第九話 売り切れてしまったら! 私が味わえないではないか! ああっ、デロッと濃厚な液体をあれほど大量にぶちまけて!
「じゃあちょっとアイヲンモール異世界店を案内しようか? ちょうど俺は手が空いてるし」
「あの、その、もしよければなんですけど」
「ナオヤさん。実は、せっかく行くならこちらでガレットを販売してはどうかと誘ったのです。商売の下見ですし、ナオヤさんが認めてくれるかわかりませんが、と」
「ああなるほど、それでコレットが荷物を持ってるんですね」
「許可をいただかず勝手なことをして申し訳ありません」
「いえいえ、かまいませんよ行商人さん。売れるかどうか、売ってみないとわかりませんからね。日本だとほかのアイヲンモールの売上が参考になるんですけど。いい案だと思います」
俺が店長になってから18日目のアイヲンモール異世界店。
試験運転中の無料送迎馬車にやってきたガレット売りの少女は、ガレットを試験販売してみたいらしい。
テナントは日用品を売る行商人さんしかいないいま、やってみるのはいいと思う。
というか、数字も出さずにテナントに誘ってすみません。
「じゃあ準備ができたらお願いするよ、コレット」
「はいっ!」
普段と違う環境での商売が楽しみなのか、コレットが目を輝かせて返事する。
すぐに準備をはじめた。
鼻歌交じりで尻尾が揺れて、楽しそうだ。
ガレットのレシピを買って、獣人の女の子の窮地を助けたのは間違いじゃなかったと思う。レシピの活用法は思いついてないけど。テナントで入ったらどうすんだこれ。
「……ま、まあ、フードコートをオープンする時にでも使うかもしれないし。それにほら、よそに買われないための防衛的な。うん、それで行こう。ギルド長に突っ込まれたらひとまずそう言っておこう」
「ナオヤさん?」
「いえなんでもないです。さて、じゃあ俺はサポートに入りますね。あの子を連れてきてくれてありがとうございました、行商人さん。試験販売のアイデアも」
「お役に立てたようで何よりです。では私は試験運転に戻りましょう」
「はい、引き続きよろしくお願いします」
馬の手入れと馬車の点検を終えて、行商人さんが御者席に戻る。
手綱で合図すると、馬車はすぐに動き出した。
「あっ。そういえば、ガレット売りの女の子の名前を聞いたのに、また行商人さんの名前聞き忘れた……一家まるごと」
俺の独り言は、ガタガタ言う馬車の音にかき消された。
あと張り切ってお惣菜を売るクロエと、騒がしい冒険者たちの声に。
コレットの準備はお昼前に終わって、昼のピークに間に合った。
「た、大変だぞナオヤ! アレでは売り切れてしまう!」
「いいことだろなんでショック受けてんだクロエ」
「売り切れてしまったら! 私が味わえないではないか! ああっ、デロッと濃厚な液体をあれほど大量にぶちまけて!」
「言い方言い方ァ! ガレットにジャムかけただけだろ! 食い意地といつもの妄想のせいで変な感じになってるぞ!」
各種カツ、ハンバーグ、ビーフシチュー、派生のカツサンドにハンバーガー。
これまでアイヲンモール異世界店で売ってきたお惣菜は油っこいものが多い。
果実のジャムをたっぷりのせたガレットは、よく売れている。
冒険者には食後のデザートがわり、商人や御者には軽食になってるっぽい。
「うん、これなら大丈夫そうだな」
コレットの姿は、街で見かけたのと同じ立ち売りスタイルだ。
駅弁やビールの売り子さんみたいに、首からさげた紐とお腹でトレイを固定して、イスとテーブルの間をくるくる動きまわって販売してる。
さっき「獣人だから」って遠慮してたけど、お客さまが気にした様子はない。
「はあ? 耳と尻尾の毛が抜けて料理に入る? 外で食ってんだ、毛なんて気にしねえよ。ほれ見ろこの手を。汚れてんだろ?」
「ほんとだ……えへへ、ありがとうございます」
いや手は洗ってください。アイヲンモールにはキレイな水があるんで。
「そうそう、毛がなんだってんだ。別にモンスターが毒を入れたわけじゃねェんだからよ」
「ふふ、そうですね……ありがとうございます!」
お惣菜はモンスターが作ってます。毒は入ってませんけど。
「だいたいよォ、そんなこと気にするヤツが呪われた街に住めるかって」
「はは、違いねえ。ってことで獣人の嬢ちゃん、俺にも一つくれ!」
「ありがとうございます!」
あっアンナさんが落ち込んでる。元気、元気出して! ほら黒いオーラ漏れてる!
冒険者も商人も、コレットが思うより「獣人」なことを気にしてない。
ずっと街にいる人と、外に出て危険が身近な人とでは考え方が違うんだろうか。
「うむうむ、コレットは気にしすぎなのだ! 私はエルフだからといって差別されたことはないぞ? 『失格エルフ』とは言われるがな!」
「それはそれでどうかと思う。クロエが気づいてないってだけの話かもだし」
「私が見ている印象ですが、あの街は階級意識が薄いと思います。ただ、少し値の張る飲食店だと、従業員として雇うのは敬遠することもあるようですね」
「はあ、なるほど。やっぱり抜け毛の問題で」
「おそらくは。ナオヤさんは気にされないのですか?」
「まあ、調理場に入る時は着替えて帽子をかぶってもらえば問題ありませんよ。普段は三角巾をかぶって尻尾をしまってるようですし。ときどき出てますけど」
「むっ、ナオヤは細かいのだな!」
「衛生観念が日本と違うっていっても、最低ラインは守りたいからな。そのうえで毛が入ってたら謝るしかないけど」
どれだけ対策しても入るんだよなあ。
それに、いま売ってるお惣菜はこっちで作った陶製の容器を使ってるからフタしても隙間があいてたりするし。
「髪の毛の混入を気にするなら、それこそ全身を処理して、全裸で、髪の毛も剃って——」
「ナ、ナオヤは変わった趣味があるのだな。泣き叫ぶ私を拘束して! 『くふふ、どうだ恥ずかしいだろう?』と笑いながら私を辱め! くっ、殺せ!」
「どんな妄想だよ。ノーマルだから。俺はいたってノーマルだから」
クロエの発想がだんだん変態じみてきた気がする。
「あの、ナオヤさん? その、みんなは毛がなく」
「……。そういえばあとは俺が剃れば混入対策はばっちりでしたね。ウチの調理場は俺とスケルトンしかいませんでしたね。骨には毛がないもんなあ」
現実逃避してぼんやりと、働くコレットを見つめる。
場所代を払うようになったせいで生活は苦しいらしい。
それでも。
ガレットを売るコレットは、楽しそうに接客していた。
試験販売初日なのに、接客も販売もしっかり戦力になっていた。
なんなら味見って名目で試食してもらったお惣菜各種も「すっごくおいしいんですよ!」って売り込んでくれていた。
……ウチの従業員の一部より頼りになるんですけど。表に出せるし。





