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アイヲンモール異世界店、本日グランドオープン!  作者: 坂東太郎
『第五章 売り出せ中食! 見せろアイヲンの実力!』
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第四話 そうやって指を立ててざっくり混ぜて、そうすると手の温度で脂が溶けてねばりが……出ないだろうな! 骨だし! 体温ないし!


「よーし! 次だ次!」


 トンカツ、もといカツ各種の評判がよかったことに気をよくした俺は、ノリノリで調理場に戻る。

 調理場のドアを開けると、壁際で待機してたエプロン付きスケルトンたちがバッと俺の方を向いた。


「カツは三人ともおいしかったって。手伝いありがとう!」


 自分でも上機嫌なことがわかる。

 なにしろアイヲンモール異世界店に来店しているのは「朝に卸して農地に向かう農民」に「朝に街を出た商人と護衛」、「街の外の依頼を受けた冒険者」だ。

 つまり、お昼を野外で食べている人たち。

 それに夕方前に来店するお客さまはこれから街に帰るわけで、「ひさしぶりの家でリラックスしたいけど料理は面倒だから買って帰る」こともあるだろう。


「だから中食はイケると思うんだよなー。でもメニューが一つじゃ飽きるだろうし、次の料理の反応も見ないとな!」


 なんだか喜んでる感じのスケルトンたちの前を通り過ぎて、とある機械の前に立つ。

 異常が出るか終わったら止めてくれってスケルトンたちに頼んでたけど、ちゃんと止めてくれたらしい。


「よしよし。単純作業を任せられるってすばらしい。ほんとアンナさんに感謝だな」


 機械にセットしてたバットを持ち上げて、ステンレス台の上に用意してた大きなボウルに中身をあける。

 興味深そうに覗き込んでくるスケルトンと上空のゴーストはスルーだ。

 手袋をしてボウルの中に手を突っ込む。

 ざっとかき混ぜてみる。


 角牛と突撃イノシシの、()()()()()を。


「うん、問題なさそうだ。分量は……まあ適当にやってみるしかないよなあ」


 俺の言葉にまわりから返事はない。ただのしかばねのようだ。スケルトンとゴーストだからな!


 フライパンで炒めて冷ましておいたみじん切りのタマネギを、合い挽き肉が入ったボウルの中に入れる。

 タマネギというか、タマネギっぽいこの世界の野菜なんだけど。

 かなり小振りだったけどこれがこの世界のタマネギ、もしくはタマネギの原種だ。きっとそうだ。

 農家のおばちゃんに聞いたら、焼いてよし炒めてよし煮てよしって言ってたし。


 続けてパン粉を入れる。

 ちなみに黒パンを削ってくれたのはスケルトンたちだ。

 さっきのカツの調理では、パン粉作りに肉叩きに筋切り、地味で手間のかかる作業で大活躍してくれた。

 包丁を渡すのはビクビクだったけど、俺に向けることなくあっさり使いこなしてた。


「むしろ熟練の手つきだったけどな! 肉の処理に慣れたアンデッドってちょっと怖いんですけど! 労働力として普通に扱ってる俺がヤバい!」


 まあいまさらだ。

 アイヲンモール異世界店の警備も清掃もお願いしてるし。


 気を取り直して、ざっと塩こしょうを振る。

 ちょっと迷ったけど、日本から持ち込まれたスパイスは入れない。

 塩こしょうは街の市場でも売ってたし、いくつか香辛料も買ってみたけど、試すのはまた今度だ。

 おいしくなかったり反応が悪かったら、その時に考えればいいだろう。


 農家のおばちゃんから買った卵を溶いてボウルの中に入れる。

 今朝話を聞いたら、農家のおばちゃんはモンスターの闘争鶏じゃなくて鶏を飼っているらしい。

 家の隣にボロ小屋を建てて、その中で鶏を飼ってるって。

 日本の養鶏場ほどいいエサは食べてないだろうけど、まあ使えることは間違いない。

 というかさっきカツを揚げる時も使ったし。

 食材を使い回せるメニューを選ぶのは基本だろう。


「よし。あー、スケルトンさん。こねる作業をお願いします」


 何度かこねて見本を見せて、エプロン付きスケルトンに場所を譲る。

 俺の指示を聞いて、ちゃんと手袋をつけてから、スケルトンはボウルに手を突っ込んだ。



「そうそう、そうやって指を立ててざっくり混ぜて、そうすると手の温度で脂が溶けてねばりが……出ないだろうな! 骨だし! 体温ないし!」


 手を止めて首を傾げるスケルトン。

 ボウルの中を覗いてみる。

 ねばり気はない。


「手ごねじゃなくて骨ごねは無理でしたね! というか肉のミンチをかき混ぜるスケルトンって絵面がヤバい! 何の肉だよ! いや角牛と突撃イノシシの合い挽き肉なんだけどさあ!」


 ボウルを受け取って、大人しく俺が混ぜる。

 ツッコミの勢いのまま混ぜて我に返る。危ない。


 ちなみに俺は帽子とマスクと手袋を着用している。

 いくら『浄化』の魔法があってお客さまに販売する物じゃないって言っても衛生管理は大事だからね! まあスケルトンたちは髪も落ちないし唾も飛ばないんだけど! 骨だからね!


「慣れれば便利、なんだよなあ。んじゃ俺はフライパンを温めておくから、こうやって手のひらを往復させてタネを成形……できねえな! 手のひらないし! いや骨の手ならあるけど!」


 ……調理担当、俺がやることになりそう。

 簡単な料理ならできるって言ってたし、アンナさんなら……アンナさんもアンデッドかあ。

 『リッチの手ごね』って食欲そそらなすぎる。

 食べたら呪われそう、っていうか何の肉か疑問を持たれて食べてもらえなそう。絶対売れない。




「……おにく!」


「落ち着けバルベラ。なんだこれ。調理場の前にテーブル持ってきてるって準備万端すぎるだろ」


「仕方ありませんよナオヤさん。『肉が焼ける匂いがする!』って、クロエさんもバルベラちゃんもすごかったんですから……」


「今度は早かったなナオヤ!」


「スケルトンに手伝いをお願いできなくてちょっと時間はかかったけどな。まあ、タネさえ作ればあとは焼くだけだ」


「なあナオヤ、さっき私が『焼けばいい』って言ったら冷たい目で見られたぞ? それなのに『焼くだけ』ってどういうことだ?」


「ちゃんと調理してるんだって。まあ食べてみろ」


 三人に皿を差し出す。


 試食のために小さく成形したから、トンカツと違って切り分ける必要はない。

 日本から持ち込んだソースとケチャップを混ぜたタレなのがちょっと残念だけど、いまはしょうがない。


 パクッと一口。

 ()()()()()から、じゅわっと肉汁があふれだした。


 そう、カツに続いて俺が試作したのは、ハンバーグだ。

 あえて粗めにミンチした肉の食感もいい。

 白米を炊いておけばよかった、と思ったところで気がついた。


 三人の声が聞こえない。


 顔をあげた俺の目の前で、三人は視線で牽制し合っていた。

 俺のハンバーグを狙って。


 三人のハンバーグはもうない。


「私は元店長だぞ! 私が食べるのが当然だろう!」


「あら? クロエさん、エルフはもともと肉を好まないはずでは? ここは年長者の私が」


「……食べたい」


「安心しろ、ハンバーグはまだある。口に合うようだったらこれを今日の夕飯にしようと思ってたしな」


「おおおおお! よくやったナオヤ!」


「あらあら、私としたことがはしたない。ありがとうございます、ナオヤさん」


「……一生ついてく」


 ハンバーグはおいしかったらしい。

 でもバルベラ、ハンバーグひとつで一生ついていくのは止めような。きびだんごよりは高いけどさ。

 だいたいドラゴンの寿命って何歳だよ。一生って重すぎませんかねえ。


「ハンバーグは肉を切り落とす時に出た端切れや、そのままではおいしくない部位をミンチにして使えるんだ。カツよりはるかに安価にできる。高級なハンバーグもあるが、もともと安くおいしく肉を食べる工夫だからな」


「この肉料理が安い……だと……? ナオヤ、頭は大丈夫か?」


「なるほど、高いけど割安感があるトンカツ、安いけど高級感があるハンバーグ、価格帯を変えて販売するんですね! すごいですナオヤさん!」


「……おいしい、たくさん。神」


 発想がおかしい肉好きエルフに心配されちゃったよ! たぶんクロエよりは頭は大丈夫だな!

 理解が早すぎるアンナさんはもういいとして、バルベラ知能低下してない?


 カツに続いてハンバーグも反応はよかった。よすぎるぐらいだった。よしよし。



 俺が店長になってから五日目のアイヲンモール異世界店。

 本日の来客数、35人。

 売上、31,000円。

 既存のお客さまには行き渡ったのか、園芸用品はほとんど売れなかった。

 新規のお客さまを集めるか、はやく中食を売り出さなくちゃ。




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