第七話 さすが初めての人間で優秀な常識人! ほんとよかった、いやみんな優秀なことは間違いないんだけど人間じゃなかったり常識がなかったりするから!
俺が店長になってから18日目のアイヲンモール異世界店。
身支度をして外に出ると、正面入り口前のロータリーに行商人さんがいた。
でっぷりした体を揺らして、馬車の点検をしてるらしい。
「おはようございます」
「おはようございます、ナオヤさん」
「朝イチから動かすつもりですか?」
「はい、今日は何度か往復するつもりです。無料送迎馬車を一日何往復させるのか決めようと思いまして」
「ありがとうございます! さすが初めての人間で優秀な常識人! ほんとよかった、いやみんな優秀なことは間違いないんだけど人間じゃなかったり常識がなかったりするから!」
俺もか。
そもそも俺、この世界の人からしたら「異世界人」で常識知らないからなあ。
「あ、あの? ナオヤさん?」
「おはようございます、行商人さん。娘さんの様子はいかがですか? それと、気にしないでくださいね、ナオヤさんはときどきこうなるんです」
「は、はあ……。おかげさまで娘はすっかり元気になったようで」
「本当に、よかったです。ただまだ無理させないでくださいね?」
「もちろんですとも!」
顔を上げると、アンナさんが行商人さんに話しかけていた。
アンナさんと手を繋いだバルベラは、反対の手でお尻をさすっている。
「……おはよ」
「おはようバルベラ、アンナさんもおはようございます。うん? どうしたバルベラ、ってそうか、そろそろ」
「むっ、ここにいたのかナオヤ! 屋上に来れば精霊剣エペデュポワの斬れ味を見せてくれたものを! まあ私の剣の腕があってこそなのだが! 聖騎士の! この私の!」
「はいはい、おはようクロエ。早朝からハイテンションだな。エルフって物静かなイメージなんだけど」
「ふふん、私はほかのエルフとは違うのだ! たとえナオヤに『静かにしろ』と手で押さえられようと! 騒ぎ立ててそのせいでナオヤはさらに興奮して荒々しく私を、くっ、殺せ!」
「もうそれ言いたかっただけだろ。むしろされたいと思ってるだろ」
いつものクロエの、飛躍した妄想をさらっとあしらう。
一緒に働きだしてから18日目、まだ三週間弱だけどいい加減クロエにも慣れてきた。
「それで『ドラゴンセール』用の尻尾はどこに?」
「屋上で斬って処理してから、みんなに調理場まで運んでもらいました」
「ありがとうございます。んじゃ俺は今日のうちに仕込みだな。あとは、送迎馬車の試験運用の護衛を——」
アイヲンモール異世界店の従業員をチラ見する。
クロエ。
戦闘力は問題ないけどちょっと抜けたところのある「ポンコツ騎士」「失格エルフ」だ。
アイヲンモール異世界店から最寄りの街まで、往復一時間の護衛ならイケる気もする。
バルベラ。
戦闘力は問題ないけど見た目10歳の女の子でドラゴンだ。
モンスター相手ならともかく、ならず者への「抑止力」にはならないだろう。
アンナさん。
戦闘力は問題ないけど高位のアンデッドでリッチだ。
魔法で姿を変えてるから街にも入れるけど正体がバレたらマズい。
着ぐるみゴースト、エプロン付きスケルトン、スケルトン隊長、鎧姿のスケルトン部隊。
それぞれ働いてくれてるけど見られたらだいたいアウトだ。討伐対象だ。
「護衛としての戦闘力は問題ないのに問題だらけなんですけど! アイヲンモール異世界店の従業員が護衛に向いてなさすぎるんですけど!」
「は、はは、大丈夫ですよナオヤさん。私は護衛なしで行商してたぐらいですからね、この近辺のモンスター程度、一人で倒せます」
「ありがとうございます行商人さん……常識人で営業力あって戦えて人前に出られて、ほんと頼りになりますぅ……」
テナント募集よりも先に、求人を出すべきだったかもしれない。
「むっ、ナオヤ、農家のおばちゃんたちが来たぞ! さっそく手伝ってこよう!」
「……持つ」
「では私は試験運行をはじめますね。さて、無理のないペースだと何往復できるか」
「ふふ、ナオヤさん、みんなにはナオヤさんの言うことを聞くように伝えておきます。『ドラゴンセール』の仕込み、がんばってください」
俺が落ち込んでる間に、クロエもバルベラもアンナさんも、行商人さんも動き出した。
自発的に行動できてほんと優秀すぎる。
「はあ。よし、がんばるか。行商人さんみたいな常識人がテナントで入ってくれるかもしれないし! とりあえずガレット売りの女の子に期待だな!」
前向き、前向きに。
自分に言い聞かせる。
なんか異世界に来てから——送り込まれてからクセになった気がする。
過酷な環境は、人をポジティブ思考に変えるみたいです。
前向きにならないとやってけないからなあ! ハードすぎませんかね株式会社アイヲン!





