第八話 アンナさん、なんでいまスケルトンの頭を見たんですか? しゃれこうべにビーフシチューを入れるとか言い出しませんよね?
「あー、そういえば。お惣菜かお弁当として販売することになるんだけど、やっぱり商人ギルドに申請するんだよな? はあ、言いがかりをつけられなきゃいいけど」
ビーフシチューの試食と後片付けを終えたところで、聞こうと思ってたことを思い出した。
お腹をふくらませて満足そうなクロエとアンナさんに質問する。
バルベラもいたけど正直バルベラには答えを期待してない。ドラゴンだし。
「何を言ってるんだナオヤ? 準備ができたら売ればいいだろう? なんなら私が買い占めるぞ?」
「お客さまへ売らせてください。それに買い占めたら食いきれないで腐るだろ。なに言ってんだこのエルフ」
「すばらしい案ですクロエさん! 普通の『アイテムポーチ』では時は止まりませんが、腐りにくくなることもまた確かなのですから!」
「アンナさんまで壊れた。あ、『アイテムポーチ』に入れると日持ちするんすね。一定の温度で菌がいないから、とかでしょうか」
「……食いだめ」
「いや人間は食いだめも寝だめもできな……バルベラはドラゴンかあ。食いだめできそうだなあ」
お客さまに販売する新商品だって言ってるのに買い占め宣言するポンコツ騎士とマトモだと思ってたリッチ。
バルベラも二人の言葉に目を輝かせている。
三人とも、カツもハンバーグもビーフシチューも気に入ってくれたらしい。
ビーフ……モンスターだけど。角牛って名前だしビーフでいいか。ほら日本に短角牛ってのもいるし。
「そういう話じゃなくて! クロエ、ガレット売りの女の子が商人ギルド長に注意されてただろ? 無許可営業するな、場所代払えって」
「だからナオヤ、何を言っているんだ? ここは街じゃないんだぞ?」
「話が通じてる気がしない。誰か異世界コミュニケーション研修を開催してくれ」
「クロエさんの言う通りですよ、ナオヤさん。街で飲食店や屋台をはじめるにはその街の商人ギルドへ申請が必要ですが、ここは街の外です。申請はいりません」
「マジかよクロエがおかしいんじゃなかったのか。そういえば『場所代』って」
この国では飲食物を販売するのに、申請も許可も免許もいらないらしい。
日本だと地味に面倒な食品衛生責任者の講習や、準備に気を遣う衛生検査を受けなきゃいけないのに。
でも異世界の場合でも、街中で営業するにはギルドに申請しなきゃいけないみたいだ。
それも衛生管理じゃなくて場所代とそこから払われる税のためで——
「待て待て待て。んじゃアイヲンモールってどうやって納税してるの? クロエと街に行ったとき、各種ギルドが取りまとめるって聞いたけど?」
「心配するなナオヤ! アイヲンと国で話は通ってるからな、アイヲンモール異世界店は国に直接納めるんだ!」
「ああなるほど、国家事業なわけね。そういえば、だから騎士のクロエが派遣されてるんだっけ。んで国家事業だから売上の目標があって達成しなきゃ国が手を引いて潰れると。重いなおい!」
月間売上一億円の目標は株式会社アイヲンの目標であると同時に、この国からの指示っぽい。
金になるからアイヲンモール異世界店の出店を認めたんだろう。日本から持ち込まれる珍しい品目当てってのもあるだろうけど。
「そのへんもちゃんとレクチャーしてくれよ! というか引き継ぎ資料に書いとけよ! 三年目社員の初店長になんてもの背負わせてんだ伊織ィィイイイ!」
お客さまがいないアイヲンモール異世界店に俺の嘆きが響く。
クロエはなんだかキョトンとしてて、アンナさんは苦笑を浮かべてる。
バルベラはとことこ俺に近づいてきて、俺の顔を覗き込む。
「……大丈夫? ビーフシチュー飲む?」
いやあれ飲み物じゃないから。
飲んでも元気出ないし。おいしいから出るか。
「容器? ナオヤ、試食で使ったこのお皿でいいんじゃないか?」
「イートインだけならそれでいいんだけどな。持ち帰りされたらあっという間に皿がなくなる」
朝から午前中にかけてのビーフシチューの試食はまあまあ好評だった。
お客さまは見た目に引いちゃって、食べるまでに時間がかかってたけど。
クロエは農家のおばちゃんを拝み倒して、行商人は目新しい食べ物に勇気を振り絞って、冒険者にはバルベラが超高速で口の中に放り込んだ。
食べてみれば、ほとんどの人はおいしいと言ってくれた。
一部「合わない」って人もいたけど、それはまあ好みの問題だろう。あと味付け。まだ試作品だし。
お客さまがいなくなったお昼過ぎ、店舗入り口に設置した試食ブースで、昼食がわりのビーフシチューを食べる。
クロエとアンナさんとバルベラも当然のように食べている。
「クロエでもアンナさんでも、こっちで手に入る使い捨ての安い容器を知らないか? カツとハンバーグは平皿、シチューは深皿だな。まあぜんぶ深皿でもいいけど。とにかく料理を入れるものを」
「入れるもの……だと……? し、しかも肉料理を……? ま、まさかナオヤ! 『ほら俺の肉を入れてやろう』などと言って私を襲い! くっ、殺せ!」
「発想の飛躍がヒドい。皿だって言ってんだろエロフ」
「深皿……つまり、ビーフシチューを入れても熱で壊れず、こぼれない形が必要なわけですね」
「アンナさん、なんでいまスケルトンの頭を見たんですか? しゃれこうべにビーフシチューを入れるとか言い出しませんよね? 猟奇的すぎて売れるわけありませんよ?」
「……くち?」
「もう皿にもなってない。そのまま食べる気だろドラゴン」
あいかわらずな三人に頭を抱える。
お客さまがいないことを見計らって近づいてきたエプロン付きスケルトンにゴミを渡す。
「回収してその分は割引かキャッシュバックでもいいんだけど、持ち込まれた皿は数が限られてるからなあ。農家のみなさんはともかく、冒険者や行商人は出歩いてるうちに割りそうだし」
それを考えると、お皿じゃなくてプラ容器ならまだいいかもしれない。
閉鎖してる日用雑貨コーナーには、弁当箱や使い捨ての紙皿なんかがあることはわかってる。
お惣菜コーナーの調理場にはプラ容器もある。
回収前提ならなんとか——
「いや、売れたら容器の数が足かせになる。だったら街で買ってきて回収前提で使う方がまだいいか」
「ナオヤ、木の皿でもいいのか? どれ、私が木を斬ってきてやろう! 聖騎士の! この私が!」
「エルフの森林伐採宣言でました。でも森で暮らす種族なら間伐は当然……え? 斬る?」
俺のツッコミも疑問も聞くことなく、クロエが土の駐車場を駆けていく。
速い。
「速いっていうか、はい? 速すぎない?」
「ナオヤさん、クロエさんは騎士ですから。それに、この速さは『身体強化』の魔法も使っていますね」
「……もっと速い」
「へえ、そんなのあるんですねえ。そんでバルベラはこれよりもっと速いと。さすがドラゴンだなあ。ハハッ」
異世界の身体能力に乾いた笑いが出る。
なぜか張り合うバルベラの頭を撫でる。
クロエはあっという間に駐車場を駆け抜けて、森の手前にたどりついた。
「精霊剣エペデュポワの斬れ味を思い知れ! てやっ!」
「斬れ味っていうか木剣だけどね。でも斬れるんだった」
クロエが精霊剣なんちゃらを一振りすると、駐車場に一番近かった木が一発で倒れた。
エルフなのに伐採にためらいがない。
あと木剣で木を伐るって意味がわからない。異世界ヤバい。
クロエは倒れた木に向けて、精霊剣なんちゃらを何度も振る。
かがんで何かを拾って、駐車場を駆け戻ってきた。
「どうだナオヤ、精霊剣エペデュポワの斬れ味は素晴らしいだろう! お皿はこれでどうだ?」
そう言って、クロエが手にした物をぽいっと俺に投げてくる。
ぱしっと受け取って眺める。
「薄く輪切りにした木かあ。『浄化』すればカツとハンバーグには使えるかな。もう突っ込まない。木剣なのに斬れ味すげえとかムダに木を伐り倒すエルフとかもう突っ込まない」
輪切りにした木をキレイにして、お皿にする。
アイヲンモール異世界店のまわりは森だから大量に用意できるだろうし、衛生面は『浄化』があるから問題ないし、なんならちょっと小洒落たカフェで使ってそうだけど——
「ビーフシチューはこれじゃムリなんだよなあ」
「むっ。ナオヤ、いくら精霊剣エペデュポワの斬れ味が鋭くても、木をくりぬくのは大変だぞ?」
「だよなあ。そんで一族に代々伝わる剣なのに扱いが不憫すぎる」
木の平皿。
平皿というか、薄くてまっすぐな木の板だ。
ビーフシチューはこぼれるだろう。
「不安定すぎて持ち運びには向いてないしなあ。うーん……」
「ふふ、お困りのようですねナオヤさん。では、今度は私とバルベラちゃんの案をお見せしましょう! さあバルベラちゃん!」
「……がおー」
気の抜けた声がして、でも気の抜けた声とは裏腹にすごい勢いでバルベラが飛び出した。
いつの間にか全裸で。
「ちょっとアンナさん! 見た目10歳の全裸っていろいろマズいですから! 服を着せてあげ——あ、このパターン前も」
アンナさんの陰から跳躍したバルベラは斜め上へ飛んでいく。
空中で、バルベラが光った。
まぶしい光に思わず目を閉じる。
「グオオオオオオンッ!」
目を開けると、真っ赤なドラゴンがいた。
バルベラはいない。
「見たの二回目だけど違和感すごい。ところで飛び出す前の『がおー』と変身後の『グオオンッ!』はどうにかならないんでしょうか。ギャップがちょっと」
俺のボヤきに答える声はない。
アンナさんはニコニコ笑って、クロエは「カッコいいぞバルベラ!」ってハイテンションだ。
ぼんやり見てると、レッドドラゴン、もとい、ドラゴン形態のバルベラが翼を広げた。
ゆっくり羽ばたいて、アイヲンモール異世界店の駐車場から浮かび上がる。
赤い身体を青い空に浮かべて、レッドドラゴンは彼方へ飛んでいった。
「ナオヤさん、ちょっと待っていてくださいね。私とバルベラちゃんが容器を提案しますから」
「あ、はい。ところでアンナさん、クロエ。ドラゴンがアイヲンモール異世界店から飛んでいったけど、まわりに見られても大丈夫なんだよな? 道や街から目撃されそうだけど、話は通ってるんだよな?」
俺の質問に答える声はない。
「おいクロエ、なんで目を逸らす? アンナさん、その汗はなんですか? あ、リッチも汗かくんですね、じゃなくて!」
クロエがヘタな口笛を吹き出した。
アンナさんは何事かと見に戻ってきたっぽいスケルトン部隊に目を向ける。
「おいいいいい! ドラゴンが出るってウワサになったらただでさえ少ないお客さまが減るだろ! クロエ、ダッシュで街に行って見間違いだって説明してこい! ほら魔法! 幻を見せる魔法ですって!」
「ナオヤは天才かッ!」
「いいから行け! アンナさんは」
「私はバルベラちゃんを追いかけて隠れて帰ってくるように伝えます! 行きますよ隊長!」
すぐに二人がいなくなる。あとスケルトン部隊も。
俺は一人、アイヲンモール異世界店の入り口に取り残された。
ふらっとしたのは徹夜明けだからだ。きっとそうだ。
「そういえば屋上にいるドラゴンを見たのは夜だった。自己紹介でドラゴン形態になったときは飛ばなかった。…………お客さま、減らないといいなあ」
アイヲンモール異世界店は、今日も通常営業です。悪い意味で。こんな通常も日常もどうかと思う。