第五話 うむっ! 待ってろバルベラ、我がさらに美味しい肉を食べさせてやろう!
俺が店長になってから15日目のアイヲンモール異世界店。
オープン前の早朝、俺は屋上を訪れていた。
屋上。
バルベラが住んでるプライベートスペースに、今日は6人が集まっている。
アイヲンモールの従業員で見た目10歳の女の子だけどドラゴンのバルベラ。
バルベラの両親で、「火王龍と水妃龍」とか呼ばれてるらしい番のドラゴン。二人ともバルベラ同様に人化してる。
昨日の夜からひさしぶりの一家団欒が続いていて、いまも三人はイスに腰かけて談笑してる。
談笑しながらバルベラおすすめの料理の到着を待ってる。
俺とアンナさんとクロエが持ってきた料理を見て、三人は目を輝かせた。
「おおっ、待ちくたびれたぞニンゲンよ! むっ、食欲をそそるニオイだな!」
「アナタ、はしたないですよ。ほら、ニンゲンとアンナとクローディヌの娘が怯えているではありませんか」
「……ステーキとテイルスープ。今日もおいしそう」
バルベラは口を開けて、いまにもヨダレが垂れそうだ。
俺たちは何も言わずに、手にした陶器の皿を三人の前に置いた。
ちょっと離れる。
「さあ、どうなるか。……何の肉って聞かれるだろうなあ」
「ナオヤ、それ以前にバルベラが説明するのではないか? いつもの調子で自慢しそうだぞ?」
「たしかに。たまにはまともなこと言うんだなクロエ」
ヒソヒソと話し合う俺とクロエ。
アンナさんは跪いて手を組んで祈ってる。……祈ってる?
「神よ……どうかナオヤさんとクロエさんが殺されませんように。私は復活しますがお二人は……」
「あれ、アンナさん『二度と神には祈らない』感じじゃありませんでしたっけ。あと復活するんですねさすがリッチ」
赤死病の子を治す時も祈らなかったのに、アンナさんは俺たちの無事を祈っていた。
「アンデッドジョークですよね? 俺たち殺されませんもんね?」
俺の問いかけに、アンナさんはニコリと微笑んだ。何か言ってください。
「……熱いうちに食べる」
小声で会話する俺たちをよそに、バルベラはマイペースだ。
手にしたフォークでステーキを突き刺してガブッと噛み付いた。噛みちぎる。もぐもぐする。
「さすがドラゴン、ナイフいらないんすね。あ、お父様とお母様もいらないようで」
バルベラに続いて、ご両親もステーキにかぶりついた。
「うまい、うますぎるッ! なんだこれは! なんだこれはバルベラ! パパこんなうまい肉を食べるの初めてだぞ!」
「あらほんと、美味しいわ。バルベラちゃん、これは何の肉なのかしら?」
ご両親にも気に入ってもらえたようだ。
ついに質問が出た。
「……わたし」
「むっ? バルベラがどうかしたのか?」
「バルベラちゃん? あいかわらず口数が少ないんだから、この子ったらもう」
「……わたしの尻尾のお肉」
会話が止まる。
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
隣で同じようにクロエもアンナさんも。ところでアンデッドも唾あるんすね。へえ。
「バルベラの尻尾の肉だとッ!?」
「あらあら、あらあらあら」
ガタッと立ち上がるバルベラパパ。
バルベラママは口に手を当てて驚いてる。
ご両親の反応にちょっと腰が引ける。ビビったけどチビってない。もう25歳でいい大人なのでアイヲンモールの店長がチビるわけない。
「……そう。おいしい」
バルベラは、ふんす、と胸を張って誇らしげだ。
自慢するポイントがわからない。
さすが人化してるだけで本当はドラゴン、半月程度じゃいまいち理解できない。
異文化コミュニケーション研修が役に立ってないぞ株式会社アイヲン!
「すごい、すごいぞバルベラ! 可愛いだけではなくバルベラは美味しいのだな! さすが我が娘!」
「ドラゴンの肉は初めて食べたわ。強いほど美味しいというのは本当なようねえ。ふふ、こんなに美味しいぐらい強くなるなんて、バルベラちゃんはがんばったわね」
父親はバルベラに抱きつき、母親はバルベラの頭を撫でる。
「……うん」
バルベラはくすぐったそうに目を細めた。
「ナ、ナオヤ、これは」
「助かった、みたいだな。でもいいのかこれで。娘の肉がおいしくて嬉しいとか褒めるとか、猟奇的すぎるんですけど」
「よかったです。本当によかったです。これで、ナオヤさんとクロエさんをアンデッドにしなくてすみそうです」
バルベラのご両親の反応を見て、俺は地面に腰を落とした。
そうとう緊張してたらしい。
クロエも地面にヒザをついて、抱き合う三人を眺めている。
「ん? アンナさん、いま不穏なこと言ってませんでした? それ俺たちが殺されたときの話ですよね? いやそもそも死にたくないですけどね?」
「そうだ! バルベラの肉でこれほどうまいのだ、エンシェントドラゴンである我の肉はさらにうまいのではないか!?」
「強さと美味しさが比例するようですもの、あり得るわねアナタ。ちょっとドラゴンに戻ってみたらどうかしら?」
「うむっ! 待ってろバルベラ、我がさらにうまい肉を食べさせてやろう!」
「……テイルスープ」
席を離れようとする父親の手を掴んで、バルベラがテーブルの上を指さす。
まだテイルスープを味わってない、と言いたかったらしい。
「おおっ、そうだったなバルベラ! しかし、たかがスープで……むっ、これは。なんといううまさだ……」
「まあ、これもバルベラちゃんのお肉を使ってるのね! この塩気は龍血かしら? おいしいわあ」
バルペラパパは空を見上げて涙をこぼし、バルベラママはとろけるような笑顔を浮かべる。
テイルスープもおいしかったらしい。
とりあえず殺されることはなさそうだ。
「あと俺の料理を『おいしい』って言ってくれたことがなんだかうれしい」
「ナオヤさん? ちょっと心臓が強すぎませんか? ナオヤさんの世界のアイヲンの社員さんはみなさんこうなのでしょうか」
「くっ、私たちの分を取りに行くぞナオヤ! はっ! まさかナオヤはまた『食べたければ……わかるな?』などと下衆な要求を私に! くっ、だがドラゴン肉料理のためなら!」
「おい『また』ってなんだ俺そんなセリフ言ったことないから。あといいのかクロエ、要求を呑むことになってるけど。ドラゴン肉料理の価値がヤバい」
クロエのいつものぶっ飛んだ発言で、なんだか日常に戻ってきた気がする。
まあ調理も、料理を提供するのも最近のアイヲンモール異世界店の日常といえば日常なんだけど。
「うむ、うまかったぞバルベラ! そしてニンゲンよ、やるではないか! だがバルベラはやらんからな!」
「アナタ、声が大きいですよ。ほら早くドラゴンに戻ってください。一瞬だけ、一瞬だけですから」
「営業前ですけど店内に人がいるんでできれば戻る時は静かに、あと見られないように」
「ナオヤさん……紅古龍に注文をつける勇気があるなんて……アイヲンモールは勇者と英雄が働く場所なのですね……」
「うん? アンナはバルベラの両親と知り合いじゃなかったか?」
「ええ、クロエさん。ですからお二人の性格は知っています。でも初対面の人間があのお二人に注文するというのはなかなか無謀ではないかと」
「グオオオオオンッ」
「あ、ドラゴンに戻る時は『がおー』が必須ってわけじゃないんだ。それに服を脱がなくても変身できると。やっぱりバルベラよりすごいんだな。小声ってのもちゃんと守ってくれたし」
「……むう」
「ふふ、ほらむくれないのバルベラちゃん。とりあえず尻尾でいいかしらね」
「ンギャウッ」
小さな声でドラゴンに戻ったバルベラパパに向けて、バルベラママがブンッと手刀を振った。
悲鳴とともに、ドンッとバルベラパパの尻尾が落ちる。
「あれ? バルベラのお父さんってエンシェントドラゴンで強いんじゃ」
「ふふ、いまは防御してませんもの。普段はこれほど簡単に斬り落とせませんよ?」
俺の独り言にバルベラママが答えてくれた。
その間にドラゴンが人間の姿に戻る。
「は、はは、アンナ、私は夢を見ているのだな。エンシェントドラゴン、それも『紅古龍』の尻尾が目の前に……」
「あ、あの、もしよければ、流れ落ちた血をもらっていいでしょうか? エリクサーの材料に」
「さあニンゲンよッ! この肉を料理するのだ!」
「……楽しみ!」
「あらあらよかったわねえ、アナタ。こんなにワクワクしてるバルベラちゃんは初めて見るわ」
「くふふ、そうかバルベラよ、パパのお肉を食べるのがそんなに楽しみか。くははははッ!」
「そこ喜ぶポイントなんですね。もうほんとドラゴンの感覚がわからない」
なんだか盛り上がるドラゴン一家を前に頭を抱える。
クロエとアンナさんも、目の前の光景は衝撃的らしい。
「とりあえず調理してみます……ほら二人とも、開店準備もあるから下へ行くぞ。ああ、バルベラは今日は休みってことで。ご両親と屋上で団欒してるといい。団欒しててくれ。人間の姿でな」
なんだか考えるのが面倒になってきた。
クロエとアンナさんの肩を叩いて、仕事に戻ろうと促す。
三人で屋上から下りようとして。
「……運ぶ」
「ああそうだったなあ。スケルトンたちが来てないし、俺たち三人で尻尾の肉を運ぶのは大変だもんな。ありがとうバルベラ」
ずるずると尻尾を引きずって、バルベラがついてきた。
クロエとアンナさんに手伝ってもらってもたぶん三人じゃ運べないし、ありがたい。
ありがたいけど……。
「アナタ! ほら、バルベラちゃんがお仕事をしてますよ!」
「おおっ、なんと! がんばれバルベラ! パパは応援しているぞ!」
なんだかプレッシャーを感じる。
俺が店長になってから15日目のアイヲンモール異世界店。
なぜか従業員のご両親によるお仕事参観がはじまったようです。
どこにあるかわからない逆鱗に触れたら死ぬんだけどね! ご両親はドラゴンさんなんで! 異世界ヤバい!





