第六話 従業員の親の体の一部を売るって臓器売買っぽいんでナシで。ナシの方向で。コンプライアンス的にアレなんで
「力を集め、魔力を籠め、魂さえもこの一振りに賭けてッ! 私の最高の一撃をッ!」
「魂は賭けるなクロエ、肉を切ってもらうだけだから。そりゃエンシェントドラゴンの尻尾の肉で、しかもウロコがついてるわけだけど」
「ヴェルトゥ剣術デュポワ流クロエ派秘伝ッ! 『精霊殺し』!」
「なあ精霊は里の守り神って言ってなかった? 殺しちゃダメだろ。あとクロエ派ってそれクロエだけだろ。秘密もなにも誰にも伝わってないだろ」
「くっ、これでも斬れぬとは! ヴェルトゥの里のエルフにして聖騎士たる私の最高の技がッ!」
「……パパ、かたい」
「クロエさんでもダメとなれば、一枚一枚剥がしていくしかなさそうですね」
「もともとクロエの妖精剣って木剣だしなあ」
「むっ! 聞き捨てならんぞナオヤ! デュポワ一族に代々受け継がれてきたこの妖精剣エペデュポワを! 単なる木剣とは!」
「継いでないだろ家出娘。ああいや、剣はちゃんと渡されて、黙って持ってきたのはアイテムポーチだっけ」
アイヲンモール異世界店の調理場で、俺たちは苦戦していた。
バルベラパパから渡されたエンシェントドラゴンの尻尾は斬り立てだからとうぜんウロコ付きで、包丁でもアンナさん秘蔵のミスリルの剣でもクロエの精霊剣でも斬れなかった。
クロエいわく「レッドドラゴン系統の最上位の存在」は伊達じゃないらしい。
「ところでアンナさん、そのミスリルの剣って800年前の誰かの形見を譲り受けたとかですよね? 墳墓系ダンジョンを荒らしに来た冒険者の遺品じゃないですよね?」
「そうだ! ナオヤさん、クロエさん、断面があるんです、ウロコは無視してそこから切ってはどうでしょうか!」
「おおっ、さすがアンナだ! ならば私が! ヴェルトゥ剣術デュポワ流クロエ派奥義ッ! 『エルフ突き』!」
「技名が適当すぎる。それいま思いついて言ってるだけだろ。さすがクロエ派」
木剣なのにやたら斬れ味がいい精霊剣を、クロエは尻尾の断面に突き込んだ。
中央の骨を剥がすようにぐるりと円を描く。
なんだかアンナさんにごまかされた気がするけど深く聞くのも怖いからスルーする。
バルベラは慣れた手つきで尻尾の先の方のウロコをブチブチ剥がしてる。
「うむっ、では次は皮と肉の間だな!ヴェルトゥ剣術デュポワ流クロエ派必殺技ッ! 『逆鱗砕き』!」
「技名変わってるぞクロエ。砕くって言ってんのに突いてるし。そこに逆鱗はないだろうし」
香味野菜の下ごしらえをしながら突っ込む。
もうすぐ開店時間だし、新しい料理を考えるヒマはない。
とりあえず、提供するのはドラゴンステーキとドラゴンテイルスープでいいだろう。
「新レシピを開発しても、市販できなそうだからなあ」
「ナオヤさん。売れないのは料理だけじゃないですよ」
バルベラがブチブチ剥がしてポイポイ床に積み上げたウロコの山を見て、アンナさんが力なく笑う。
「……そういえば、バルベラのウロコもすごい価値でしたっけ。つまり、エンシェントドラゴンのウロコは」
「これだけあれば、一億円分以上になりますね。加えて肉や皮、骨や血もありますし」
「従業員の親の体の一部を売るって臓器売買っぽいんでナシで。ナシの方向で。コンプライアンス的にアレなんで」
アイヲンモール異世界店が国から提示された、月間売上一億円の目標。
その気になれば、そこにあるウロコだけで達成できるらしい。
「バルベラの肉を料理して売ってるわけだし、いまさらだけど。あと切羽詰まったら売るけど」
「よし、斬れたぞナオヤ! さあ焼くんだ! まずはドラゴンステーキから!」
「……味見、がんばる」
「むっ、ズルいぞバルベラ! 味見は私に任せるといい! 聖騎士の! この私に!」
悩む俺とアンナさんをよそに、クロエとバルベラのテンションは高い。
アンナさんと苦笑を交わす。
「はいはい、まあ味を確かめないとそのまま焼いていいかどうかもわからないしな。ちょっと待ってろ」
「おおおおおッ! 伝説の紅古龍の肉がステーキに! はやく、はやく焼くんだナオヤ! 食べさせてくれたら後でなんでもするぞッ!」
「……わたしも。ママのもいる?」
「おいいま『なんでもする』ってついに肉に陥落してるぞクロエ。あとバルベラ、いらないから。『ドラゴンステーキ盛り合わせ』には惹かれるけど『一家まるごと食べ比べ』はちょっと」
「食べ比べ……だと……!? ナナナオヤはまさかッ! 私とアンナとバルベラどころかバルベラママとバルベラパパを食べ……ッ!?」
「性的な妄想をするなエロフ。俺がもうクロエとアンナさんとバルベラを食べたみたいになってる。あとバルベラパパって。俺ノンケだから。男は食べないから」
「……パパの肉、いらない?」
バルベラがコテンと首を傾げる。そういうことじゃなくて。
俺が店長になってから15日目。
アイヲンモール異世界店は今日も賑やかです。主に従業員が。
「……もがまぐ!」
「秒で食われた。バルベラ、落ち着いて食べような。いまおかわり焼くから」
「ふははははは! やはり我の肉はうまかったか! 遠慮せずたくさん食べるんだぞバルベラ!」
「噛むほどに旨みがにじみ出てくるようね。この歯ごたえはやっぱりバルベラちゃんより強いからねきっと。ところでアナタ、右腕と左腕、どちらが必要ないかしら? 足でもいいわよ?」
「ステーキもテイルスープもまだあるんで肉を調達するのは止めてくださいバルベラのお母様。なんだか危ないうまさを教え込んでしまった気がする」
「はあ、エンシェントドラゴンテイルスープも美味しいです……五臓六腑に染み渡りますね」
「アンナさんって五臓六腑あるんでしたっけ。アンデッドジョークですか? というか五臓六腑を訳す翻訳指輪ヤバい」
「ああ、まさか食べ物で天にも昇る快感を得られるとは……ナオヤ、私もおかわりだ!」
「あとでなあとで。俺まだ食べてないから」
午前中のピークを終えて、俺たちはアイヲンモール異世界店の屋上に集まっていた。
下ごしらえはある程度にして間に合わせたドラゴンテイルスープと、ドラゴンステーキの試食兼お昼ご飯だ。
今日はバルベラの肉じゃなくて、エンシェントドラゴンのバルベラパパの肉で。
待ちきれずに味わって口々に感想を言うバルベラとご両親とクロエとアンナさんを流して、俺はステーキを口に運んだ。
噛みしめる。
「ああ、たしかに納得のおいしさだ。霜降り系の肉と違ってくどくないけど上品な脂、歯を押し返すほどよい弾力。流行の熟成肉より旨みは強いし食べると力が湧いてくるような……あれ?」
ナイフとフォークを取り落とす。
地面に落ちてカランと音がして、頭がぼーっとして、力が入らず、テーブルに倒れる。
「ナオヤ? どうした?」
「ナオヤさんっ! 大丈夫ですか!? いま『治癒』を!」
「……おいしくて倒れた?」
近くにいるはずなのに、やけに遠くから声がする。
「むっ。我の肉を食べて倒れた、だと? 失礼ではないかニンゲンよ!」
バルベラパパの憤りが聞こえてくる。
でも当たったわけじゃないと思う。食中毒ならこんなにすぐ倒れるわけが——
「そうでした! ナオヤさんは人間なんです! それも魔力がゼロの!」
「まあ! ドラゴンの肉を食べると『魔力が高まり強くなる』ものね! 魔力がないのに食べると……どうなるのかしら?」
「どどどうなるんだアンナ! ナオヤは、ナオヤは大丈夫なのか!?」
めずらしく焦った様子のアンナさんと、慌てるクロエの声が聞こえる。
背中に当てられた手はバルベラだろう。
ああ、商人ギルド長がそんなこと言ってたなあ、とぼんやり思い出しながら——
俺は意識を失った。らしい。





