第三話 さあ行きましょう、ナオヤさん。この街の医療事情ということでしたら、ここは外せません
ゴブリンとの遭遇はあったものの、俺とアンナさんは街の前までたどり着いた。
道の横には外壁が続いて、門はすぐそこだ。
俺が異文化コミュニケーション研修で教わったのは捕縛術じゃねえなとか、スケルトン隊長はゴブリンをどうやって処理するんだろうとか、気になることはいろいろあるけど。
いま、ほかにもっと気になってることがある。
「前回、初めて街に来た時はクロエが名乗ってあっさり通れたんだっけ」
それは——門番のチェックだ。
俺たちの前を歩いていた農家のおっさんは、門番になにやら見せて通過した。
通行証か身分証がいるんだろうか。
とりあえず、クロエからは何も聞いてない。
「アイヲンの社員証か、運転免許証は身分の証明になるかなあ。それとも、外国みたいなものだしパスポート? 持ってないけど。まあ使えないだろうしねははっ」
「ナオヤさん、ひとまず見せてみてはどうでしょうか? アイヲンモールの話は門番さんも聞いているはずですし、クロエさんは何も言わずに私たちを送り出したわけですから」
「そうですね、とりあえず行ってみましょうか。もしダメでも街に入れないだけで捕まることはないでしょうきっと。俺は武器も持ってないし魔法も使えないし、人を害するようなことはなにも——」
振り返る。
アンナさんはニコニコ微笑んでいる。
俺と目が合って、少し首を傾げた。
「アンナさんってアンデッド、リッチですよね? 一般的には人に害なす存在ですよね? アンデッドを連れて街に入ろうとする俺って捕まりませんよね?」
「さあ行きましょうナオヤさん!」
「あああああ! やっぱりクロエかバルベラと一緒に来ればよかった!ってバルベラもダメだな! ドラゴンだもんな! どうなってんだ採用担当! 伊織ィ!」
俺の嘆きを気にすることなく、アンナさんは門に近づいていく。
アンデッドでリッチなのにためらうことなく。
出発前にアンナさんは、大丈夫だって、街に入れるって言ってたし、俺も覚悟を決めて門に向かった。
「そこで止まれ! 各自、通行証か身分証を見せるように!」
あ、これダメかも。
「これは……? ずいぶん精緻な絵で……ああ、この紋章は例の。はい聞いていますよ。どうぞー」
「って社員証で通れたし! ヤバいなアイヲン!」
ダメでもともと、と思ってアイヲンの社員証を見せたら通れた。
株式会社アイヲンの威光が異世界で通じたことに戦慄する。
「ま、まあ、アイヲンモール異世界店に騎士を派遣するぐらいだし門番にも通達が来てたんだな、クロエがいつも通るぐらいだし、それとも適当なのか」
門を通って外壁を抜け、門前広場で呟く。
昼を過ぎてしばらく経ったこの時間帯、門前広場は閑散としている。
行商人から聞いた話では朝や夕方は混み合うらしい。
朝は軽食の屋台、夕方は宿の呼び込みもあるそうだ。
「その時間帯も来てみないとなあ。……さてっと」
現実逃避をやめて振り返る。
アンナさんが来ない。
「やっぱりアンデッドが街に入るのは無謀だったんじゃ。アンナさんがスケルトンたちを連れてこないのはそういうことだろうし」
ブツブツ言いながら門まで戻ろうとして。
「待ちたまえ。上手く偽装しているようだが私の目は欺けない。門兵よ、宮廷魔術師たる私がたまたまここにいた幸運に感謝するがいい!」
「は、はあ、その、この女性に何か問題でも?」
「うむ。この女性は、いや、コイツは——」
「あまり使いたくなかったのですが、仕方ありません。『精神操作』」
「アンナさん、大丈夫ですか……え?」
「失礼いたしましたお嬢様! どうぞお通りください!」
「これだから宮廷魔術師ってヤツは! 問題などありません! どうぞお通りください!」
「ありがとうございます」
アンナさんが門を通り抜けてきた。
「え、ええー」
「ナオヤさん、どうかしましたか?」
「見てない。俺は何も見てない。通れたから問題ない。そうだ俺、考えるな、感じるな」
俺が店長になってから11日目で、異世界に来てから12日目。
異世界には知らない方がいいこともあるようです。いやダメだろ。魔法で『精神操作』ってこれダメなヤツだろ。
「その、アンナさん? こんなに堂々と街中を歩いて大丈夫なんですか?」
「ええナオヤさん、問題ありません。魔力量は隠していますし、魔力の質も隠していますから。先ほど見抜かれてしまったので、いまは念入りに」
アンナさんと話しながら街中を歩く。
アイヲンモール異世界店に一番近いこの街の医療事情が知りたくて、俺は二度目の異世界の街に来た。
アンナさんは「そういうことでしたらあの場所に」と、俺を案内してくれてる。
アンデッドだけど、こうして隠してちょくちょく街に来ているらしい。
「は、はあ……でもその、顔色が悪いのはあいかわらずで」
「私はいつも『幻惑』の魔法をかけていますから、本来は普通に見えるはずなんです。アイヲンモール異世界店でも、お客さまに疑問を持たれたことはありませんよね?」
「はあ、まあそういえば。あれ? じゃあ俺はなんで顔色悪く見えるんだ?」
「私にもわかりません。ナオヤさんには魔力がないことが関係しているのかもしれませんが……」
「あ、やっぱり俺は魔力ないんだ。魔法使えないんだ」
「はい。この世界の人々は、わずかなりともみな魔力を持っています。本当に魔力がない、ぜろの人を見るのは、私の長い生の中でも初めてのことです」
「はい言っちゃった! アンナさん自分で21歳って言ってたのに『長い生』って言っちゃいましたね! いやそもそも『生』って!」
街を歩く俺たちに、というかアンデッドでリッチのアンナさんに注目する人はいない。
見破ったのは門にいた宮廷魔術師だけで、その後に隠蔽を強化したから大丈夫らしい。大丈夫かこの街。
「それでアンナさん、目的地は遠いんですか?」
「いえ、ナオヤさん。ちょうど着きましたよ」
石畳が敷かれた大通りをコツコツと靴音を鳴らして歩くことしばらく。
アンナさんが足を止めた。
「……ここ、ですか?」
俺も足を止める。
目の前の建物を見る。
石造りで、ほかの建物より大きくて、というかなんだか荘厳な感じがする。
異世界の事情を知らない俺でも、なんとなくわかる。
「あの、アンナさん? 本当に?」
「さあ行きましょう、ナオヤさん。この街の医療ということでしたら、ここは外せません!」
アンナさんはためらうことなく敷地に入っていった。
教会に。
たぶん教会、少なくともこの街の宗教施設に。
「いや『行きましょう』じゃなくて! 大丈夫かアンデッド! 自由すぎるでしょこのリッチ! 教会に行ってアンナさんは生きて帰ってこられるんですかねってもう生きてないんでしたね!」
俺の嘆きは、今日も誰にも届かない。
とりあえずいまのは誰にも届かなくてよかった! 教会前でアンデッドって言っちゃったし!





