第一話 私の馬車が、お客さまを運ぶ足になる。私も妻も娘も……コイツも、満足してると思いますよ
「行商人さん、本当によかったんですか?」
「ええ、かまいませんよ店長さん。ちょうど自分の店を構えようと思っていたところだったのです」
俺が店長になってから16日目のアイヲンモール異世界店。
午前中からお昼のピークを終えて、俺は行商人さんと一緒に、店舗の裏手で作業を進めていた。
「中古として売っても二束三文ですから。これからも役に立ってくれることを思えば」
そう言って、行商人さんはそっと木肌を撫でる。
変態、なわけじゃないだろう。
行商人さんにとっての「大事な相棒」に別れを告げているだけだ。
それか、「新天地でがんばれ」とエールを送っているのか。
「ナオヤ、運んできたぞ! コレをどうするんだ?」
「ありがとうクロエ、バルベラも」
クロエとバルベラが運んできたのは、背もたれ付きの木製ベンチだ。
三人掛け、詰めれば四人で座れるかもしれない。
けっこうな大きさなのに、二人で一つどころか一人で二つずつ運んでくる。
「……軽い」
「軽いんだ。そのサイズはけっこうな重さだと思うけど」
細身のエルフだけど騎士でもあるクロエ、見た目10歳だけどドラゴンなバルベラにとっては軽いらしい。
異世界は見た目が信じられなくて、何度見ても違和感がある。
「はあ。本当に、アンナさん配下のスケルトンはすごいですねえ……」
でも、行商人さんが気になったのはそこじゃないらしい。
クロエとバルベラに続いて、スケルトンたちが近づいてきた。
大工道具を持って。
「お疲れさまでーす。あ、エプロン付きスケルトンの方じゃないんだな。作ってくれたのはスケルトン部隊の方だったか」
「そうですナオヤさん。こちらは工兵のみなさんです」
「いるんだ工兵。隊長は騎兵だし充実してるなスケルトン部隊! まあ成り立ちを考えたら当然、なのか?」
アンナさん配下のスケルトン部隊は、もともと街を守る軍隊だった、らしい。
エプロン付きスケルトンたちは看護師や主婦のみなさんで、大工仕事ができるのは鎧を装備したスケルトン部隊の方みたいだ。
「ではさっそく取り付けましょうか、店長さん」
「本当にいいんですね?」
「かまいませんとも。私の馬車が、お客さまを運ぶ足になる。私も妻も娘も……コイツも、満足してると思いますよ」
そう言って、行商人さんはそっと木肌を撫でた。
「……わかりました。じゃあ、馬車の改造を進めましょう」
「ナオヤさん、専門外ではありますが、書物で得た知識もあります。私もお手伝いしますよ」
「お願いしますアンナさん」
「ナオヤ、私は何をすればいいんだ? 私も手伝うぞ!」
「クロエは店舗の留守番を頼む。アイドルタイムって言っても、お客さまが来ないとは限らないしな」
「えっ。ナオヤ? そ、その、私の精霊剣エペデュポワなら木材なんて一振りで……はっ! これが『放置ぷれい』というヤツだな! 焦れて耐えきれなくなったところでナオヤは私をッ!」
「しないから。もう木材のカットは終わって取り付けと改良だけで、クロエの出番はないだけだから。あ、さあはじめるぞスケルトン部隊」
「わ、私はアンデッドに負け……いや違うぞ私、アンナのアンデッドがすごいだけで聖騎士たるこの私が単なるアンデッドに負けたわけでは……」
「ああ、バルベラも戻っていいぞ。ありがとうな」
ちょこんと立っていたバルベラの頭を撫でる。
バルベラはくすぐったそうに目を細めて微笑んだ。
「……わかった」
「ナ、ナオヤ? 私とずいぶん扱いが違うのではないか? ま、まま、まさかナオヤは『ろりこん』というヤツで」
「よしクロエ、黙って仕事に戻れ。あと俺ロリコンじゃないから。ちゃんと大人の女性が好きだから」
「ナオヤさん? その、いまのは告白で」
「いえちょっと、アンナさんはアンデッドですしそれに大人すぎると言いますか、そもそも職場恋愛、しかも店長と店員のって厄介なことになり——」
アンナさんの微笑みはいつもと変わらなかったけど、目が違った。
俺をからかってたらしい。
「あああああ! 面倒くさい! なにこの従業員たち! 頼れるし優秀なのにクセが強すぎるんですけど!」
頭を抱える俺をよそに、行商人さんとスケルトン部隊は木製ベンチの取り付け作業をはじめた。
アンナさんは素知らぬ顔で馬車のチェックをはじめて、クロエとバルベラは手を繋いで正面出入り口に向かう。
アイヲンモール異世界店の従業員は、今日もマイペースです。
…………あれ、行商人さんまで馴染んでるんですけど。常識人枠だと思ったのに。
ひとまず、簡単にできる馬車の改良とお客さま用の木製ベンチの取り付けは終わった。
暗くなってきてからは、アイヲンモール異世界店の一階の吹き抜けで作業を進めていた。
お客さまはここまで来ないし、広さも充分だから。ちょっと作業の音が漏れても日本ほどうるさくないし。
「さあ、試運転だなナオヤ! 護衛は私に任せるといい!」
閉店作業を終えて、今日もアイヲンに泊まることにしたらしいクロエが意気揚々とやってきた。
送迎用馬車が気になるのか、それとも。
「いや、今日は駐車場で動かすだけだ」
「むっ? ではなぜ高値で売れそうなクッションまで用意したのだ? 護衛ついでにちょっと乗り心地をだな」
「ドラゴンセールが近づいてきたし、できることはできるうちにやっておかないとな」
「それはそうだが……」
「今日は駐車場で動かしてみて、問題なければ明日、街まで試運転する。護衛はその時に頼む」
「おおっ! うむ、わかっているではないかナオヤ! 護衛はやはりスケルトンではなくエルフで聖騎士のこの私が! やらなければな!」
胸を張って、大工仕事に活躍したスケルトン部隊を睨みつけるクロエ。
どうだ、私の方が役に立つだろう! といわんばかりだ。アンデッドと張り合ってるのか。
……アンデッドが人目に触れてもOKなら、不眠不休のアンデッドに勝てない気がする。アンナさん配下のスケルトンたちはやたら優秀だし。
とりあえず、クロエはスケルトンに馬車の護衛役を取られないか気になってたみたいだ。
「ああ、頼りにしてるぞクロエ」
「なっ!? ナオヤが私を頼りに!? ななな何が目的だ! カラダか、褒めて乗せられたって私はカラダを許すような安い女じゃないぞ! でもちょっとドキッとしたっていうか」
「はいはい。さて、今日の売上はっと」
いつものように妄想が暴走したクロエを無視してレジに向かう。
レジには、アンナさんとバルベラ、行商人さん、行商人さんの奥さんが集まっていた。
実際のレジ締めを終えたアンナさんが、三人に手順を教えているらしい。
行商人一家はテナント扱いだけど、締め作業そのものに興味があったみたいだ。
「そのまま続けてください」とアンナさんに一声かけて、俺は今日の売上を確かめた。
俺が店長になってから16日目のアイヲンモール異世界店の営業が終わった。
来客数、133人。
売上、273,000円。
昨日に続いて、今日も客数は伸びなかった。
近くで暴走したモンスターは昨日のうちにバルベラパパとママに倒されたけど、安全だと確信するには時間がかかるんだろう。
この程度の忙しさなら、20日目のドラゴンセールまでに往復馬車の仮運用がはじめられそうだ。





