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アイヲンモール異世界店、本日グランドオープン!  作者: 坂東太郎
『第六章 この世界の医療ってどうなってんの? ドラッグストアはじめちゃう?』
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第二話 考えるな、感じるんだ俺。待って、感じてもダメな気がする。考えるな、感じるな俺。いやそれOKか?


 俺が店長になってから11日目のアイヲンモール異世界店。

 朝のピークを終えて午後になると、来客はかなり少なくなった。

 それでもいままでと違ってちらほらお客さまが来るのは、昨日の『ドラゴンセール』の効果だろう。


「料理だけを売りにしたら、アイドルタイムにお客さまが来ないのは避けられないよなあ」


 午後遅くのピークに向けた仕込みを終えて一人ボヤく。

 来客に波があるのは飲食店の宿命だ。

 お惣菜やテイクアウトが主力商品でも、基本的には避けられない。


「まあウチは飲食店じゃないけど! アイヲンモールだけど! でもいま商品がお惣菜に偏ってるししょうがないよね!」


 俺が店長になってからお惣菜の販売をはじめて、イートインスペースで食べられるようにして、目玉商品となるドラゴン肉料理の販売もはじめた。

 売上は伸びたけど、月間の売上目標一億円にはまだ遠い。


「次の打ち手か……やっぱり街に行ってくるかな。この世界の医療事情を知りたいっていうのもあるし」


 朝、街から来た行商人の子供は、風邪を引いて微熱があるようだった。

 アンナさんが『治癒』の魔法をかけたらよくなったみたいだけど。


 この世界の、というか最寄りの街の医者や薬の状況次第では、次の打ち手は医療モールやドラッグストアを考えてもいいかもしれない。

 そこまでいかなくても、俺が病気になった時のために知っておきたい。

 アンナさんはアンデッドでリッチなのになんで『治癒』の魔法が使えるのか、なんて些細なことよりよっぽど大事だ。


「あー、クロエ。俺ちょっと街に行きたいんだけど」


「むっ? 何しに行くんだナオヤ? ハンバーガーを食べてからでいいか?」


「すっかりハマってるな肉食エルフ。いや、最寄りの街の医療事情を知りたくてな。病気やケガになったらどこでどうやって治すのか、医者に診てもらうといくらかかるのか、薬の値段は、みたいな」


「なるほど、医者か! まっまままさかナオヤは! 『俺は医者だぞほらクロエ服を脱げ』などと言って! オトナのお医者さんごっこを私に強要するのだろう! くっ、なんたる策士!」


「オトナのお医者さんごっこって。どこの世界も男が考えることは一緒かよ。いやクロエは男じゃないけども」


「ナオヤさん、そういうことでしたら私が行きましょうか?」


「おおっ、それがいいぞナオヤ! 私よりアンナの方が適任だ!」


「……は? アンナさん? え、待って、アンナさんって街に入れるの? リッチでアンデッドですよね?」


「ふふ、問題ありませんよ、ナオヤさん。そもそもアイヲンモール異世界店にいらっしゃるお客さまも気にしていないでしょう?」


「たしかに。あ、待って気にしてないんじゃなくて気づいてないだけじゃ。スケルトンとゴーストは姿を隠してるわけで」


「……問題ない」


「はいもう一人気づかれてない人いました! そうだねバルベラもドラゴンだってバレてないし問題ないね!」


「わかっていただけたようで何よりです。ではナオヤさん、これ、いつものマントです」


「あっはいありがとうございます。なんだかカビ臭い気がするいつものマント……あれ? 臭くない?」


「ふふ、この前ちゃんと洗濯して干しておいたんです」


「そうですかあ、準備万端ですねえ……よし、行くか。アンデッドを連れて街に。考えるな、感じるんだ俺。待って、感じてもダメな気がする。考えるな、感じるな俺。いやそれOKか?」


「さあナオヤさん、行きましょう!」


 異世界の不条理に頭を悩ませながら、俺はアンナさんに促されて歩き出した。

 数少ないお客さまはクロエとバルベラと、ウサギの着ぐるみが対応してくれるらしい。いやそれOKか?




「歩いていけば一時間。『ドラゴンセール』以外でどう呼び込むか、だよなあ」


「ナオヤさん、お急ぎでしたら隊長を呼びましょうか? 道ではなく森の中を駆けてもらうことになりますし、見つかるといけないので部隊は動かせませんけど」


「止めてくださいアンナさん。もし目撃情報が流れたらただでさえ少ないお客さまが減ってしまいます」


 アイヲンモール異世界店の前の道に出て、街に向かって歩く。

 街から離れた場所に店舗があるのは、半年に一度、俺がいた世界と繋がる〈転移ゲート〉があるからだそうだ。

 繋がるのはまだ五ヶ月半以上先で、つまり俺は最低でもあと五ヶ月半は異世界で過ごすことになる。


「異世界で五ヶ月半……こわっ! よかった、病気になる前に医療事情調べておこうって思いついて!」


「ふふ、ナオヤさんは心配性ですね。大丈夫ですよ、聖騎士のクロエさんも私もいますから」


「いやあ、ポンコツなクロエに任せるのはちょっと怖い気がしま……あれ? アンナさんに任せるのも怖い気がしますね。アンデッドでリッチですもんね。『意識があって動けばいいですよね?』みたいなははは」


「…………ふふっ」


「いやそこは否定してくださいよアンナさん! 俺アンデッドにはなりたくないんですけど! 死んでも働けるねやったあ!ってならないんですけど!」


 アンナさんのアンデッドジョークにツッコミながら、街までの道を歩く。

 道の左右には農地が広がっていて、軽いアップダウンもあるからまだ街は見えない。

 ところでいまのアンデッドジョークだよね?


「そういえば……ナオヤさん、気をつけてください。今朝来店された冒険者さんが、この辺りにゴブリンが流れてきたとおっしゃってましたから」


「ゴブリン、ですか?」


「ええ。スケルトン部隊に捜させていますが、昼間は人目(ひとめ)があって部隊の動きが制限されるもので」


「ゴブリン……緑色の肌で、あまり強くなくて、知能は低いけど群れを作って人間の敵で、子供かそれよりちょっと大きいぐらいの身長で、木の棒や粗末な武器を持ってるモンスターですか? ああいう感じの?」


「あ、はい、そうです、ちょうどあそこに出てきたゴブリンがゴブリンで……えっ?」


 俺とアンナさんが、二人で指を差した先。

 ガサガサと麦っぽい作物を揺らして、土の道に飛び出してきたモンスター。


 緑の肌で身長は140cmぐらい、腰にボロ布を巻いて木の棒を持った、醜悪なモンスター。

 ゴブリンだ。

 いま話に出てきたゴブリンだ。


「フラグの回収早すぎィ! コイツぜったい話聞いてただろ! あ、アンナさん、下がってください」


「え? ナオヤさん?」


 アンナさんを腕で制止して前に出る。

 ゴブリンはなにやらわめいてるけど、仲間が現れる様子はない。


 ゴブリンがドタドタ走ってきた。

 遅い。

 しかもすでに木の棒を振りかぶってて、どんな攻撃をするつもりなのか俺でもわかる。


 ゴブリンが近づいて、予想通り木の棒を振り下ろしてきた。

 ので、俺は横にひょいっと避けて足を出す。

 空振りしたゴブリンは止まれずに横を通り過ぎようとして、俺の足にひっかかった。

 よろけたゴブリンの首の後ろを手で掴んで、体重をかけて後ろから押し倒す。

 ゴブリンは前向きにべちゃっと倒れて、ゴキッと音がした。


「動かない……気を失ったかな?」


「あの、ナオヤさん? いまのは?」


「ああ、異文化コミュニケーション研修で教わった捕縛術です。いやあ、研修が役に立ってよかった! さすがアイヲン!」


「ほ、捕縛術、ですか? その、殺しにいってるようにしか見えませんでしたけど……異世界は物騒なんですね」


 ゴブリンの臭いが気になるのか、アンナさんはちょっと引き気味だ。

 倒れたゴブリンをそのままに、俺は立ち上がった。


「それにナオヤさん、私はリッチですよ? 守っていただかなくてもゴブリン程度、でも、ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げるアンナさん。

 アンナさんの頬は赤く……なってないな。アンデッドだし。青白いままだ。


「それから、後始末は任せてください。部隊は動かせませんが、隠れてついてきてもらってますから」


 またガサリと麦っぽい作物が揺れる。

 姿を現したのはモンスター、じゃなくて、やけに豪華な鎧兜のスケルトン隊長だった。

 まあモンスターだけど。スケルトンだし。


「あー、これじゃほんとに俺がやることありませんでしたね」


「いえ、守っていただいて、なんだか私が普通の女の子みたいで、その、うれしかったです」


 そう言って、アンナさんははにかんだ。

 ちょっとドキッとした。リッチって『魅了』能力あったっけ。


「さーて、片付けを任せられるなら俺たちは出発しましょうか! 遅くなったら夕方前のピークに間に合いませんし!」


「ふふ、そうですね。隊長、あとはよろしくお願いします」


 ガシャリと鎧を鳴らして敬礼するスケルトン隊長を置いて、俺とアンナさんは街に向かって歩き出した。


 とりあえず。

 ようやく異文化コミュニケーション研修が役に立ちました! ありがとう株式会社アイヲン!

 でもゴブリンがピクリともしなくなったんだけどこれ捕縛術じゃねえな!

 人間に使わなくてよかった! アイヲン怖い!




※この物語はフィクションであり、実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません。そんな研修はありません!

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