第五話 ……従業員に仕入れを任せたら狩りがはじまりそう。異文化どころかさすが異世界すぎる
俺が異世界に来てから七日目、アイヲンモール異世界店の店長になってから六日目の朝。
店舗入り口の前には、人だかりができていた。
人だかりっていっても5、6人だけど。
「アンナちゃん、なんだいこれ! ほんとにタダで食べていいのかい?」
「ええ.。でも試食ですから、一人一度だけにしてくださいね。行商人さんも、よかったら試食してみてください。おいしいですよ!」
「ほう、カツレツと……これは?」
「ハンバーグと言います。試食していただいて、評判が良ければ今度売りに出そうかと」
「むっ、これは美味しい。いくらで売り出す予定ですか? ほうほう、それなら」
アイヲンモール異世界店の店舗入り口前には馬車を停めるロータリーがあって、横には噴水もある。
農家のおばちゃんも行商人も護衛も冒険者も、お客さまは必ず通る場所だ。休憩だけで店舗に入らない人も、トイレだけ使う人も。
だから俺は、午前中のお客さまのピークに合わせて、そこに試食ブースを出した。
ただでさえ早い開店時間に合わせて早朝に起きて、スケルトン部隊と一緒に仕込みをして。
試食用に食材は確保してたけど、それほど量はない。
でも問題ない。なにしろお客さまの数が少ないから。ある意味問題すぎる。
「ナオヤ、カツもハンバーグも好評だぞ! なあなあ、いつ売り出すんだ? 私が買ってもいいんだろ?」
「ほどほどにしろよクロエ。買い占めてお客さまが買えないってのはナシな」
「くっ! ならば食材を購入して自分で作ればいいんだな! ナオヤ、作り方を公開して食材を売り出すのはいつだ!? するって言ってたよな!」
「スーパー部門があるんだしそのつもりだけど……クロエ、料理できるのか?」
「わ、わたしは『聖騎士』だぞ! 私の手にかかればそれぐらい! だ、だって作り方は公開するんだろう? 誰だって作れるんじゃないか?」
「うわあ、料理できない人の発言っぽい」
「うっ。な、ならばアンナに作ってもらうかナオヤに……はっ! ま、まさかナオヤは! 『俺が料理を作って食わせてやるから……お前という料理を食わせろ』などと! 肉に負けた私に肉欲をぶちまけようと!」
「発想がおっさんかよ。そもそも食欲に負けるな。あと肉と肉欲って別にかかってないから」
俺は朝の仕込みの際に、アンナさんにカツとハンバーグの作り方を教えた。
お客さまから聞かれたら答えられるように、試食コーナーはアンナさんが担当してる。
レシピを隠すつもりはない。
なにしろここはアイヲンモール異世界店で、レストランじゃない。
カツとハンバーグをお惣菜、もしくは弁当として売り出すのと同じタイミングで、スーパー部門では使う食材を売り出すつもりだし。
「なあナオヤ、本当に作り方を公開していいのか? 食事処や屋台で真似されるんじゃないか?」
「おお、クロエにしてはまともな発言。まあ問題ないって。飲食店でいちいち作ってたら手間も時間もかかるし、けっきょく売値は高くなるだろうから。ネックは油の値段と、ミンチの手間だな」
「だがミンチ肉も売り出すんだろう? だったら他所でも作れるような」
「それならそれでいいと思ってる。だいたい俺が考えた料理じゃないし、パクられてアイヲンモール異世界店の売上が伸びなかったらほかのメニューを投入するし」
「ほかのメニュー……だと……? ま、まさかほかにも肉料理が!? ナオヤ、すぐ作ってくれ! 感想はたくさん教えるから!」
「クロエが食べたいだけだろ。あー、まあ午後から仕込みに入って、明日は三つ目の料理を試食してもらうつもりだけど」
「ナオヤ! ここは私たちに任せていますぐ仕込みに入るんだ!……ところで肉料理なんだな? もっと早く作れないか? ほら今日のお昼や夕飯で」
「肉に食いつきすぎだろエルフ。時間がかかるからそれは無理だな。それにクロエには仕入れを頼んだろ? 昼からは街に行ってもらわないと」
「くっ! さてはこうして焦らして! いざ完成したら『コレを食べたければ』などと言い出すんだろう! ケダモノめッ!」
「俺の扱いがヒドい。むしろ言いがかりで逆にセクハラされてる気分」
あいかわらずのクロエは無視して、試食コーナーに群がる人を観察する。
カツもハンバーグも評判はいいみたいだ。
まだ価格は決めてないけど、カツはこの世界の二食分、ハンバーグは一食分程度の料金を想定してる。
カツの方は油が高くてぶっちゃけ原価がキツいけど、まあ目玉商品ってことで。
「農家のおばちゃんから畑で採れる野菜各種を買って、それからどれぐらいのペースと量で卵を買えるか聞いてほしい。あとは街の市場でほかの野菜を売ってれば野菜、それと肉屋な」
「ああ、わかってるともナオヤ! ちゃんとメモは取ったんだ!」
「運搬にはアンナさんのデカい『アイテムポーチ』が、アイヲンモール異世界店には冷凍庫があるからって肉を買いすぎるなよ? 日本と違って畜産も流通も発展してないだろうし、肉を買えるペースも知りたいけど」
「うむ! 心配するな、いざとなれば私もバルベラも、アンナのスケルトン部隊もいるんだ! 肉が足りなければ狩ってこよう!」
「……従業員に仕入れを任せたら狩りがはじまりそう。異文化どころかさすが異世界すぎる」
「だいたい、肉屋で売ってるのはこの周辺で討伐されたモンスターの肉なんだ! 保管の魔道具で運び込まれてきた肉も少しはあるが」
「あー、保管の魔道具、『アイテムポーチ』って中の時間はどうなってるの? よくある時間が止まってる系?」
「ナオヤ、完全に時を止める『アイテムボックス』は伝説の魔道具だぞ? 通常の『アイテムポーチ』は普通に時間が流れている。遠方から運ぶ場合は、一緒に氷を入れるんだ」
「ダメだ意味わからん。空間どうなってんの。なんで氷を入れたら冷えるんだよ。魔法怖い。異世界ヤバい」
常識が違いすぎて思わず遠い目をしてしまう。
そんな俺を見て、クロエは首を傾げてきょとんとしてる。喋らなければ美人だ。
「なあ姉ちゃん、これ売ってくれねえか? 野外で食う保存食は味気なくてよ」
「ありがとうございます冒険者さん。ですが今日はまだ試食で、販売を始める日は決まってないんです」
「ぐあー、マジか。しゃあねえ、売る日が決まったら教えてくれよ!」
「はい、もちろんです!」
試食の反応は上々だ。
あと、アンナさんは冒険者にもリッチだと気づかれないらしい。
レジは打ってたしわかってたことだけど、いちおうね、いちおう。
「よし。こっちが言い出さない限り、調理にアンデッドがかかわってても問題なさそうだな」
ぼそっと言った言葉は、クロエにも聞こえなかったらしい。
「んじゃクロエ、俺は三つ目の料理の仕込みをしてるから。アンナさんは接客を、クロエは買い出し、バルベラは」
「バルベラは見まわりに行ったぞ? スケルトン隊長と一緒に、縄張りの外にモンスターがいないか確かめてくるそうだ」
「あ、ああ、そう。ドラゴンとスケルトンはすごく馴染んでるのね。うん、じゃあそれでいいや」
ここはモンスターがはびこる異世界だ。
警備と警戒と討伐は大事で、だからバルベラとスケルトン隊長の働きはいいことだ。
そいつらがモンスターだけどなあ!
ツッコミは心の中に収めておいた。
とりあえず。
農家のおばちゃんたちから野菜も仕入れたし、調理場で三つ目の料理に挑戦しますか!
今日もエプロン付きスケルトンたちと一緒に!
……考えるな、考えるな俺。ありがたい労働力だ。人件費不要で勤勉で黙々と働いてくれるすばらしい労働力だ。ありがとうスケルトン。