第九話 バルベラの感想がひどすぎる。さすがドラゴン、あんなの敵にならないと。シカやクマあたりはけっこう強そうに見えるんだけどなあ
「ふははははッ! バルベラよ、行くぞ! 最強なパパを間近で見るがいい!」
「あのほんと人間の範疇でお願いしますね? 人の姿なら何してもいいってわけじゃありませんからね?」
「大丈夫ですナオヤさん、いざとなれば私が目撃者に魔法を」
「怖すぎィ! アンナさん最近ダークサイドに堕ちてませんか? 洗脳前提とかやめましょうね?」
「私も行くぞナオヤ! いざとなれば私の回復魔法が役に立つはずだ! 聖騎士の! この私の!」
「ヤバいクロエがまともだ。すごくまともだ。ありがとうクロエ」
俺が店長になってから15日目のアイヲンモール異世界店。
駆け込んできた冒険者たちは、モンスターの群れが近づいてきてると教えてくれた。
昨日の夜、ドラゴンの番が上空を飛んだせいで普段は人里離れたところにいるモンスターがパニックを起こし、向かってきたらしい。
「……楽しみ」
「そっかあ、コカトリスやバジリスクやその他諸々のモンスター、冒険者さんが逃げ込んでくるほどのモンスターたちとの戦いは、『楽しみ』で片付けられるレベルなのかあ。ドラゴン怖い」
招かれざるお客さま、いや、襲撃者だからお客さまじゃないか。
招かれざるモンスターどもは、責任を持ってバルベラパパが相手してくれるらしい。
バルベラパパはエンシェントドラゴン、それも『紅古龍』と呼ばれる、レッドドラゴン系統最強の存在だそうで。
バルベラもご両親もアンナさんも、スタスタと余裕で外に向かっていった。
「待て、待ってくれ! 俺たちも戦うぞ!」
「リーダー……そうだな、この店にゃ世話になったからな。うっし、覚悟決めるか」
「俺もやってやる! 見ててくださいアンナさん!」
「ちっ、しゃあねえ。おうお前ら、死ぬんじゃねえぞ」
「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」
外に向かう俺たちを、逃げ込んだ冒険者5人組が追いかけてきた。
なぜかウサギの着ぐるみゴーストも追いかけてきた。
行商人さんは俺たちを見送って、ついてくる様子も心配そうな雰囲気もない。これうすうす正体に気付いてるヤツじゃない? ドラゴンだし負けねえだろ的な。
「お客さま、どうか店内で避難していてください。あとできれば外を見ないように」
「おう店長さん、ソイツは冷てえんじゃねえか?」
「そうだそうだ! 俺たちだってバジリスクの一匹や二匹……は無理だけどよ」
「ここで見捨てちゃ冒険者が廃るってもんだ!」
いや余裕なんで。
というか見られるとマズい可能性があるんで。
むしろジャマなんすよ。
そんなことは言えない。
出かかった暴言を呑み込んでお客さまをなだめる。
「大丈夫です、心配ありません。アイヲンモール異世界店の防衛戦力はなかなかなんですよ? ですからどうぞ店内でのんびりお過ごしください。あとできればお買い物をお楽しみください」
ちょっと言葉遣いが怪しくなったのは、俺も動揺してるからだろうか。
それでもついてこようとする冒険者たち。
どうしたものかと思ったところで、何かを感じた。
なんだかざわっとする気配。
振り返ると、アンナさんが微笑んでいた。
「アンナさん?」
「さあ行きましょうナオヤさん。ほら、冒険者さんたちもわかっていただけたようですから」
「大丈夫。大丈夫。俺たちは大丈夫」
「外に出なくても大丈夫。戦わなくても大丈夫」
「問題ないですね失礼しました」
「お、おい、みんな?」
「のんびりする。俺、のんびりする」
……。
…………。
なるほど、いまのはアンナさんが魔法を使った時の魔力の感じね。
俺にも魔力が宿ったから感じ取れるようになったわけね。
アンナさん怖すぎィ! さすがリッチ、高位のアンデッド!
「どうしたナオヤ? はっ! まさかモンスターの集団に敗北して! 捕らえられてもてあそぶように襲われる私の姿を妄想して! くっ、殺せ!」
「いや勝てるんだろ。あと妄想しただけで『殺せ』って軽すぎだろ」
あいかわらずのクロエにツッコミながら、俺も外に続いた。
エルフで聖騎士のクロエ、アンデッドでリッチのアンナさん、ドラゴンのバルベラ。
加えて、有名な番のドラゴンらしいバルベラのご両親。
外に出ればスケルトン隊長とスケルトン部隊もいる。
この世界のことがよくわかってない俺でさえ、そうとうな戦力だってことがわかる。
アイヲンモール異世界店。
初の防衛戦は、楽勝ムードです。
アイヲンモール異世界店の、広大な土の駐車場。
車がないこの世界ではただの空き地な駐車場の先には森が広がっている。
森の奥の木々が揺れているのは、大型のモンスターがいるんだろうか。
「あら、アレは? アンデッド?……アンナ」
「私の配下のアンデッドたちです。巻き込まれても死にませんが、ブレスの直撃だけは避けていただきたく……」
「うむ、配慮しよう」
最初に駐車場に出てきたのはスケルトン部隊だった。
駐車場の両端のあたりから出てきて、そのまま整列する。
まるで、狩り場に誘導しているかのように。
「……よかった。冒険者さんを外に出さなくてよかった。まだ昼間だしどうかほかの人も目撃しませんように」
心から祈る。
俺のささやかな望みなんて知っちゃこっちゃないとばかりに、駐車場の中央にスケルトン隊長が飛び出してきた。
骨の馬に乗り、兜の飾りとマントをたなびかせて駆けてくる。
追いかけるように、モンスターが飛び出してきた。
スケルトン隊長を追いかける集団の先頭は一角ウサギの群れだ。
いや、よく見ると先頭のウサギには角が三つある。
続けて角をバチバチ光らせるシカの群れ、やたらデカいクマが二頭。
雷角シカと殺人熊ってヤツだろう。
迎撃モードな俺たちを見て、誘導してきたスケルトン隊長は骨の馬を横に走らせて退避した。
「……おいしそう」
「バルベラの感想がひどすぎる。さすがドラゴン、あんなの敵にならないと。シカやクマあたりはけっこう強そうに見えるんだけどなあ」
「ふむ、では食べやすい形で仕留めるとしよう! 消滅させては食せぬゆえな!」
「ええ……消滅させられるんすか……さすがエンシェントドラゴン。異世界怖い。アイヲンモール異世界店の従業員とご家族ヤバい」
おいしそうと言ったバルベラに絆されたのか、バルベラパパは穏便な方法で倒してくれるみたいだ。きっと穏便な方法に違いない。
バルベラパパが両手を顔の前にかざす。
「ふうーッ!」
勢いよく息を吐く音がして。
バルベラパパの口から、光の線が吐き出された。
左右の親指と人差し指の間に作られた三角形の間を通って、線が伸びる。
「おおっ! すごい、すごいぞ! これがエンシェントドラゴン、『紅古龍』のブレスか!」
「アナタ、ブレスをあまり動かさないよう注意してくださいね。それと貫通力も低めで」
「もう驚かない。『紅古龍のブレスか』じゃなくて! とか言わない。人の姿のままのブレスはバルベラで見たし」
光線状のブレスがモンスターに当たる。
スパッと切れてモンスターが崩れ落ちる。
バルベラママの注意が聞こえたのか、細い光線状のブレスで薙ぎ払うことはない。
前に陶器を焼き上げたバルベラのブレスよりよっぽど丁寧なコントロールだ。
「……パパ、すごい!」
「ほんとスゴい。ウサギもシカもクマも瞬殺なんですけど。あ、いまデカい鳥みたいなヤツ、たぶんコカトリス——も関係なく瞬殺だと。ははっ」
「おおおおおッ! コカトリスも! バジリスクも一撃とは! 『紅古龍』の伝説は真実なのだな! 里に帰ったら『この目でブレスを見た』と自慢しなくては!」
「それでいいのか家出娘。黙ってヴェルトゥの里を出てきたんじゃないのか」
「ふははははッ! どうだバルベラ! パパの手にかかればこんな雑魚は一撃だ! パパはすごいだろう? 最強だろう?」
動くモンスターがいなくなって、ようやくブレスは終わった。
冒険者たちが逃げるほどの、戦うのに死を覚悟するほどのモンスターは、バルベラパパにとっては雑魚らしい。
「……うん。パパ強い!」
バルベラはキラキラと目を輝かせてバルベラパパに抱きついた。
デレッと笑うバルベラパパは普通の父親のようだ。見た目だけは。
「……では、みんなには死体を回収してもらいましょうか。食べられるモンスターもいますし、薬に使える素材もあります」
「うむ、任せたぞアンナ! さあバルベラ、今日は宴会だ! ニンゲンよ、おいしい料理を頼んだぞ!」
「そうだ! 頼んだぞナオヤ! 食べたことのない肉が楽しみだ!」
「俺は料理人じゃない、いやアイヲンモールを守ってくれたんだし、それぐらいやりますけどね? なんかクロエと同じ匂いを感じる」
モンスターが人里に手を出さないよう誘導してきたスケルトン部隊は、そのまま回収部隊になった。
今回一番がんばったのはスケルトン隊長とスケルトン部隊かもしれない。
アイヲンモール異世界店前に次々とモンスターの死体が並び、クロエとバルベラとバルベラパパの口からヨダレが垂れ——あ。
「アンナさん、あとは俺たちでやりましょう。まだ陽があるんで。いつ人が来るかわからない、つまりスケルトンを見られるかもしれないんで」
「あら、そうでしたね。私ったらつい」
俺が店長になってから15日目のアイヲンモール異世界店。
初の防衛戦は、戦いらしい戦いもなく瞬殺でした。ドラゴン怖い!