第八話 へ、へえ、そうなんだ、獣人さんと人族のカップルね、うん、まあ違いは尻尾ぐらいみたいだしそういうことも
「よし、あとはしばらく煮込むだけだな。ん?」
俺が店長になってから18日目のアイヲンモール異世界店。
開店時間の8時前から調理場にこもって、ようやく『ドラゴンセール』の仕込みがひと段落した。
まだやることは多いけど、あとは鍋の様子を見ながらだなーと思って顔を上げる。
と、エプロン付きスケルトンが俺の肩を叩いた。
「どうした?」
俺の顔を覗き込んでくる。
下顎を動かして歯を鳴らして、身振り手振りするたびに骨が鳴る。
「って聞いても答えられないか。俺はまだこっちの文字を読めないしなあ」
24時間働けて単純作業を任せられるスケルトンたちは、アイヲンモール異世界店になくてはならない存在だ。
豪奢な鎧で飾り付き兜のスケルトン隊長に率いられたスケルトン部隊は、周囲の森を見まわる警備を担当して、安全を確保してくれている。
エプロン付きスケルトンたちは店内の清掃、それにこうやって、調理とか簡単な作業を手伝って——
「あ、『見ておくだけだし何かあったら呼ぶから、ここは私たちに任せて』ってこと?」
聞くと、スケルトンはコクッと頷いた。カチャッと頷いた。
「ありがとう。んじゃ俺は表で仕事してくる」
言うと、スケルトンは手を振った。骨を振った。
軽く目礼して調理場を出る。
目の前は生鮮品売り場だ。って言っても、ストッカーは空だしそもそも電源が入ってない。
売り出した時から変わらず、お惣菜は外で販売してる。
クロエが肉屋から仕入れてきた肉も、冷蔵ストッカーごと外に出してその隣で。
野菜もそこで売ってるし、海鮮は仕入れてない。
いちおう、棚には日本から持ち込まれた商品が並んでるんだけど、販売は開始されてない。
ガランとした生鮮食品売り場がちょっと寂しい。
「はあ。テナントも入れたいけど、やっぱり最初はこっちかなあ。スーパーが充実すれば、毎日来てくれる常連さんもできるし」
誰もいないアイヲンモールのスーパーを歩きながら呟く。
日本では、営業中にスーパー部門が無人になることはない。
ノーゲストって意味でも、スタッフの見まわりって意味でも。
違和感だらけの光景に馴染んでたことに気づいて、それじゃダメだと気を引き締める。
「まあスケルトンと意思疎通してたけどな! すっかり異世界に馴染んでたけどな!」
それに、外の特設売り場には従業員もお客さまもいる。
自動ドアのガラス越しに、笑顔で接客するクロエとアンナさんと、重そうな荷物を抱えたバルベラの姿が見える。
カツサンドやハンバーグをおいしそうに頬張るお客さまも。
「よし、がんばろう。あれを日常に、もっとお客さまを増やして、満足を提供できるようにがんばろう。そうだ俺、前向き、前向きに」
言いながら、自動ドアを通り抜ける。
……いや異世界で自動ドアってなんだよ。
魔法的なアレを使って発電してることにも慣れたけどさあ。
電気も水道もガス代わりの魔導コンロもありがたいんだけどさあ。
慣れって怖い。
異世界に建物つくって電気水道燃料を用意したアイヲンモール怖い。
「クロエちゃん、こっちにハンバーガー2つとカツサンド1つ!」
「私はいつものビーフシチューをお願いします」
「出たな泥水好きの変わり者! ほんと魔法使いってヤツは変人ばっかりで」
「おう、ハンバーグだ。3つな。ぜんぶ『でみぐら』で」
「ふん、シロウトどもめ。アンナちゃん、俺はビーフシチューとハンバーグを1つずつな。そんでシチューの中にハンバーグを入れてくれ!」
「おいおいなんだそれ裏メニューかよ! 俺もそれ頼む!」
お昼にはまだ早いけど、立ち寄った冒険者たちには関係ないらしい。
みんな、ばんばん注文してがんがんお惣菜を買っていく。
イスとテーブルを並べただけのイートインスペースは、もうそこそこ埋まってた。
「この感じだとお酒も売れそうだけど……刃物持った冒険者を酔わせるのはなあ」
クロエとアンナさんとバルベラは「大丈夫だ」って言うけど、いまいち踏ん切りがつかない。
お酒を売るなら持ち帰り限定だな、なんて考えてると、一台の馬車がやってきた。
アイヲンモール異世界店の正面入り口前のロータリーで停まる。
「おやナオヤさん、ちょうどよかった」
「あ、おかえりなさい行商人さん。どうしました? 道中か街で何かありましたか?」
街とアイヲンモール異世界店間の無料送迎馬車の試運転をしていた行商人さんが、ひらりと御者席から降りてきた。
でっぷりしてるけど身軽だ。
魔法は使えないらしいから素の身体能力でこれだ。異世界怖い。
「街の門前広場で見かけましてね」
「あの! こんにちは、店長さん!」
「ガレット売りの女の子? こんにちは。どうしたのかな? ひょっとしてウチのテナントに入ってくれるって決断を」
「待ってくださいナオヤさん。彼女はアイヲンモールの実物を見たことがないそうで、だったらということで私がなかば強引に連れてきてしまったんです。申し訳ありません」
「あ、そういうことでしたか。ありがとうございます行商人さん。むしろ俺こそ気が利かなくて申し訳ありませんでした。見たこともないんじゃ決められないよな、ごめんね、えーっと」
「コレットです!」
「ごめんね、コレット」
「よ、呼び捨て、わた、私が、男の人から、呼び捨て」
「ごめんごめん。コレットちゃん、いや、テナントに誘っておいてそれじゃ失礼だな。たびたび申し訳ありません、コレットさん」
「いえ! 呼び捨てでいいです! 呼び捨てがいいです!」
「そ、そう? じゃあコレットで」
「はいっ!」
ガレット売りの少女、もとい、コレットはニコニコして嬉しそうだ。
どこか犬っぽくて、ぶんぶん振れる尻尾を幻視した。
シェットランドシープドックみたいなふわふわの尻尾の幻……まぼろし? んん?
「あの、コレット、うしろのそれは? 尻尾? のアクセサリーかな?」
「あっ! 私、獣人なんです……その、ダメでしたか?」
「いやダメってことはないけど。でもお母さんは痩せてたけど人間? 人族? だったような」
「はい、お母さんは人族です! 死んだお父さんが犬獣人だったんです!」
「へ、へえ、そうなんだ、獣人さんと人族のカップルね、うん、まあ違いは尻尾ぐらいみたいだしそういうことも」
「あの、尻尾だけじゃなくて、耳も……」
ご機嫌そうに振られていた尻尾がしおれて、コレットが頭の三角巾をおそるおそる外す。
頭の上の方から、三角の犬耳が現れた。
ぺたっとしてる。
「ああ、この世界の獣人さんは耳と尻尾ありのタイプなのかな? 特に問題ないよ、だからそんなに怯えないで」
なにしろウチの従業員の方がアレだし。エルフとドラゴンとリッチだし。
人間は日用品販売にテナントで入ってくれた行商人親子だけだし。
耳と尻尾がついてる? ぜんぜん普通です。
表に出られるならなんの問題もありません。アンデッドぉ……。
「えへへ、ありがとうございます……」
コレットがはにかむと、しゅっとしおれてた尻尾も耳もピンとなって、尻尾はゆったり揺れ出した。
何これわかりやすい! 異世界怖くない!





