第二話 なんだこの魔力の塊はッ! この速さは!? 下がれナオヤ! 強大なモンスターが来るぞ!
「いやあ、助かったわ。採取だって言ってんのにコイツが袋を忘れてよ」
「マントでなんとかしよーと思ってたんすけどね! あ、そのロープも欲しいっす!」
「ついでにこのパンに挟んだヤツもくれ……なんだコレうめえ! もう一つくれ!」
「食うのはえーよ! オレも買ってくか」
午前中のピークを乗り越えたあと、アイヲンモール異世界店の二階で作業をしていた俺の耳にそんな会話が飛び込んできた。
まとめ終わった資料をプリントアウトして、動かしてないエスカレーターを下りていく。
「お買い上げありがとうございます。水袋はお持ちですか? 販売もしておりますし、ここならキレイな水が補充できますよ」
「ソイツはいい。っと、袋を買わなくても補充していいのか?」
振り返って俺に視線で問いかけてくる行商人のおっさんに頷く。
「ええ、かまわないそうです」
「ありがてえ、今度またなんか買うついでに寄らしてもらうわ!」
「このカツサンド?って腐りやすいか? へえ、明日まで。んじゃ五つくれ!」
「看板につられて来てみたら、いい店じゃねえか」
どうやら、前の道を通る冒険者たちが看板を見て立ち寄ったらしい。
忘れ物を買いにきて、ほかにもいろいろ買ってくれたみたいだ。
俺の狙い通りのついで買い。
「よしよし。そして水場とトイレの清潔さに感動するといい。そうすればまた立ち寄ってまたついで買いしてアイヲンモールの魅力にハマって抜け出せなくなり……くくっ、ふはは、はははははっ!」
「ど、どうしたナオヤ、商人ギルド長みたいな気持ち悪い笑い方だぞ? おおっ、資料ができたのか!」
「恥ずかしい。悪ぶって三段笑いしてみたらクロエに聞かれてなにこれめっちゃ恥ずかしい」
顔が熱い。
よりにもよってクロエってところが恥ずかしさに拍車をかける。
しかもなんだかクロエはあっさり流して仕事の話をしてきたし。
「あー、いちおうな。説明するか?」
流した。
顔が赤いのはわかってるけど、フツーに話に乗ってみた。
「むっ。だだだ大丈夫だナオヤ、私だって店長だったんだぞ? こ、これぐらいざっと読めばすぐ、りか、理解でき」
クロエは食いついてくれた。
よし。俺も気にしないでおこう。
だいたいクロエだって、いつも恥ずかしい妄想を口にするのに気にしてないし。
「はいはい、わかったわかった。でもわかりやすくできてるか不安だし、資料を見ながら説明させてくれ」
「うむ! ナオヤがそう言うなら聞かせてもらおう! ナオヤがそう言うなら!」
ほっとした表情のクロエに安心する。
さっと店内を見てみたら、忘れ物を買いにきた冒険者たちは帰るところみたいだ。
行商人のおっさんが「薬を販売していますし、薬師も回復魔法の使い手もいます。必要であればお気軽にご来店ください」と言って送り出す声が聞こえた。
「って行商人さん抜け目ないな! さっきも自然についで買いさせてたけど!」
「ナオヤ?」
「あー、うん、なんでもないんだなんでも。資料の説明だったな」
「うむ、頼むぞナオヤ!」
でっぷりした行商人のおっさんは自分で仕入れて自分で売ってきただけあって、さすがの販売力だった。
今朝はほかのテナントについて相談できたし、これはいい人材を見つけたかもしれない。
「そういえば、初めてのまともな従業員か……テナントスペースの店員さんだけど」
俺はこの世界の住人じゃない。
クロエはエルフで、アンナさんはアンデッドでリッチで、バルベラはドラゴンだ。
隊長やスケルトン部隊やエプロン付きスケルトンやウサギの着ぐるみゴースト? 論外だ。いや疲れ知らずの貴重な戦力だけど。
そう考えると、行商人夫妻と娘さんは、アイヲンモール異世界店に勤務する初めてのまともな店員さんだ。
人手不足ならぬ人間不足がヤバい。
「要するにこの資料は、国が目標とした『月間の売上一億円』は何が目的なのか確かめるためのものだ」
人間不足に戦慄しつつ、俺はクロエに説明をはじめた。
この資料への回答次第で、テナントを探すのか直売に力を入れるのか、今後の方針が決まる。
俺が店長になって14日目は、こうして過ぎていった。
「売上の合算でOKなのか。ならやっぱりテナントを入れるべきだろうなあ」
「ナオヤはすごいんだな! この資料を見せたらすぐ答えがもらえたぞ!」
クロエは午後のヒマな時間に「街まで行ってくる!」ってダッシュして、午後遅くのピーク前に帰ってきた。
検討するまでもなく答えは出たらしい。
閉店作業をしながらぼんやりと今後について考える。
「それよりもナオヤ! 今日の売上はどうだったんだ? 私が不在の間にもお客さまが来たのだろう?」
「それなりにだな。ゼロじゃないってだけだ」
手元のレジを操作して今日の売上をプリントする。
ちなみに日用品コーナーの売上はアンナさんが打ち込んでくれた。
行商人のおっさんが有能だからといって、すぐにレジを扱えるわけじゃない。
あとまだ触らせたくない。
奥さんと娘がアイヲンラウンジで休んでるわけだし、レジのお金を抜くなんて暴挙に出ることはないだろうけど。
「客数も売上も微増ってところか。日用品とドラッグストアコーナーをオープンさせてから二日目だけど、どっちもその前より増えてる」
「おおっ! ではナオヤ、『ドラゴンセール』を除けばまた記録更新ではないか!」
「あー、まあそうだな。ありがとうございます、アンナさん」
「ふふ、お役に立てているようでうれしいです」
俺が店長になってから14日目のアイヲンモール異世界店。
来客数、169人。
売上、381,000円。
たしかに昨日より客数で7人、売上で4,000円伸びている。
微々たる数字だけど、クチコミや看板が効いてるんだろう。
今日は忘れ物購入&ついで買いのお客さまもいたし、回復魔法を求めて来店されたケガ人もいた。
アイヲン前の道を素通りする冒険者や商人はいるし、まだ伸ばせるはずだ。
「それも限界があるよなあ。テナントもそうだけど、街からお客さまを引っ張ってこないと」
国から提示された目標『日本円換算で月間売上一億円』は、やっぱり『アイヲンモールの価値を示せ』ってことなんだろう。
だからテナント料ではなく、直売とテナントの売上を合算していいって答えになるわけで。
「いまのところ、時間をかけてわざわざ足を運んでもらえる商品はドラゴン肉とドラゴン肉料理だけか」
街からアイヲンモール異世界店までは徒歩で一時間、馬車で30分程度だ。
時間にしたらたいしたことないけど、この世界にはモンスターが存在する。
俺も一角ウサギやゴブリンに遭遇したことがある。
弱いモンスターだとしても、足を運んでいただくネックになることは間違いないだろう。
「道中の安全の確保、時間をかけてもほしい魅力的な商品、もしくはテナント。課題は盛りだくさんだな」
考えることは多いけど、それでも店長としてやりがいを感じる。
初回のドラゴンセールの日は200万円弱の売上をあげたし、月間売上一億円を達成するのは不可能なことじゃない。たぶん。
「……くる」
「ん? どうしたバルベラ?」
そんなことを考えていると、とつぜんバルベラが斜め上を向いて呟いた。
アイヲンモール異世界店の一階の天井には何もない。ゴーストは着ぐるみに憑依してるし。
「バルベラ? どこに行くんだ? 外はもう暗いぞ?」
バルベラは問いかける俺とクロエを無視して、とことこ外に歩いていく。
首を傾げながら、俺とクロエとアンナさんがついていく。
「……いた。あそこ」
「夜空? 俺が住んでた春日野より星がキレイだ。ってそんなことを見せたかったのか?」
「これは! ナオヤさん、下がってください! 行商人さんたちのところへ!」
「え? どうしたんですアンナさん? あれ、スケルトン隊長も」
「なんだこの魔力の塊はッ! この速さは!? 下がれナオヤ! 強大なモンスターが来るぞ!」
夜空を指さすバルベラ。
アンナさんとクロエは、焦ったように俺に声をかける。
閉店間もない時間でいつもはまだ姿を見せないスケルトン隊長とスケルトン部隊も勢揃いして夜空を見上げている。
「ダメだ、間に合わんッ! ナオヤ、私の後ろへ!」
俺の前に、クロエとスケルトン隊長が立ちはだかった。
俺を守るように背中を向けて。
「……大丈夫」
「大丈夫なものかバルベラ! バルベラがドラゴンだろうとアンナがリッチだろうと、とても敵うような魔力量ではないぞ! なんだこれはッ!?」
「ああ、そういうことですか。ふふ、ひさしぶりですね」
焦るクロエと、よくわからないままに緊張する俺をよそに、アンナさんが警戒を解いた。
バルベラとアンナさんが見つめる先。
夜空に、翼を持った生き物の影が見えた。
そこだけ星が消えてシルエットになっている。
小さい。
いや。
小さかったのは、はるか上空を飛んでいたかららしい。
シルエットがどんどんデカくなっていく。
羽ばたいてないのに降下して、ぐんぐんデカくなっていく。
「ってデカすぎるだろ! ドラゴン形態のバルベラよりデカ……しかも二頭!?」
近づいてきたシルエットは、大きさこそ違うけど見覚えがある。
ドラゴンだ。
それも、ドラゴン形態のバルベラより大きなドラゴンが二頭。二匹? 二体?
「油断するなアンナ、ナオヤ! ドラゴンのバルベラよりも強力なドラゴンだぞッ! ん? ドラゴンのバルベラ?」
クロエが固まる。
なんとなく、俺も予想がついた。
ズダンッと地響きを立てて、二頭のドラゴンがアイヲンモール異世界店の駐車場に着陸する。
俺とクロエを振り返って、バルベラがドラゴンを指さす。
「……ん。パパ。ママ」
……。
…………。
ですよねえ。
俺が店長になってから14日目の営業を終えたアイヲンモール異世界店。
閉店後に、ドラゴン二頭がご来店です。
この店、なんか閉店後に大変なお客さまが来ること多くない?
いや行商人の娘さんは病気で仕方なくだけどさあ。





