっ! くっ、殺せ!」
「しないから。でもありがちっぽい感じになってる。なあクロエその知識どこから身につけんの? それより勉強した方がいいことたくさんあるんじゃない?」
日本のアイヲンモールを見たことないのにこっちで店長をやれてた、その優秀さは知ってるんだけど。
クロエは顔を赤くして、「へ、閉店作業をしなくてはな!」とバタバタ去っていった。
アイヲンモール異世界店のロータリーに一人取り残される。
「あとでアンナさんに聞いてみよう。あー、行商人さんの意見ももらうか。いつまでもアイヲンラウンジで暮らすのは落ち着かないだろうしな、うん」
俺の独り言は、暮れ始めた異世界の空に吸い込まれていった。
あ。ついでに、俺の住むところも考えるか。まだテナント住まいだし。





