第八章 プロローグ
俺が店長になってから16日目のアイヲンモール異世界店。
午前中からお昼にかけてのピークを終えて、店内にはお客さまがいなくなった。
昨日の宴会明けで野営していた冒険者たちももういない。
「ナオヤ、話とはなんだ? わざわざみんなを集め……はっ! まままさかナオヤは見られて興奮するニンゲンだったのか!? ふふ不潔だぞナオヤッ!」
「よし黙って座れクロエ。そんな趣味もないし変態扱いされて喜ぶ趣味もないから」
アイヲンモール異世界店の前店長で聖騎士のクロエはあいかわらずだ。
黙っていれば美人なエルフなのに、発想が残念すぎる。
クロエは生鮮食品コーナーと、中食を狙って売り出したお惣菜コーナーの担当だ。
アイヲンモール異世界店はまだテナントスペースも営業していない状態で、クロエは主力と言えるだろう。
「すぐエロ方面の発想に飛ぶけど、中身は優秀なんだよなあ」
「ナオヤさん、それで何の用でしょうか? 近づいてきた『とおか! はつーかさんじゅーにっちどらごーんせーるっ!』の件ですか?」
「そうですね、もうすぐ『ドラゴンセール』ですけど今日はその話じゃないんですアンナさん」
正面入り口の前に設置した屋外イートインスペースのベンチにクロエが座る。
横にはアンナさんが座っていた。
回復魔法が使えてこの世界の薬を作れるアンナさんにはドラッグストアコーナーを担当してもらっている。
いつもにこやかで優しくて頼れるお姉さんっぽいけどアンナさんはアンデッドだ。しかも高位のアンデッドで『死者の王』、リッチらしい。
「まあ、害をなすわけじゃないし、むしろ治らない『赤死病』を治して人を助けてたからそこは気にしてないけど。……あー、たしかにそろそろ『ドラゴンセール』の仕込みも必要ですね」
「……尻尾、切る?」
「あとにしようバルベラ。まだ昼間だから。見られると困るから」
アンナさんの横にはバルベラも座っていた。
こてんと首を傾けて、俺に物騒なことを聞いてくる。
見た目10歳ぐらいの女の子だけど、バルベラはドラゴンだ。
『ドラゴンセール』の目玉商品、ドラゴンステーキとドラゴンテイルスープ、それに調理用のドラゴン肉は、ドラゴン形態に戻ったバルベラの尻尾を使っている。
ドラゴンは幻想種で、魔力が回復すれば尻尾は何度でも生えてくるらしい。
いまのところバルベラの担当コーナーはなく——
「あれ、肉を提供してもらうための従業員ってなんか猟奇的な気がしてきた。大丈夫、普通に品出しやってもらってるし。そうだ、バルベラパパママが運んでくれた遠方の品を売り出す時はバルベラの担当に」
考えはじめた俺の視界は、ウサギの着ぐるみにさえぎられた。
着ぐるみの黒い瞳がじっと俺を見つめてくる。
いや黒い瞳は飾りで、中にいるゴーストが俺を見つめてくる。見つめてくる? ゴーストだから目はないわけで、なんとなくそんな感じがするだけだ。
アイヲンモール異世界店は、アンナさんの配下のスケルトンやゴーストも働いている。
エプロン付きのスケルトンたちは主に店内の清掃を、鎧を着たスケルトンはスケルトン隊長に率いられて周辺の警戒を担当している。
不眠不休のアンデッドたちのおかげで店内はキレイだし、アイヲンモール異世界店がモンスターに襲われることもほとんどない。
「おや、私たちが最後でしたか。遅くなりました、店長さん」
「いえ、気にしないでください、行商人さん。特に時間を決めてたわけじゃありませんから」
俺に声をかけてきたのは、日用品コーナーでこの世界の商品を販売している行商人さんだ。
不治の病『赤死病』に冒された娘さんをアンナさんが助けて、いまは奥さんと娘さんと三人でアイヲンラウンジで仮住まいしている。
いちおう日用品コーナーはテナント扱いで、仕入れも販売も行商人さん任せだ。
行商人さんの後ろには、体調が安定してきた娘さんと奥さんがいる。
俺を入れて四人、テナントまで入れると七人。
これが、いまのアイヲンモール異世界店の従業員だ。アイヲンファミリーだ。
……リッチとドラゴンを「人」と数えるかは微妙だけど考えてもしょうがないことはスルーする。
「着ぐるみゴーストとスケルトンを入れたらもっと多いけど。お客さまに見せられないしちょっと数えない方向で」
「さあナオヤ、みんな揃ったぞ! 話をはじめよう!」
「まあ、そうだなクロエ。えー、今日はみんなに相談したいことがあって集まってもらいました」
「ナ、ナオヤが私に相談だと? 新作料理の味見か? 肉料理だろうな?」
「違うから落ち着けクロエ、料理の話じゃない。俺の考えはあるけど、この世界で暮らしてきたみんなの意見が聞きたいんだ」
エルフのクセに肉好きなクロエがわかりやすく肩を落とす。あとバルベラも肩を落とす。
アンナさんの微笑みは変わらなくて、着ぐるみゴーストは行商人さんの娘の頭を撫でている。
俺は自由すぎる従業員を無視して話を切り出した。
「一番近い街からアイヲンモール異世界店まで、馬車を走らせようと思う。そうすればお客さまも来やすくなるし、テナントも集めやすくなるだろう」
「馬車? お客さま? ああ、乗り合い馬車を出すのか! なるほど、いいと思うぞナオヤ!」
「へえ、クロエが反応するってちょっと意外だな。そっか、エルフの里からこの近くの街まで旅してきたんだっけ」
「それでナオヤ、乗車賃はいくらにするんだ? 私が護衛をすれば安くすませられるな! そうだ、アンナの配下を御者と護衛にすればさらに——」
「無料で」
「……は? ナオヤ、いまなんて?」
「近くの街からアイヲンモール異世界店まで馬車を走らせる。お客さまの乗車賃は無料で」
「はああああああああッ!?」
「店長さん。それは、このお店を利用された方は無料にする、ということでしょうか? 購入者への特典として」
「それも考えてますが、基本は完全に無料にしようかと思っています。何も買わないお客さまでも、知ってもらうことに意味はあるかと」
「乗車賃が無料……ナオヤさんは変わったことを考えるんですねえ。こちらにない発想は本当に興味深いです」
「ふむ、なるほど。店の存在を知らなければ購入しようとも思わないと。行商が来ると告知するようなものでしょうか」
「……人間は移動が大変」
アンナさんも行商人さんも、驚いてるけど反応は悪くない。
というか二人の理解が早すぎて怖い。
日本のアイヲンモールでは無料往復バスも格安で往復するバスもよくあるけど、この世界にはないはずなのに。
まあそもそもこの世界にはここしかアイヲンモールがないけど。……ないよね?
「待て待て待てナオヤ! 正気かッ!? 乗り合い馬車だって乗ったらお金が必要なんだぞ! タダだと思って乗ったらあとから請求されて払えないと奴隷に落とされるんだ!」
「やけに具体的だなクロエ。さては」
「くっ、卑怯なニンゲンめ! 私が何も知らないのをいいことに! 『奴隷落ちがイヤならカラダで払ってもらわないとなあ』などと! ちょうどよくモンスターが出て倒して素材を売らなければ私は危うく」
「はいはい大丈夫だったのね、よかったなクロエ」
「ありがとうナオヤ! むっ、あの乗り合い馬車が無料だったら、私は危なくなかったのか? つまり無料の馬車はいいことなのか?」
「いや普通の乗り合い馬車は無料にならないだろ。この場合は集客と知名度アップのためにアイヲンモール異世界店が運営するだけで」
考えはじめたクロエに、俺の声は届かなかったらしい。
ともあれ、従業員の反応は悪くない。悪くないと思う。
俺が店長になってから16日目のアイヲンモール異世界店。
ようやく俺は、本格的に売り上げを伸ばす施策に取りかかれそうです。





