第七話 じゃあ俺が魔力ゼロじゃなくなっても大丈夫なんですね? そうだ! それに魔力があるってことは魔法! 魔法が使えるように!
「ナオヤさん、ここがどこだかわかりますか? 私が誰かわかりますか?」
「アンナさん? ここはアイヲンラウンジで、俺は……そっか、ドラゴンステーキを食べて気を失って」
「意識の混濁はないようですね。よかったです、ナオヤさん」
目を覚ました俺は、アイヲンラウンジのソファで横になっていた。
俺を覗き込むアンナさんの顔が近い。
「失礼します」
そう言って、アンナさんは俺の体をイジる。
卑猥な意味でもスプラッターな意味でもなくて、医者の触診みたいだ。
「異常は見られませ——いえ、これは!? そんな、まさか!」
「え? アンナさん、どうしたんですか? その反応めっちゃ気になるんですけど。俺大丈夫ですよね? エンシェントドラゴンの肉を食べただけですもんね?」
体から手を離したアンナさんは、ぼんやりと俺の体を見つめてから目を見開いた。
異常事態が見つかった、みたいに。
口に手を当ててわなわな震えてる。
「まさか毒があったとか? いや、味見の時は大丈夫だったし倒れたのは俺だけみたいだし……あ、俺以外はみんな人間じゃないわ。ドラゴンとエルフとアンデッドだったわ。え? ほんとに毒があった?」
「お、おち、落ち着いてくださいナオヤさん大丈夫大丈夫ですから、ね?」
アイヲンラウンジにいるのは俺とアンナさんだけだ。
クロエもバルベラもバルベラの両親も、行商人一家もいない。
いつもゆったりしたアンナさんの口調が早い。
「あの、アンナさん、それで俺はどうかしたんですか? どうにかなってるんですか?」
「ナオヤさん、落ち着いて聞いてください。バルベラちゃんのお父様、エンシェントドラゴンの肉を食べて、ナオヤさんは」
「俺は?」
「魔力を宿しています。ナオヤさんは、魔力ゼロだったはずなのに」
「え? 魔力? はい?」
「この世界では魔力ゼロという存在はありえないはずなのにナオヤさんは魔力ゼロで、しかもエンシェントドラゴンの肉を食べたら魔力を宿した。つまり食べ物によって魔力が生まれたと考えられるわけで、ドラゴンの肉を食べると『魔力が高まり強くなる』のは真実、いいえ、それどころか魔力を持つ物を食べているからこそこの世界の存在は魔力を持っていると考えることも」
「ア、アンナさん? 落ち着いてください」
「はっ! すみませんナオヤさん、私としたことが興奮してしまったようで」
ブツブツ考え込んでいたアンナさんを現実に戻す。
エンシェントドラゴンの肉を食べたことで、俺の体には魔力が宿った? らしい。
「とにかく、俺が魔力ゼロじゃなくなったってことですよね? それって何か悪い影響はありますか?」
「いえ、特にないと思います。むしろ魔力ゼロで悪い影響を受けなかったのはなぜなのか不思議なぐらいで」
「いま明かされる衝撃の事実!」
「抑えてはいますが、ドラゴンやエルフ、私の魔力に影響を受けることも考えられました。魔力量が少ない幼子がかかる病気もあります。それに私たちは魔力が尽きれば気を失い、死ぬこともあります」
「よく無事だったな俺!」
「はい、ですから心配で。ずっとナオヤさんを観察していたのですがなぜかこれまでは問題なく」
「えーっと、じゃあ俺が魔力ゼロじゃなくなっても大丈夫なんですね? そうだ! それに魔力があるってことは魔法! 魔法が使えるように!」
「いえ、ナオヤさんは現在、そこまでの魔力量ではないので難しいかと」
「はい喜び損! じゃあまあ、俺からしたらいままでと何も変わらないってことでいいんですかね?」
「そうですね、基本は変わらないと思います。ただいままでと違ってバルベラちゃんやご両親の肉を食べると『魔力が高まって強くなる』可能性があります。今回のように気を失うことはないでしょうけど……」
「はあ、まあ問題なさそうだと。とりあえず、エンシェントドラゴンの肉を少し食べてみるかなあ」
「心臓が強いですねナオヤさん。……観察してもいいですか?」
「食べるところと魔力量の変化を、ですよね? 俺の心臓を観察するって話じゃないですよね?」
俺の質問に応えず、アンナさんはニコリと笑う。
アンナさんは平静を取り戻したらしく、いつものアンデッドジョークが出た。
「ナオヤさん、そうと決まればさっそく調理場へ向かいましょう! 大丈夫です、アイヲンモール異世界店はクロエさんとバルベラちゃんと行商人さんたちが働いていますから! さあ行きましょうナオヤさん!」
「アンナさんなんかテンション高くありません? さっきのはアンデッドジョークですよね? 興味深い実験体を見つけたって、マッドな研究者っぽいこと考えてませんよね?」
アンナさんに手を引かれて、ソファから身を起こす。
ぐいぐい引っ張るアンナさんに続いて、アイヲンラウンジの出口に向かう。
「ねえアンナさん? 『治しますから大丈夫です、うふふ』とか言ってお腹開いたりしませんよね? ちょっと心配になってきたんですけど」
さっきまで気を失っていたはずなのに、俺の体に異変はない。
立ちくらみもないし手足も動く。
さっきの気絶は、ホントに体の不調じゃなかったみたいだ。
魔力がゼロじゃなくなったらしいけど変化も感じない。
俺はアンナさんに導かれてアイヲンラウンジを出た。
アンナさんは無言だ。
…………え? さっきのアンデッドジョークだよね?
「ハート強いですね」って直接目視で確認されるわけじゃないよね?
エンシェントドラゴンの肉を食べてどう変化するか、開腹して見られて回復されるわけじゃないよね?
アンナさんは無言だった。
「ま、まあアンナさんはアンデッドでリッチだけど優しいし、俺やクロエやバルベラに危害を加えたことないしそれどころか行商人の娘さんを治したし、大丈夫。大丈夫、だよな?」
自分に言い聞かせながらアンナさんの後ろを歩いて、アイヲンモール異世界店の通路に出る。
午後遅めのピークはまだらしく、店内にお客さまの姿はない。
清掃に励むエプロン付きスケルトンたちに会釈して、俺は調理場に向かった。
とりあえず、エンシェントドラゴンの肉を食べてまた気絶しないか確かめよう。
食べるたびに気を失うとしたら怖すぎる。
「俺は魔力ゼロだったから参考にならないかもだけど……同じように気絶する人が出るなら売り物にはならないよなあ。まあ定期的に仕入れられるわけじゃないんだし、どっちにしろ厳しいか」
俺が店長になってから15日目のアイヲンモール異世界店。
バルベラの両親は強力すぎて、肉やウロコや皮や血や牙は気軽に売れないみたいです。
……本当にどうしようもなくなったら考えるけど。





