第十二話 今日はすごかったなナオヤ! こんなにお客さまが来たのは初めてだ! 飛ぶように売れたぞ!
中食を狙って売りはじめたお惣菜は好評だ。
アイヲンモール異世界店の入り口前、特設ブースには人だかりができていた。
「へえ、これが『カツレツ』かい。この値段なら買って帰ろうかねえ」
「たまにはご馳走もいいかもねえ。クロエちゃんのところに卸す分、ウチの家計もだいぶ余裕ができたし」
「おおっ、ありがとうおばちゃん! 街の高級料理店よりおいしいことは私が保証するぞ! 聖騎士の! この私が!」
クロエは張り切って近所の農家のおばちゃんたちに売り込んでる。
クロエの売り込みを受けて、おばちゃんたちはちらほらと『カツレツ』を購入していた。
値段は街の食事処の二食分で、けっして安くないのに。
まあこの世界では高級料理の『カツレツ』と比べたら安いけど。
ともあれ、この世界の高級料理『カツレツ』を食べたことがあるクロエの言葉は、おばちゃんたちの心を動かしたらしい。
「さすが元店長、キツすぎる状況で営業してただけある。生産者との関係性は良好か」
妄想とポンコツっぷりが目立つけど、クロエは優秀だ。
日本のアイヲンモールを見たこともないのに、この世界でアイヲンモールの店長を務められたほどに。
「この『ビーフシチュー』は素晴らしいですね! 深いコク、味が染み込んだ肉に野菜。それに——」
「おいおい正気かよ。温かい泥水を食うって魔法使いはマジで変人だな」
「見た目が悪くて食べられないとは、それでも冒険者ですか? 栄養価が高く美味しいこの『ビーフシチュー』の魅力もわからないなんて」
「おう、誰が冒険者失格だって? おい嬢ちゃん、その泥水をこっちにも頼む!」
「ふふ、これは泥水じゃなくて『ビーフシチュー』ですよ。お買い上げありがとうございます」
特設ブースの横に用意したイートインスペースでは、冒険者たちが騒いでいる。
見慣れないせいか、なかなか売れなかった『ビーフシチュー』も、一人の魔法使いのおかげで売れ出した。
「アンナさんも『泥水』って言ってたけどな! そんでやっぱりいるんだ魔法使い!」
冒険者たちを接客してるのはアンナさんだ。
ニコニコと微笑みを浮かべながら、冒険者たちにさりげなく売り込んでいく。
午前中に食べるにはカツもハンバーグもビーフシチューも重いのに、冒険者たちには問題ないらしい。
平気で二人前、三人前は食べて、さらに夜にも食べるんだと持ち帰り用も買っていく。
割れにくい丈夫な容器を用意できてよかった。
「ほうほう、自前の食器を持ち込むと割引だと。もしくはこの陶器の器を持って帰ってきたら一部返金されると。なるほどなるほど」
「おや、では一部返金を諦めれば、陶器の器も含めてこの価格なのですか?」
「素晴らしい! しかも陶器ということは、野外で火にかけて温め直すことも想定しているのですね!」
「おおっ、そういうことか! では護衛の分も含めて10個、いえ、12個いただきましょう!」
「ふふん。儂は10個ずつ、あわせて30個頼む!」
「……腐らない?」
「大丈夫だお嬢ちゃん、儂は『アイテムポーチ』持ちだからな! 道中で食べる分には充分持つだろう」
「……なくなりそう」
行商人に囲まれているのはバルベラだ。
見た目10歳の女の子が働いてることに疑問の声はなく、むしろおっさんたちにかわいがられてる。
本人は、おっさんたちの大量買いで品切れにならないか心配してるけど。
「いやそこは売り込めよバルベラ! ほらお客さまが購入数を減らそうか考えはじめちゃったじゃん!」
そっとバルベラに近づく。
耳元で「いまスケルトンたちが追加を作ってるから」ってささやいたら、バルベラは元気を取り戻した。
「……なくならない。大丈夫」
「お、おう、そうか? では3種類とも10個ずつ頼む!」
最初のオーダー通り行商人が買ったのを見て、俺はアイヲンモール異世界店の店舗に戻った。
食材の補充、お客さまが店内に入っていった時の接客、レジ打ち、エプロン付きスケルトンたちの調理のチェック。
特設ブースに三人をつけている分、動けるのは俺だけだ。
スケルトンもゴーストもいるけど表には出せない。接客どころか接敵になって冒険者に壊されそうだし。
「今日はすごかったなナオヤ! こんなにお客さまが来たのは初めてだ! 飛ぶように売れたぞ!」
「この客数と売上じゃ『飛ぶように』とは言えないかなあ」
それなりに忙しい日が終わって、閉店後。
レジ締めする俺のもとへ、ニマニマと笑みを浮かべてクロエがやってきた。
後ろにはアンナさんとバルベラもいる。
どうやら三人とも、今日の結果が気になったらしい。
「それでどうだったんだナオヤ! 今日の客数は!? ま、まさか50人を超えてたりしないよな!? 売上は!?」
「顔が近いぞクロエ。落ち着けって」
「みなさん喜んで買っていかれました。ナオヤさんが言っていた『ワクワクさせたい』っていう気持ちがわかった気がします」
「あらためて言われると恥ずかしい。意識高い系のニオイがするぞ俺」
「……余った?」
「いまいい感じの流れだったのに。心配するなバルベラ、みんなの分のお惣菜は残ってる」
バルベラだけは、今日の結果じゃなくて食べられるか気になったのか。クロエよりも肉食系らしい。さすがドラゴン。
「いいから早く教えてくれナオヤ! はっ! ま、まさか『知りたいならいろいろ教えてやろう。体になあ』などと言って私を襲い! くっ、殺せ!」
「発想おかしいだろエルフ。むしろどうすれば客数と売上を体に教えられるか聞きたい」
あいかわらずのクロエに軽く突っ込んで、レジからプリントした結果を手に取る。
アンナさんもクロエも、バルベラさえ注目してるのを感じる。
「今日の客数は81人だ。狙い通り人だかりと匂いにつられて、通行人も立ち寄ってくれたみたいだな」
「は、はは、はちじゅうっ!? はちじゅういちだとっ!?」
「いや驚きすぎだろクロエ。アイヲンモールで客数81人って引くほど少ないからな。……まあ、気持ちはわかる」
「なるほど、匂いですか。ではもっとお客さまを集めるために、スケルトン部隊に匂いを……ビーフシチューで煮込めば匂いが染み込むでしょうか」
「アンナさん? 独り言が怖いんですけど? ビーフシチューを作った時、骨の扱いにどん引きしてましたよね?」
ブツブツ言い出したアンナさんと、清掃作業していたスケルトンの目が合う。
スケルトンはカタカタ震え出した。イヤイヤと首を振って、目で俺に助けを求めてくる。たぶん。目はないけど。
「売上! 今日の売上は! 203,000円だ! 客単価が高いのは行商人たちのまとめ買いのおかげだな!」
「に、にじゅう、にじゅうまんだとッ!? すごい、すごいぞナオヤ! 一日の売上の最高記録だ! いままで10万円を超えたことさえなかったのに!」
瞳を潤ませて、クロエが俺の手を取る。
「まあ! さすがですナオヤさん! 店長になってからわずか八日で新記録を作ってしまうなんて!」
アンナさんは胸の前で手を組んでむにゅっと潰れ——それはどうでもよくて——うれしそうだ。
「……おいしい。とうぜん」
バルベラは腰に手を当てて、なんだか子供が偉そうにしてる感じで微笑ましい。
俺の発表を受けてエプロン付きスケルトンたちもカチャカチャ拍手して、ゴーストはテンションが上がったのかすごい勢いで店内を飛びまわってる。
「客数も売上も新記録。それは確かなんだけどなあ……」
「どうしたナオヤ? 新記録だぞ? 今夜は肉祭りでお祝いしないのか?」
「肉限定かよ野菜食えエルフ。確かに新記録だが、五ヶ月後には月間売上一億円を超えないといけないんだぞ? それには日に均して334万円が必要で……つまり、あと310万以上の売上が必要ってことだ」
「今日の15倍以上……だと……? 絶望的ではないか! 通行人はほとんど寄ってくれたんだぞ!?」
閉店後のアイヲンモール異世界店に、クロエの嘆きが響く。
…………あれ、そうやって響かせるの俺の担当じゃなかったっけ。
俺が店長になってから八日目のアイヲンモール異世界店の営業結果。
来客数、81人。
売上、203,000円。
中食狙いのお惣菜の販売は好評で、客数売上ともに新記録だけど、目標まではまだ遠い。