第八話 あっ、姿はそのままでお願いします。見られたら困るんで。お客さまが減っちゃうんで
俺が店長になってから15日目のアイヲンモール異世界店。
エンシェントドラゴンステーキを食べて、俺には魔力が宿ったらしい。
いまのところ自覚症状はない。魔法も使えない。まだ30歳になってないからかもしれない。
「なんという味わいか……店長さん、これはなんの肉ですか? どこで手に入れ——いえ、仕入れ先を聞くなんて野暮でしたね」
「やはり魔力を持つ人間が食べる分には問題ないようですね、ナオヤさん」
「俺が食べて気絶した肉料理を躊躇なく行商人さんに食べさせるアンナさん怖い! たしかにさっき食べ直した時は平気だったけど!」
行商人さんはエンシェントドラゴンステーキをほおばって、あまりのおいしさに涙を流した。
エルフのクロエやリッチのアンナさん、ドラゴン一家が特別なわけではなくて、普通の人間である行商人のおっさんも問題なく食べれるみたいだ。
俺と違って気絶する様子はない。
「魔力は……ナオヤさんが二度目に食べた時と同じように、わずかに強まっていますね」
「へえ、そんなことわかるんですね、さすがリッチ。人体実験にもためらいなくてさすがアンデッド」
俺を、行商人のおっさんを見てふむふむ頷くアンナさん。
アンナさんは変な発想をするポンコツ騎士のクロエより、ドラゴンのバルベラより危ない人だったらしい。そもそも人間やめてる。
「ほう、ニンゲンもうまいとわかるのか! そうだろうそうだろうなにしろこれは我の」
「アナタ」
「……ナイショ」
「おっとそうだったなバルベラ! パパうっかりなんの肉か言ってしまうところだったよハハハッ!」
「おや、こちらはバルベラさんのお父様でしたか。ウチの子が病に倒れた際、バルベラさんにもご協力いただきまして……本当に、ありがとうございました」
「おおっ、そうであったな! うむうむ、バルベラは可愛くて強いだけではなく賢くて優しいのだ!」
頭を下げる行商人のおっさんの肩をばっしばっしと叩くバルベラパパ。
ニマニマと笑顔でめっちゃうれしそうだ。
行商人のおっさんは、その一言でバルベラパパに気に入られたらしい。
「正体を知ったらどうなることやら」
「ナオヤ、それでどうするんだ? この肉と料理はお惣菜で、いや、ドラゴンセールで売るのか!?」
「あー、とりあえず見送りで。安定供給もできないだろうし、価値を知っちゃうと、なあ」
「なんだと!? まままさかナオヤはそうやって渋って! 『食べたければわかってるだろうなあ?』などと私に——」
「ないから黙ってようなクロエ。あとワンパターンすぎてもう読めるようになってきた」
クロエを止めて、談笑する行商人さんとバルベラパパとママを見る。
行商人のおっさんは、赤死病を治した時のバルベラの活躍を語っている。
実際はアンナさんメインでバルベラは血を垂らしただけなんだけど、バルベラの登場や自傷するシーンをちょっと大げさに言っている。
おかげでバルベラパパの心をわしづかみだ。抜け目ない。
ちなみに、行商人一家はバルベラがドラゴンなことも、バルベラパパとママの正体も知らない。
『血が薬になる』のを見たことで普通の人間じゃないことは気付いてるだろうけど、娘の恩人だからって流してくれてるみたいだ。
アンデッドも許容してくれたぐらいだし。
「さて、アンナさん、クロエ、試食はこれぐらいにして午後のピークに備えようか」
「……働く」
「バルベラは今日は休みでいいって。ご両親と屋上でゆっくりしてるといい。ゆっくりしててくれ。みんなの心の平穏のために」
あいかわらず午後二時すぎから、いわゆるアイドルタイムの来店客は少ない。
いまもアイヲンモール異世界店の店内はノーゲストだった。
けど、この時間帯にしては珍しく自動ドアが開く。
「いらっしゃいませ! ん? 何をそんなに慌ててるんだ?」
「声かけは素晴らしいけど口調! お客さまになんて口聞いてんだクロエ!」
五人の冒険者が正面入り口から入ってきた。
クロエに小声で注意する。
冒険者たちがクロエの口調を気にした様子はない。
「クロエちゃん、大変だ、逃げろ!」
「いやもう間に合わねえ! クロエちゃん、鎧戸を下ろしてくれ!」
「そんで俺たちも入れてくれねえかな? その、俺たちが追われてるわけじゃなくてだな」
「むっ? 盗賊か? モンスターか?」
慌てる冒険者をよそに、クロエは冷静だ。
さすが聖騎士、っと、いまはそれどころじゃないだろう。
「もちろん店内への避難はOKです。それで、何が来るのでしょうか? モンスターですか? クロエは聖騎士なんだし、この辺のモンスターぐらい問題ないよな?」
「うむ、わかってるではないかナオヤ! いかなる敵も私が退治してくれよう! 聖騎士の! この私がッ!」
「それがよ、なんかおかしいんだ」
「そうそう、普段は山奥にしかいない殺人熊や雷角シカなんかが狂ったように駆けまわっててな」
「俺は見たぞ! コカトリスとバジリスクもいた!」
「魔物の領域のヌシたちが縄張りを捨てて並ぶわけねえだろ。見間違いだって」
「はあ、けっきょくよくわからないと」
「普段は見かけない強力なモンスターばかりか! まあ心配するな、私とアンナとバルベラなら問題ない!」
冒険者たちから話を聞いていたクロエが振り返る。
俺も振り返る。
アンナさんは俺たちの近くでウサギの着ぐるみに話しかけられていた。
中身はゴーストだし実際に言葉を発してるわけじゃないけど。
バルベラはきょとんとして首を傾げている。
行商人さんは青い顔で、その横にいたバルベラパパとママは——
「あっ」
「ナオヤ? どうした突然?」
「冒険者さん、そのモンスターたちって、あっちの方から来ませんでしたか? 何かから逃げるようにパニックな感じで、まるで半日以上走り続けたみたいな疲労っぷりで」
「お、おう、よくわかったな店長さん」
「すげえ、やっぱ店長さんもタダ者じゃねえのか!」
「さすが、壁の外で暮らす変人なだけあるぜ!」
俺の問いかけは肯定された。
あっちの方。
バルベラパパとママが、ドラゴン形態で飛んできた方。
つまり——
「昨日の夜、閉店後のお客さまのせいだろこれ。本来の姿で二頭? 二匹? 二体? 飛んでるのを見たか感じてモンスターがパニクって暴走してる感じの」
「あっ。……賢いなナオヤ!」
「ナオヤさん。隊長も同じ推測をしているようです。いま周囲に被害が出ないよう、こちらに誘導してると」
「ありがとうございますアンナさん。えーっと」
「……パパ? ママ?」
「まあ! では私たちが責任を取らないといけませんね! ほら、殺るわよアナタ!」
「うむ、ヴェルトゥの里の娘もアンナもニンゲンも下がっておくように! 我が戦おう! パパが最強なところを見ておくんだぞバルベラ!」
昨日の夜に飛来した「火王龍と水妃龍」とか呼ばれてるらしい番のドラゴン。
ドラゴン形態のバルベラパパとママを見て、モンスターたちはパニクって住処から逃げ出したんだろう。
皮肉なことに、逃げた先に二人はいるわけだけども。
「あっ、姿はそのままでお願いします。見られたら困るんで。お客さまが減っちゃうんで」
「むっ。我の勇姿は本来の姿でこそ」
「……パパ。困る」
「よーし、パパはこの姿のままでも充分強いってこと見せてくれよう!」
「バルベラ、ナイスアシスト」
「あの方に要求するってナオヤさんの心臓はどうなっているんでしょうか」
「すごいぞナオヤ! 何者にも臆することはない、これがアイヲンモールの店長かッ! 私はまだまだだったようだ!」
バルベラの頭をそっと撫でると、なんだかアンナさんとクロエが戦いてる。
よくわからない二人は放置して、俺は外に向かうバルベラパパの背中を見つめた。
「なあクロエ、それでバルベラのお父様は勝てるんだよな? 俺たちも戦う準備をした方がいいのか?」
「ふふ、心配いりませんよニンゲン。たとえどんな姿であっても、あのヒトが負けるわけありませんもの」
「……パパ、最強」
慌てる冒険者をよそに、バルベラママとバルベラは余裕だった。
俺が店長になってから15日目のアイヲンモール異世界店。
初めて、アイヲンモール異世界店にモンスターが近づいてくるらしい。
アイヲンモールを襲撃しにくる存在はお客さまとは認めません。