第三話 いまそのアイヲンモール異世界店の店長で責任者は俺なんだけどなあ!
アイヲンモール異世界店の営業が始まった。
でも伊織さんが言っていた通り、「スーパー部門の一部」だけの営業だ。
俺は封鎖されたドラッグストアのスペースに身を隠して、開店準備と営業開始をこっそり覗いていた。
「これで営業する……だと……?」
イライラと衝撃を押し隠しつつ、覗いていた。
営業している「スーパー部門の一部」は、生鮮食品だけらしい。
さっき農家のおばちゃんたちが荷車に乗せて持ってきた野菜が中心だ。
というか、おばちゃんたちが持ってきたものをおしゃべりしながら陳列して、それだけで営業がはじまった。
「前途多難すぎるだろこれ……むしろこれなら営業しない方がいいまであるぞおい」
おばちゃんたちは陳列したあと、前店長のクロエとしばらく談笑して、帰っていった。
生産者兼品出しパートってことだろう。
いまは前店長のクロエがぼーっと店内を見まわりしてる。
「生鮮だけで、日本から持ち込まれた食品は売ってないみたいだし……」
インスタント食品や調味料、お菓子、キッチン雑貨——アイヲンのスーパー部門で売ってるのはとうぜん生鮮食品だけじゃない。
でも日本から持ち込まれた商品が並ぶ棚は、通路にロープが張られて立ち入れないようになってた。
俺が隠れてるドラッグストアも園芸品コーナーも立ち入り禁止で、衣料品が並ぶ二階売り場と家具や家電、オモチャ、文房具を売ってる三階売り場への階段もロープでふさがれている。
もちろん空のテナントスペースとフードコートも。
「これじゃアイヲンモールの意味ないだろ。産地直送の朝採り野菜はいいけどさあ」
一人頭を抱える俺、このアイヲンモール異世界店の店長ですべてを一任された責任者、谷口直也24歳。
前店長でエルフの騎士っぽいクロエは、ご機嫌で野菜の汚れを落としたり並べ替えたりしてる。能天気か。
俺は、昨夜チェックできなかった資料に視線を落とす。
そこにはアイヲンモール異世界店の状況が簡単にまとめられていた。
店舗前の土の道は街まで続いているらしい。
最寄りの街までは馬車で30分、徒歩で1時間ほど離れているそうだ。そこそこ遠い。
ここから街までの道の間には農地が広がっているようだから、さっきのおばちゃんたちはそこの農家だろう。
朝から農作業してアイヲンモールに売り物を持ち込んで、一休みして帰って農作業を再開する。
アイヲンモール異世界店に野菜を卸すのはちょっとした小遣い稼ぎってところか。
街から徒歩で1時間。
とうぜん、お客さまが多いわけがない。
午前中に来店されたお客さまは商人っぽい家族連れが一組、同じく商人っぽい人と護衛っぽい人が何組か。
それに、革鎧を着て武器を持った戦士? 戦う職業の人? が何組か。騎士ではないようだし、冒険者ってヤツだろうか。
お昼近くになると、パタリと客足が止まった。
まあ午前中の来客数も数えるほどだったけどね!
馬車を使っていたのは商人だけだったし、街からの距離はけっこうな障害なのかもしれない。
日本のアイヲンモールなら、車で1時間かけて来店されるお客さまもいるのに。
「今日の売上はいくらになるのか。ヤバい。月間一億円、日に均して334万円を達成できる気がしない」
アイヲンモールの外に出てベンチに座る。座り込む。
昼メシがわりに、お客さまがこぞって買っていった野菜をかじる。
こぞって買っていったって言っても、一人一つか二つで爆発的に売れたわけじゃない。
「あ、うまい。瑞々しくてスッキリした甘みとシャリシャリの食感がおいしい。瓜系の野菜かな。皮は食べられないか」
用意していたゴミ入れに、ペッと皮を吐き出す。
クロエから「皮は食べられない」と聞いてたけど、いちおう口に入れてみた。
ポンコツなクロエを信用しなかったわけじゃなくて。
「今度、おばちゃんたちの農地も見に行ってみるか。土を確かめないとなー」
生産地の土壌、使われた水、農薬の有無や種類、野菜の出来。
アイヲンモールで扱う野菜は、すべてチェックされて初めて売り場に並ぶものだ。
海外店なんかは安全な野菜を探すのが大変で、何時間も道無き道を車で走破して探したとか、農地の土さえ口に入れて安全性を確かめたなんて話も聞く。
俺にそこまでの能力はないけど、まあそこはスーパー部門で三年働いた実績と、これでも農家の孫なわけで。
「でも野菜と見せかけて実はモンスターだったりして! 倒して得た素材だったりモンスターの体の一部だったりして! ははは、って笑えないから!」
頭を抱える。
瓜系野菜をシャリっと口にする。
おいしい。
この食味と糖度なら、冷やして食べるのも合いそうだ。
俺はぼんやりと駐車場に目を向ける。
ベンチのまわりはレンガ風の歩道で一段下がってアスファルト、ちょっと離れると土になってる駐車場。
駐車場のほとんどは舗装されてないむき出しの土だ。
道から正面入り口まではアスファルトになってて、ロータリーとお客さまの降車場がある理由は午前中に気付いた。
これ、馬車用の仕組みだ。
仮に道がぬかるんでても、敷地内に入れば店舗入り口まで快適に進める。
乗って来た商人は降車場で下りて馬を外し、荷台はそのまま置きっぱなし。
馬はロータリー横の噴水に連れていかれて、水を飲ませたり手入れされてる。
「いやあ、この水場は素晴らしいですねえ」
「ありがとうございます。この後はどこに行かれるんですか?」
「隣町に行って、持ち込んだ品を青空市場で売るんです。私は店舗を持たない行商人ですから」
「はあ、隣町。ここからどれぐらいかかるんでしょう?」
「馬車でゆっくり三日です。この水場がもう少し街から離れた場所か野営地にあるとありがたいんですけどねえ。妻も娘も気に入ってますし、休憩には最適です」
「はは、さすがに移動はできませんから」
いや休憩場所じゃねえし! 買い物するところだし!
そんな言葉を呑み込んだ俺は接客のプロと言ってもいいかもしれない。よく言わなかった俺。
ベンチに座る俺に話しかけてきたのは、さっき野菜を買ってくれた商人だ。
奥さんと子供はトイレに行ってて手持ち無沙汰だったんだろう。
「では、私はこれで。また利用させていただきますね!」
奥さんと子供がアイヲンモールから出てきたのを見て、行商人は水浴びしてご機嫌な様子の馬を連れて馬車に向かう。
「またのお越しをお待ちしております!……次は休憩目的以外で」
後半は聞こえないように口の中で、でもつい言ってしまった。
わかってる。行商人親子が悪いわけじゃない。
アイヲンモール異世界店が休憩場所と水場とトイレとしか考えられていないのは、魅力的な商品がないからだ。
瓜系野菜は家族三人分買っていってくれたけど、場所代とでも思ってるんだろう。
街でも手に入るだろうし、行商人がそれを知らないわけないから。
「はあ。早いとこ街に行って、街の様子を見てみなきゃなあ。街でも売ってる商品をここで売ったって、わざわざ買いに来ないだろ。マーケティングどうなって……前店長はクロエ、あのポンコツエルフかあ……」
ぐてっとベンチに体重を預ける。
お客さまに見られたらどうするのかって?
大丈夫大丈夫、あの行商人一家が出発したいま、敷地内にお客さまはいないから!
アイヲンモール異世界店、ただいまノーゲストです!
この時間にお客さまがいないアイヲンモールなんて初めて見ました!
「いまそのアイヲンモール異世界店の店長で責任者は俺なんだけどなあ!」
俺の苦悩の叫びは、異世界の空に吸い込まれていった。