第三話 おいしいぞナオヤ! 副団長が連れていってくれたお店のものよりおいしい! これか、この黒い粘液のせいか!
「よし、じゃあちょっと焼いて味見してみるか」
ぼそっと呟く。
異世界に送られた最初の夜のように、返事をする人はいない。
ただ、ここに誰もいないわけじゃない。
肉を前にした俺の後ろにはエプロン付きスケルトンたちがいる。俺がどんな料理を作るのか興味ある、みたいにめっちゃ見てくる。
調理場の天井近くには黒いモヤがふわふわ漂ってる。「なにするんだろー」みたいな感じで。
「料理の助手がスケルトンで、見学にゴーストかあ。異世界の3分クッキングはアンデッドまみれかよ! まあ3分じゃできないんだけど! それは本家もか!」
クロエとバルベラとアンナは店舗側に出でいった。
俺のツッコミは誰にも聞かれ——いや聞かれてるけど返事はない。カタッって音がしてスケルトンが首を傾げてる気配がするけどスルーだ。
小さめのフライパンに火を入れる。
フライパンを温めてる間に、三種類の肉を薄く削ぎ落とす。
角牛、突撃イノシシ、闘争鶏。
クロエが最寄りの街の肉屋から買ってきた三種類の肉。もちろん、俺は食べたことがない。
「ネーミングが戦う気あふれすぎてる。どう考えてもモンスターの肉だろこれ。でも肉屋で売ってたんだし食べられるよな?」
ちょっと不安になったけどいまさらだ。一角ウサギの肉も食べられたからきっと問題ない。
俺は闘争鶏の肉を手に取った。
温めたフライパンに投入。
薄く切った肉片は、すぐに色が変わる。
「『浄化』はかけてもらったけど……しっかり焼いておくか」
こんがり焼き目がついたら、塩こしょうさえ振らずに闘争鶏の肉片を口に入れる。
噛んでみる。
「かたっ。でも噛み切れないほどじゃないか。んんー、軍鶏っぽい、かな?」
小さな肉片を何度も噛んで、舌の上で転がして、歯ごたえや味を確かめる。
同じように突撃イノシシと角牛も。
「闘争鶏は軍鶏、突撃イノシシは名前の通りイノシシだけど豚肉の肉質にも似てる。角牛は牛、赤身系の品種っぽい。よし、これなら予定通りのメニューでいけそう」
一人頷く。
俺の後ろでスケルトンたちも頷く。なにこれ。
「どれもちょっと堅めなのが気になるけど。まあ、そのへんはいろいろ試してみるしかないか。えーっと……」
振り返ってスケルトンたちを見つめる。
骨だけの体にエプロンをつけただけの、アンナさんの部下たち。
コイツらが本当に手伝えるかわからないけど、どうせ試作だし、俺は一体ずつ指示を出す。
ちなみに、調理場は水も使えるし換気扇もまわる。
とうぜん電気も使えるから明るいし、アイヲンモール春日野店の調理場とほぼ同じで調理器具も充実してる。
コンロはガスじゃなくて魔石が燃料らしいけど、違いはそれぐらいだ。
「いやあ、便利でいいなあ! さすがお惣菜を作る調理場! さすがアイヲン! 深く考えない。使えるから問題ない」
現実逃避気味に半笑いしながら、俺は試作をはじめた。
アイヲンモール異世界店の調理場で、異世界の食材を使って、日本の料理を。
「来たかナオヤ! 待ちくたびれたぞッ!」
「……おなかすいた」
一品目の試作を終えて調理場を出た俺は、すぐクロエに詰め寄られた。
バルベラはジッと俺を見上げてくる。
苦笑いしたアンナさんは、二人がこうなった理由を説明してくれた。
「ふふ。ナオヤさん、クロエさんとバルベラちゃんは匂いに反応しちゃって大変だったんですよ。お客さまも匂いを気にしてました」
「換気は全開だったんだけど、やっぱり揚げ物は匂いは漏れるからなあ。排気ダクトは外に繋がってるわけで、そりゃお客さまも気になるか」
初めての調理場、初めての食材。
スケルトンたちが手伝ってくれたけど、満足いくレベルになるまでやっぱり時間がかかった。
アイヲンモール異世界店はすでに閉店時間をすぎて、お客さまはいない。
だから俺は、出来上がった料理をスケルトンたちに持たせて表に出てきたんだけど。
「夕飯の時間だし、ちょうどいいだろ。味見して感想を聞かせてほしい」
そう言って、俺はスケルトンが持つ皿を示した。
三人の目が輝く。
「黄金色、それにこの香り……ナオヤさん、これはひょっとして油で揚げた料理ですか? 贅沢ですね!」
「……たべる!」
「私、これ食べたことあるぞ! 副団長が連れていってくれた高級なお店で一回だけ! ま、まさか、ナオヤがこんな高級料理を……」
「高級? ああそうか、この世界では油が高いからだろう。でも大量に作れば、一個あたりの値段を安くしても利益を出せる」
「なるほど、それが中食のメリットなんですね! すごいですナオヤさん!」
「理解が早すぎてアンナさんが怖い。『すごい』が皮肉に聞こえる」
「平民でも手が届く値段なら売れそうだな! 肉が嫌いな者などいない!」
「いるだろエルフ。野菜と果物食えよエルフ」
俺が作ったのは、カツだ。
パン粉はこの世界のパンを使ってて揚げ油はラード、いやイノシシの脂だから……なんて言うんだろ。
とにかく、日本でいう『カツ』とは違うかもしれないけど、似たようなもんだ。
稼働してないイートインスペースに移動した俺は、カツをサクサク切って別皿にソースを用意する。
こっちじゃ謎の調味料だし、数も限られてるからソース単体じゃ売れないかもしれない。
ただ、日本から持ち込まれた調味料を使えるのも中食の利点だ。
この使い方なら半年もつ、といいなあ。売れたら即品切れなジレンマ!
「これがイノシシカツ、言いづらいしトンカツでいいか。こっちが牛カツで、こっちはチキンカツだな」
三種のカツを切り分けて、少しずつ四人分のお皿に乗せる。
どうぞ、と言うまでもなくバルベラがぱくっと口にした。
サクッと噛み切る音が聞こえる。はぐはぐして飲み込む。
「……おいしい! おかわり!」
「ずるいぞバルベラ! ナオヤ、もう食べていいんだな? な?」
「あ、ああ、感想を聞かせてくれ」
「では、私もいただきます」
バルベラに続いて、クロエとアンナさんもカツを口にした。
味見はしたけど、俺も。
揚げたてのトンカツはサクッと歯切れがいい。
イノシシ肉だからか、それともモンスターの肉だからか、噛むたびに強烈な旨みがあふれてくる。
この世界のパンを削ったパン粉は香ばしくて、心配だったけどこのまま使えそうだ。目が細かくてサクサク感はちょっと薄いけど、これはこれでアリな気がする。
イノシシ特有の甘い脂もいい感じで、臭みはほとんど感じない。
揚げるのに使ったのは、クロエが肉屋で買ってきた素焼きのツボに入ってた油だ。
中身はイノシシの脂で、ちょっと重い気がするけどしょうがない。この世界の人たちの胃袋の強さに期待しよう。
続けて牛カツ、チキンカツも一切れずつ味わってみる。
「うん、うまい。トンカツはちょっとくどいけど、ほかは上出来だな」
「おいしい、おいしいぞナオヤ! 副団長が連れていってくれたお店のものよりおいしい! これか、この黒い粘液のせいか!」
「黒い粘液って言うな。とんかつソースな」
「ソース……閉鎖中の棚にありましたね。よくわからない商品でしたけど、こんな美味しいものだったんですねえ」
アンナさんが、ほうっと息をついてしみじみ言う。
商品がわからなかったらそこは聞いてほしかった、ってその頃は俺がいなかったか。
「イケる、これはイケるぞナオヤ! 肉が嫌いな者などいないからな!」
「いやいるだろ。というかクロエはエルフだろ」
「……おかわり、まだ?」
「おう、すぐ揚げ……あー、ほかの試作もあって肉は使い切る予定なんだよなあ」
皿を差し出してきたバルベラが、しゅんと肩を落とす。
実年齢はともかく見た目10歳なせいで罪悪感がやばい。
「まあ待て、これで終わりじゃない。一つは時間がかかるから今日は無理だけど、もう一つの試作品ならすぐ出せるから」
「……待つ!」
キラキラと目を輝かせるバルベラ。
クロエもアンナさんも期待に満ちた目で俺を見つめてくる。
プレッシャーが重いけどきっと問題ない。
「期待してろ、次は日本で大人気の料理で、異世界で振る舞う日本の料理としては定番だぞ?」
そう言って、俺は調理場に向かった。
「ナオヤ? この世界にニホンジンがよく来るのか? 聞いたことないぞ?」
クロエの質問が聞こえてきたけど「創作物の中の話な」って答えは返さなかった。
転移か転生か、この世界に来てる人がいるかもしれないしね! クロエとアンナさんは聞いたことないって言ってたけど!





