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アイヲンモール異世界店、本日グランドオープン!  作者: 坂東太郎
『第一章 え、アイヲンモールあるけどここ異世界ってマジ?』
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第四話 ほんと至れり尽くせりでさすがアイヲン! 私物もあるし住むところも仕事もあるし言葉は通じるし、これで異世界で生活できますね!


「トイレが使えてよかった……水も出たしキレイだったしコレで勝てる! いや何にだよ!」


 夜のアイヲンモールに俺の声が響く。

 独り言でちょっと虚しくなるけど考えちゃいけない。


 無事にトイレを済ませた俺はいま、テナントスペースに置いたマットレスに横になっていた。

 スマホを充電して、ネットに繋がらないことを確かめながら。


「ネットはダメ、通話もできない。電気と水はイケる。さっきフードコートで試したらコンロも使えた。……ガスコンロじゃなくてちっちゃい石から火が出たけど」


 フードコートのコンロは、俺の勤務先である「アイヲンモール異世界店」で初めて異世界らしい設備だった。

 でもアレが何なのか聞く相手もいない。

 半年経たないと日本と繋がらないらしいし。


「明日になったらもう一つのカゴ台車を上げて、発電設備や水処理施設を確かめて、ああ、外の様子も明るいところで見てみないと。あとは……」


 ゴロンと転がって仰向けになり、天井を見上げる。

 さっきこのスペースの電気をつけたから、まぶしいほどの光が目に入る。

 営業中の普通のアイヲンモールみたいに明るい。

 でもここは、アイヲンモール異世界店らしく。


「この書類、読んでみるかなあ。寝落ちするまで」


 カゴ台車にこれ見よがしに貼ってあった封筒を手にする。

 疲労は感じるしもう深夜だけど、安全な寝床を確保したいま、ざっとでも目を通しておきたい。

 冗談だと思って勤務希望地の『異世界』にマルつけたせいでこうなってるしね! 株式会社アイヲンの書類はちゃんと読まないとマズいってよ!


 マットレスに腰かけて封を切る。

 中には、そこそこの厚さの書類の束が入っていた。


「えーっと、まずは……日本の諸事について?」


 書類の束の一番上には、俺への申し送り事項らしき書類があった。

 ざっと目を通していく。


 ……マジか。

 俺がいない間、日本の家の管理はアイヲンが手配してくれるらしい。

 俺が住んでた離れだけじゃなくて、母屋の掃除やムダに広い庭の手入れも。

 働き出してからは近所のヒマなおじちゃんおばちゃんにバイト代を払って、母屋と庭は任せてたんだけど。

 元農家の家だけあって敷地はムダに広いもんで。


「住民票は移しませんってそりゃそうだよなあ! むしろ移してみろって!……ウソですなんかアイヲンさんホントにやりそうなんで勘弁してくださいこっちに役所なんてないだろうし……ないのか?」


 聞いてみたところで答えは返ってこない。

 くっ、伊織さんを帰さないで捕まえておけばよかった! そうすれば俺一人こっちに残るんじゃなくて! いまだって問い詰めながら「申し訳ないと思うならわかってますよねえ?」みたいな! 童貞の妄想かよ! はいそうですすいません!


 ドサッと倒れ込む。

 マットレスと、枕代わりの折り畳んだバスタオルが俺の体を受け止める。


「異世界感がない……。まあいっか、はいはい次々。……昇給通知?」


 ペラッとめくって目に入ったのは、昇給と手当の金額だ。

 目を見張る。


「うわっ……俺の年収、高すぎ……?」


 そこに書かれてたのは、いままでの倍以上になる給与だった。

 異動に伴って昇給。店長プラス運営を一任された責任者として役職手当。異世界手当ってのもつくらしい。


「いや異世界手当って! これ完全に会社ぐるみじゃん! 会社ぐるみで俺を異世界に送り込んでんじゃん! アイヲンヤバい!」


 大企業の恐ろしさに頭を抱えてゴロゴロ転がる俺。

 まあ「異世界で商いするっておもしろそうですね!」って言ったのも、勤務希望地の異世界にマルをつけたのも俺なんだけど。


「でもこの年収なら! 車だって買い替えられる!って買い替えられねえな! ここ異世界だから! というか年収が倍になっても使えねえな!」


 マットレスの上でのたうちまわる俺。

 そういえばさっき見た駐車場には車が一台もなくて、つまり駐車場は異世界側で、ってことは俺の車はこっちに来てない。

 さっきの申し送りの書類を見直したら、車の管理もやってくれると記載があった。

 至れり尽くせりですね! むしろいま状況説明の方を至れり尽くせりでやってほしかったんですけど!


「あ、こっちのお金でも給料の一部をもらえるんだ。使わなかった分は日本円に清算できると。よしよし」


 とりあえず日本でもこっちでも、不便がないようにしてくれてるらしい。

 自分の心をなだめて、ペラッと書類をめくる。


「次は……うん? 俺に指輪を貸与する?」


 株式会社アイヲンの資産である指輪を俺に貸してくれるようだ。

 さっきマットレスの横に放り出した封筒を拾う。

 軽く振ってみると、ガサガサ音がした。


「これか。ゴツいなおい」


 ジップロッ○の中に、ゴテゴテ装飾された指輪が入っていた。

 いくつもの文字っぽい彫刻——いや彫金って言うんだっけ? が刻まれて、小粒の青い宝石が埋め込まれた幅広の指輪。

 試しにはめてみると中指にピッタリだった。


「アクセサリーを貸与するって意味がわからないんだけど。……はい?」


 疑問に思った俺は書類を確かめる。

 ……この指輪には、ある効果がついてるらしい。


「翻訳指輪ってファンタジーかよ! ああそういえばここ異世界でしたね便利でよかった!」


 これをつけていれば、相手が話した内容が理解できるらしい。その逆も。

 とうぜん、この世界の言葉と日本語も通じるようになると。


「ほんと至れり尽くせりでさすがアイヲン! 私物もあるし住むところも仕事もあるし言葉は通じるし、これで異世界で生活できますね! ハハッ!」


 またドサッとマットレスに倒れ込む。

 ゴロゴロ転がる。


 翻訳指輪。

 いまのところ、これが本当かどうか確かめる(すべ)はない。ネットは繋がらないし。


「明日、明日かあ。まあ日付変わってるから今日だけど。というか一日が24時間なのかわからないけど。はあ、もういいやぜんぶ明日考えよう」


 うつぶせになって動きを止める。

 書類はまだ残ってる。

 翻訳指輪も検証してない。

 発電設備も水道施設も確かめてないし、アイヲンモールの中もすべてを見たわけじゃない。


 でも俺は、ぜんぶ明日に投げ出すことにした。

 今日はアイヲンモール春日野店で一日みっちり働いて、帰ろうと思ったらわけがわからない状況で、もう深夜3時もまわってる。


「催事前の徹夜は余裕なのに……」


 それとも、伊織さんいわく異世界なここは環境が違うのか。

 アイヲンモールの空きテナントに泊まるという心惹かれる状況にワクワクすることもなく、俺は意識を手放した。


 長い長い一日が終わる。


「ああ、夕飯食べてない……そういやこの世界の料理はどんなんだろ」


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